2023年3月

目次

吾を呼びし声に振り向く朧かな ひとこと

やまだみのる  

(あをよびしこゑにふりむくおぼろかな)

西宮の南上加代子さんのお宅に招かれてご馳走になり、俳句談義に花を咲かせて楽しいひとときを過ごした。やがて辞すときに訪ねたときに着てきた春コートを忘れて帰りかけたらしく、加代子さんが「みのるさ〜ん」と声をかけて追いかけてきてくれたのである。

合評

日の翳り黄泉も斯くやと黄沙降る ひとこと

やまだみのる  

(ひのかげりよみもかくやとくわうさふる)

瀬戸内でも黄砂のひどいときは目の前の淡路島さえも全く見えなくなるときがある。明石海峡大橋も手前の方はかろうじて見えるが主塔の立つあたりからはフェードアウトするように消えていくという状況になる。幻想的というより不気味な感じがしてすと黄泉を連想した。

合評

汐遠く引きたる砂嘴に春惜しむ ひとこと

やまだみのる  

(しほとほくひきたるさしにはるをしむ)

宮津天橋立での作。人影も少なくちょうど春の端境期の感じでした。

合評

旅の春惜しむ間もなく機上人 ひとこと

やまだみのる  

(たびのはるおしむまもなくきじやうびと)

関連会社で霧島にあるホテルの基幹設備が老朽化で対策が必要ということになり何度か出張した。繁忙期となる春までに終えなければいけないという突貫工事で慌ただしい出張が続いた。支配人からは「少し落ち着いたら街を案内しますよ」と言われていたのですが結局一度も実現せず、いつも機窓から眺めてはため息をつくばかりでした。

合評

一陣の柳絮高舞ふ池塘かな ひとこと

やまだみのる  

(いちじんのりうじよたかまふちとうかな)

柳は春、花を咲かせたあと綿毛のような実を結ぶ。これが柳絮だが風にのって運ばれてゆくさまは雪が舞うようでも、羽毛が舞うようでもある。一陣去ってまた一陣と池塘の空を高舞ひながら移動していくそれを、先輩に教えて貰ってはじめて「柳絮」だと知った。今までは気づくこともなかったであろうこの感動、俳句をはじめたからこそ見えてきた景色だと思った。

合評

春風が滲みると涙かくしけり ひとこと

やまだみのる  

(はるかぜがしみるとなみだかくしけり)

新事業の開発リーダーであった彼は、失敗の責任をとる形で自ら職を辞した。世情の急変が一番の原因で彼自身に責任はなく思いとどまるように励ましたが決意はかわらなかった。見送ったその日、故郷へ帰って両親の農業を手伝うのだと笑っていたが目には光るものがあった。悔し涙であったに違いない。

合評

子ら駈けて広場の落花とどまらず ひとこと

やまだみのる  

(こらかけてひろばのらつかとどまらず)

小さな公園広場であったがときおり吹く風に要の大桜が雪のように舞うので子供達がおお喜びして駆け回る様子である。子供達を眺めながら、思わず童謡「ゆき」の歌詞「犬は喜び庭かけまわり」の一節が飛び出しそうであった。

合評

春陰の焼却炉いま火の坩堝 ひとこと

やまだみのる  

(しゆんいんのせうきやくろいまひのるつぼ)

王寺動物園での作。昔は大きな公園とか学校、動物園、植物園、野球場等々の施設には必ずと言ってよいほどゴミを燃やすための焼却炉があった。ダイオキシン問題が取り上げられてからいつとはなく姿を消してしまったが、それらはみな主動線から少し外れた舞台裏のような場所に設置されていた。俳句をはじめるまでは近づくこともなったであろうような場所へも句材をもとめてうろうろするようになった。

合評

四旬節投句を休む訳にゆかず ひとこと

やまだみのる  

(しじゆんせつとうくをやすむわけにゆかず)

受洗して熱心に聖書を学んでいた頃の作。キリスト教関係の季語は結構多いがカソリックの習慣がベースになっている。四旬節は受難週のことで伝統的に食事の節制や遊興の自粛を行いつつ祈りの期間とされてきた。その意味で、その期間に俳句に熱中していることにキリスト者としてやや罪悪感を感じつつも結社への投句の期日が迫ってくるし…という葛藤を詠んだ。下5の字余りは意図的で逡巡とした気分を表現したかった。

合評

九輪へと高舞ふ落花仰ぎけり ひとこと

やまだみのる  

(くりんへとたかまふらつかおふぎけり)

須磨寺で詠んだ句ですが、中山寺大願塔でも同じような風景に出会えると思うので写真を貼っておきました。春は旋風が吹きやすく山寺あたりでは結構出会える景色だと思う。

合評

山桜天狗颯に吹雪きけり ひとこと

やまだみのる  

(やまざくらてんぐはやてにふぶきけり)

六甲森林植物園での作。少し小高くなったエリアに山桜の群落があり、そこから園の真ん中に位置する長谷池へと雪崩れるような斜面になっています。吹き下ろす風に渓空へ高舞ひながら吹雪く桜の景は圧巻です。天狗風の意はせいじ解のとおり。天狗(てんぐ)は、日本の伝承に登場する神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物で「天狗の羽団扇」ということばもある。

合評

花屑の虜となりて水漬く舟 ひとこと

やまだみのる  

(はなくづのとりことなりてみつくふね)

水漬き舟は画像のようなものをいうのであるが、放置されて朽ち沈んだものではなく水を入れて半分沈んだように放置しておくことが安定した保管方法なのかもしれない。揚句のものは六甲山ホテルの庭池の汀にあったもので景観として設置されているように思えたが、その様は、あたかも池面に散り積もった花屑の虜になっているようであった。

合評

花筏今や早瀬にさしかかり ひとこと

やまだみのる  

(はないかだいまやはやせにさしかかり)

原句は「花筏早瀬の波にをどりゆく」であった。その後紫峡師の添削を得た作品「花筏早瀬の波にさしかかり」を俳誌「かつらぎ」の青畝選に投句した処、揚句のように添削されて入選した作品。初学の頃のつたない作品ながらとても思い出のある作品、「瞬間写生とは」を具体的に学ぶよい機会となった。

合評

錐揉むと否との遅速落花舞ふ ひとこと

やまだみのる  

(きりもむといなとのちそくらつかまふ)

武庫川女子大学甲子園会館のお庭で詠んだ作品。甲子園会館は、フランク・ロイド・ライトの愛弟子遠藤新の設計により、1930年に甲子園ホテルとして竣工した近代建築で特別のコネ筋で吟行させていただいた。近くに武庫川があり時折不規則な風が通う。あまりに風情がありすぎてなかなか句が授からなかったが30分近く粘ってようやく得た一句である。

合評

縦走の尾根の道ゆき風光る ひとこと

やまだみのる  

(じゆうそうのおねのみちゆきかぜひかる)

神戸市主催の六甲全山縦走というイベントがありそれに挑戦したときの句です。神戸西端(須磨浦公園駅)から宝塚市に至るコース距離56Kmのロングルートです。中途半端なところで足を痛めたりすると命取りにもなりかねないので私は3回に区切って試走しました。やはり日頃から訓練して挑戦しないと通しでは無理だと気付いて断念しました。

合評

屋形船眺めの茶屋や桜餅 ひとこと

やまだみのる  

(やかたぶねながめのちややさくらもち)

嵐山側から渡月橋を渡ってすぐにあるお店から大堰川の屋形船を写生した句ですが、紫峡師は隅田川の風景を連想したと言って採ってくださいました。俳句は作者の立ち位置を確認してから鑑賞するのが基本です。そして一人称で詠む、一人称として鑑賞することが基本なので、作者の位置は茶屋ということになります。

合評

偕老の二人と見たり花堤 ひとこと

やまだみのる  

(かいらふのふたりとみたりはなづつみ)

互いに支え合うように手を取り合って花下に佇むお二人は、二タ三言交わしあいながら、にこにこと笑みをたたえておられた。花明かりに照らされたその表情は平安にみなぎり、まるで天国で寛いでおられるかのようであった。少し離れてその姿を眺めながら、私たちもまた斯くありたいと強く思った。

合評

田一枚げんげ浄土のまま打たず ひとこと

やまだみのる  

(たいちまいげんげじやうどのままうたず)

減反政策による休耕田ではなかったかと思う。そのまま放置すると荒れるのでげんげを植えて備えたのであろう。ちょっと失敬して踏み込んでみると四囲に広がるげんげ田はまさに浄土の感じがした。

合評

天恵の日に萌えて草芳しき ひとこと

やまだみのる  

(てんけいのひにもえてくさかんばしき)

洗礼を受けて世界観や価値観は変わりつつあったのだが、それまではなんとも思わなかったことに罪悪感を感じるようになり、「こんなことならクリスチャンにならなければよかった…」と悩むことが多くなった。自分で頑張って自分を変えなければ…という思いが強かったのだと思う。気分転換に晴れた下萌えの川堤に寝転んで目をつむっていると草萌の香りに包まれる感じがして癒やされた。

あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。…野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。(マタイ6章27〜28)

ふとこの聖書の言葉が頭を過ぎって「天恵の日」になった。

合評

啓蟄やマンホールから電話工 ひとこと

やまだみのる  

(けいちつやマンホールからでんわこう)

都市部での無電柱化工事が始まった頃の作。特に年度末には多く見られた光景です。安全策で囲んだ中に材料や工具もおいてあって、ときどきマンホールから半身乗り出しては、また潜るというような動作を繰り返すので面白いなと感じました。

合評

春空に開業祝ふ気球群 ひとこと

やまだみのる  

(しゆんくうにかいげふいはふききゆうぐん)

鉄道新駅開業のアドバルーンです。昭和時代はアドバルーン広告や飛行船広告が全盛期でした。高層建物が少なかったので広告効果も高かったのですが、さまざまな規制も厳しくなって、昨今ではほとんど見られない光景です。日本の多くの企業は、期末期首をけじめにする傾向がありましたから、当時は「開業=春」で季感的にも大丈夫だと思っていましたが、今の時代であれば微妙かも知れませんね。

合評

海苔ひびの方千畳に朝日射す ひとこと

やまだみのる  

(のりひびのはうせんでふにあさひさす)

瀬戸内沿岸には多くの漁協があり穏やかな内海では海苔の養殖が盛んです。揚句は須磨旗振り山の見晴台から海を見下ろして詠んだ句です。正確に方千畳あるのかどうかは定かではないですが朝凪の浦和に広々と構築された海苔ひびの形容として使いました。浜辺からではこの感じはなく高所から俯瞰した景であろうことも連想してほしい。

合評

福音の使ひのごとく初蝶来 ひとこと

やまだみのる  

(ふくいんのつかひのごとくはつてふく)

福音は、良いたより、喜ばしいおとずれ…の意。語源はイエスの生涯と教えを説いた新約聖書の四福音書だと言われるが、特にそれを意識して詠んだものではない。温かい陽射しに誘われて庭にでてみると何処からともなく初蝶がやってきた。高舞う様子もなく、ものの芽や芽吹きそめた庭の木々を存問するかのようにジプシーしている。その姿は「お〜い、もう春だよ!」と告げ知らせにやってきた神の御使いのように思えたのである。教会員の若いカップルから結婚式の証人の依頼を受けた時、下記の小文とともに色紙にしたためてお祝いとした。

春先になって最初にあらわれる蝶を初蝶という。

小さくて力弱く群を作らずにただ一匹で舞う姿は、春の訪れを知らせてくれる使者のようだ。

このような小動物に親しみつつその営みを観察していると、私たちもまた神によって生かされていることを深く覚えるのです。 小動物や植物は言葉を持たないけれど、自然の摂理のままに生きることによって健気に神を証ししている。

福音を伝えるのに理屈や努力はいらないと思う。

育む生活の中に喜びと賛美が溢れていれば、私たちはそこに神の臨在を見るでしょう。

合評

雛屏風連理の鶴を描きけり ひとこと

やまだみのる  

(ひなびやうぶれんりのつるをえがきけり)

大阪藤井寺の佐藤禎三さん宅のひな祭りを訪ねたときの作。2020年までは毎年開催されていたようで藤井寺市のホームページにも広報されるくらいだったのですが、その後の情報はなく高齢で止められたようです。残念ながら揚句の写真は残っていませんでした。

合評

春禽の煌めき翔ちぬ汀石 ひとこと

やまだみのる  

(しゆんきんのきらめきたちぬみぎはいし)

嵐峡渡月橋での作。春光を弾きながら磊々を馳せる白波が眩しい。川原石をジプシーしていた鶺鴒が突然翔び立ったのを写生しました。鶺鴒自身が煌めくことはないのだが川面の煌めきの中を翔び立ったのでそのように見えたのである。やがて鶺鴒は飛翔の弧をつなぎつつ嵐峡の高みへと消えていった。

合評

古都巡る大路小路に山笑ふ ひとこと

やまだみのる  

(ことめぐるおほぢこうぢにやまわらふ)

奈良でひいらぎの大会があったとき紫峡師の特選に入選した句です。「奈良めぐる」では面白くないと思って「古都めぐる」にしたと思うのですが、みなさんの鑑賞を拝見しながら、むしろ京都のほうがぴったりだなと思いました。

合評

ものの芽に素十のこころ通ひけり ひとこと

やまだみのる  

(もののめにすじふのこころかよひけり)

紫峡師から素十俳句を学べと言われていたので、蹲ってものの芽に対しながら素十さんもきっとこうして観察していたんだろうなと心を通わせて授かった作品。吟行句会の選評で「みのるさんがこんな句を詠むまでに育った」と自分のことのように喜ばれたのです。雑音には一切耳を貸さず虚子の教えを一義として生涯を貫いた素十の人柄が紫峡師の心の中に熱く生きていたからだと思います。

「かつらぎ」の主宰を引かれてからも青畝選を渇望してやまない門下のために「一人一句」というコーナーが設けられた。投句は一句だけという条件のもとベテランの同人たちが鎬を削るので入選するだけでも赤飯もの。その中で天地人の3句が巻頭に選ばれる。天は宝くじに当選するくらいの確率なのだが若輩のみのるの作品が選ばれるという大番狂わせが起きてしまったのです。斯くして雲の上の存在であった長老諸氏からも「ものの芽のみのるさん」として青畝門の末席を許されるようになったのです。

合評

ゴルゴダの丘の永き日思ひけり ひとこと

やまだみのる  

(ゴルゴダのおかのながきひおもひけり)

罪なきイエス・キリストが人類の贖罪として十字架上で死なれたのだということは後に解るのであるが、当時は必ず神がイエスを救うであろうと信じてひたすら祈ったのでないかと思う。結局奇跡は怒らずイエスは夕刻に息を引きとられた。三日後にキリストとして復活されてから2000年を経た聖金曜日の今日、西空に傾く夕日に佇みながらタイムスリップしてゴルゴダの丘に思いを馳せたのである。祈っても祈っても神は沈黙されるのみ、信徒たちにとってはじつに永い永い一日であったことであろう…と。微妙に季語が動くかと案じたが、紫峡師も青畝師も選んでくださった。

合評

異な草と抜きて吾妹に叱らるる ひとこと

やまだみのる  

(いなくさとぬきてわぎもにしからるる)

妹背(いもせ)とは、夫婦または夫婦の仲を表す古語で短歌や俳句でもよく使います。吾妹、吾妹子は自分の奥さんのことになります。背山妹山というような言い方もあります。俳句をはじめて間もない頃の作品で草花のこともよくわからない頃でしたが、いまは私のほうが先生です。

合評

道化師の長き睫毛に風花す ひとこと

やまだみのる  

(どうけしのながきまつげにかざはなす)

バブル景気がはじけた1992年頃の作品です。ポルノ映画のプラカードを担いでピエロの変装をした人が信号待の人波を狙って交差点の片隅に佇っていました。突然舞い出した風花が長いつけ睫毛に留まったのを見て一瞬滑稽だなと感じて立ち止まりましたが、睫毛の風花を拭う様子もなく立ちすくんでいるその姿になんとも言えない悲哀を覚えたのをいまも鮮明に思い出します。ひとりの大先輩がある著名誌の鑑賞欄に、芭蕉翁の「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」に通じる現代の名句だと賞めてくださった作品です。

合評

街遅日プラネタリウム館を出て ひとこと

やまだみのる  

(まちちじつプラネタリウムかんをでて)

教会学校の春のレクリエーションが雨で中止になり、チャペルでゲームをしお弁当をたべたあと子供達と一緒に明石天文科学館へ行ったときの作。プラネタリウム館の椅子は少し仰向けに倒れるようになっていて油断した私は眠りに落ちていたようです。館を出て母教会へ戻り解散するまでずっと寝ぼけた感じでした。ときは3時半頃でしたから半分創作です m(_ _)m

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