2023年9月

目次

咳が咳よぶ通勤の電車かな ひとこと

やまだみのる  

(せきがせきよぶつうきんのでんしやかな)

コロナ禍などないころの通勤俳句です。まだエヤコンのない頃の電車は、夏は扇風機、冬は座席の下に組み込まれたヒーターです。座席は足元から熱が輻射されて気持ちはいいのですが、ただでさえ乾燥している空気が暖房でますます乾くのです。連鎖反応のようのようだと感じました。

合評

風花の乱心見よや山襖 ひとこと

やまだみのる  

(かざはなのらんしんみよややまぶすま)

嵯峨野の嵐山が舞台です。吟行を終えての帰路、ちょうど渡月橋を渡っているときでした。一瞬の出来事でした。

合評

室咲と窓際族に射す日かな ひとこと

やまだみのる  

(むろざきとまどぎわぞくにさすひかな)

この窓際族は私です。エッセイに書いていますのでお読みください。

俳句とエッセイ・室咲

合評

時計台聖夜の針を重ねけり ひとこと

やまだみのる  

(とけいだいせいやのはりをかさねけり)

母教会の聖歌隊奉仕をしていましたのでイブの夜は奉仕を終えてからキャロリングに行くのが習いになっていて、信徒の家々をひと回りして教会にもどり家路につくころには日付が変わります。教会のすぐ北の丘に明石天文科学館の大きな時計塔が見えるのですが、この句は阪神淡路大震災の年のクリスマスに詠んだものです。エッセイにも書いていますのでよかったら読んでください。

俳句とエッセイ・聖夜

合評

改札は店のおばさん枯野駅 ひとこと

やまだみのる  

(かいさつはみせのおばさんかれのえき)

数十年前の能勢電鉄山下駅での写生風景である。開発途次の新駅では駅員を配備するだけの予算がなく改札の横にある小さな売店のおばさんが改札業務を委託されていたのである。いまは周辺の開発も進み利用客も増えて当時を知る人も減った。

合評

土不踏さすりて老の日向ぼこ ひとこと

やまだみのる  

(つちふまずさすりておいのひなたぼこ)

一人称で詠んでいるが、実際は三人称の写生である。吟行の途次、気軽に話しかけると、来し方の苦労話や余生の日常などよもやま話に花が咲く。「土踏まずにはねいろいろ壺があるんだよ!」と詳しく教えてもらった。

合評

玻璃窓をノックしてをる冬芽かな ひとこと

やまだみのる  

(はりまどをノックしてをるふゆめかな)

自宅からマイカーで10分のところに、みのる俳句のホームグラウンドである須磨浦公園がある。四時随順、週末になれば吟行していたが、強い季節風の吹く冬の日は、小1時間も立っていると手も体も凍えてしまうので観光ハウスというレストンにエスケープする。このハウスは地域のライオンズクラブの会所になっていて会合のない日はガラ空きで、常連の私は責任者のご婦人とも馴染みになっていたので海の見える広い会議室を独り占めしてでホットコーヒーをいただくのが習いであった。窓の外には大きな桜の木がありその冬芽が「もうそこまで春が来ているよ!」と自己主張するかのように玻璃窓を打つのである。

合評

出庫する電車に霜の線路かな ひとこと

やまだみのる  

(しゆつこするでんしやにしものせんろかな)

数十年前に六甲の山をトンネルで貫いて新神戸駅から北六甲まで北神急行という新鉄道が敷かれることになり、第三セクターの建設スタッフとして出向したことがある。新駅の建設や車庫建設もあり、営業前は泊まり込みということもあった。ようやく試運転に漕ぎつけて、明けやらぬ寒い冬の朝、真っ白に凍てついた鉄路をゆっくりと車庫から出庫してくる電車をみながら、長い長い工事中の苦労を思いだしながら達成感に浸るのであった。

合評

逆縁の恨み辛みを炉に語る ひとこと

やまだみのる  

(ぎやくえんのうらみつらみをろにかたる)

俳句友達だった銀行員の彼が不良債権処理のために故郷の四国へ転勤になった。いつしか音信も不通になり結社からの情報で過労死されたと聞き急いで弔問に伺った。戦争体験もされたという高齢のお父さんが出迎えてくださった。故人の思い出を語りながら、お父さんは自分の背中の傷跡を見せてくださった。 戦禍の名残だそうだ。腰に挿していた軍刀のつばに流れ弾が当って助かったことや、 二度、三度と九死に一生を得た体験を話して下さった。

平和なこの時代にどうして息子が・・・と、逆縁の運命を呪われて絶句された。

ぼくはお父さんを慰めてあげる言葉が見つからなかった。

合評

演説士握り拳をあてて咳く ひとこと

やまだみのる  

(えんぜつしにぎりこぶしをあててせく)

寒々しい朝の駅頭で懸命に政策を訴えている若き政治家の姿です。連日の演説で疲れているのか少し風邪気味なのか、時々突き上げた握りこぶしを口にあてて咳き込んでいます。道行く通勤人はみな忙しそうに足を運び、立ち止まってその声に耳を傾けることもなく、むしろみな無視しているかのようで気の毒でした。

合評

白息に誦す鎮魂の一碑あり ひとこと

やまだみのる  

(しらいきにずすちんこんのいつぴあり)

広島の平和公園で詠んだ句だと思うけれど、大阪池田の久安寺にも心に悼む碑がある。

『閃光の記憶に鶴を折りつづけ』俳句として詠まれたものかどうかは定かではありませんが素直な17文字で綴られたこの詩にも同じような感動を覚えました。鶴が季語なら冬季の句ということになりますが、折鶴に季節感はありません。けれども閃光の記憶という措辞から連想すれば、原爆犠牲者の冥福を祈る鎮魂の詩ではないかと想像でき、季語としての表記はありませんが「原爆忌」としての季感を秘めている良い俳句だと私は思います。

合評

碧落に孤高の鳶や冬晴るる ひとこと

やまだみのる  

(へきらくにここうのとびやふゆばるる)

冬晴に威風堂々と聳える高嶺をうち仰いでいたとき、更にその天辺に青空高く舞ういっぴきの鳶を見つけた。"あそこに鳶がいるよ!" と句輩に指差喚呼するのだけれど、"どこどこ?" となかなか見つけられない。まさに孤高の鳶だと思った。

合評

磐石に喝と一文字竜の玉 ひとこと

やまだみのる  

(ばんじゃくにかつとひともじりゆうのたま)

で伊丹吟行に行ったときの作。数寄屋風の茶屋の玄関先に龍の髭を敷き詰めた小さな植え込みがあり「喝」と深く彫られた石がおかれてあった。その文字をじっと眺めていると、あたかも私に対して激を飛ばしているかのように感じたのである。とても句にはならないような情況であったがよくよく眺めているうちに美しい瑠璃の玉が髭に埋もれているのを発見!授かるとはまさにこのことだと思いました。

合評

わたししか読めぬ句帳の悴む字 ひとこと

やまだみのる  

(わたししかよめぬくちやうのかじかむじ)

"こんな句が浮かんだよ!" と互いの句帳を見せ合うこともあったが、厳冬期の句帳は、まるで蜷の道のような筆跡でとても人に見せられたものではなかった。この句を授かった当時は、365日24時間俳句、俳句というような頃だった。暑かろうが寒かろうが、雨が降っても風が吹いても全く頓着なし。すべてが句材になるからである。

合評

枯山を登るは雲の影法師 ひとこと

やまだみのる  

(かれやまをのぼるはくものかげぼふし)

枯山の裾野にかかった冬雲の濃い影が雲の動きとともに山頂付近へと移動していく様子です。山肌を移動していく雲の影は、冬空を流れていく厚い雲の分身のようだと感じた。

合評

日だまりのベンチに吾と冬の蝿 ひとこと

やまだみのる  

(ひだまりのベンチにわれとふゆのはえ)

みのる庵の狭庭には小型のベンチを置いている。枯れ庭に暖かい冬日が射す日には、庭に出て孤独な日向ぼこを楽しみながら無為な瞑想するのがたまらなく贅沢に思う。先客の一疋の蝿は驚くでもなくじっとしたままである。ふと良寛さんの「我と来て遊べや親のない雀」が脳裏によぎって親近感を覚えたのである。

合評

存問の声をかけあふ息白し ひとこと

やまだみのる  

(そんもんのこえをかけあふいきしろし)

朝散歩を習慣としている人は多く、馴染みの顔とはすれ違うときに短く時候の挨拶をしつつ会釈を交わす。「今朝は一段と冷え込んだね!」と漏らす白息に、けさもみな元気そうだと安心するのである。

合評

亀甲にひび割れて沼涸れなんと ひとこと

やまだみのる  

(きつかふにひびわれてぬまくれなんと)

初冬の里山吟行でであった隠沼(こもりぬ)の涸れ風景です。中ほどにはわずかに水が残っているのですが周囲は亀甲模様にひび割れていて泥沼だということがわかります。やがてすっかり涸れ切ってしまうのだと思うけれど、生き物たちは無事に生き延びているのだろうかと案じつつ観察した。

合評

雪吊の縄の緊張感を見よ ひとこと

やまだみのる  

(ゆきつりのつなのきんちやうかんをみよ)

出張で金沢へ行ったときの句です。冬の積雪時に供えて万端準備の整った様子に、いよいよこれから冬を迎えて雪との戦いが始まるだと武者震いしているようなそんな緊張感を感じました。

合評

鴨突進恋の縺れと見たりけり ひとこと

やまだみのる  

(かもとつしんこいのもつれとみたりけり)

合評

碧天に鉾を立てたる枯木かな ひとこと

やまだみのる  

(へきてんにほこをたてたるかれきかな)

メタセコイアの大枯木です。 でよく吟行にいく甑岩神社への道すがらにもありますね。

合評

死後の世を論じて日向ぼこりかな ひとこと

やまだみのる  

(しごのよをろんじてひなたぼこりかな)

いつかは死を受け入れざるを得ないということはわかっているが、死後の世界をどう捉えるかによって余生の過ごし方が変わります。 ただ死を待つだけの余生ではあまりにも寂しいです。聖書には、次のような一節があります。

信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。

"死んだらおしまい" なのではなく、現し世での使命を果たしたあとは、悩みも苦しみもない天国に召されて永遠の命に生かされるのだ…と、私は信じたいです。

合評

さきほどの雪うそのごと星明り ひとこと

やまだみのる  

(さきほどのゆきうそのごとほしあかり)

主季語が曖昧なときは、季語云々ではなく「季感」だということを思い出しましょう。季感は?と問われたら冬(雪)ですね。

合評

金輪際寒の釣師ら不言 ひとこと

やまだみのる  

(こんりんざいかんのつりしらものいはず)

季語は「寒釣」、寒中に行う釣りのこと。動きの鈍った鯉や鮒を釣ることを詠む場合が多い。つまり微細な魚信を捉えるために達磨さんのように着膨れてじっと身じろがずに集中して待つのが寒釣の特徴。寒鮒釣は魚と釣人との真剣勝負、究極の釣りと呼ばれる由縁である。「寒の釣師は不言」と一人称にすることも考えたが、説明臭い感じが残るのが嫌で、釣堀の筏に並んでいる「寒の釣師ら」とした。池塘の風景でも構わない。

晩秋の季語に「根釣」がある。根とは海底の岩礁のこと。水温が下がり、水底の根につく魚が多くなる晩秋が、この釣りの季節である。

合評

炉話は創造論はた進化論 ひとこと

やまだみのる  

(ろばなしはそうぞうろんはたしんかろん)

創造論は、神が天地を創造し、自分をかたどって男と女を創造したとする捉え方である。一方、進化論は英自然科学者チャールズ・ダーウィンが1859年に発表した『種の起源』で記した自然選択説を基礎にした考え方だ。欧米では相対した仮説としてどちらも教えるそうだが日本の教科書には進化論しか載っていない。どちらを信じて生きるかによって人生も変わるわけだから当然議論も熱くなり延々と尽きないのである。

合評

大空をうかがふ鋭目ぞ檻の鷲 ひとこと

やまだみのる  

(おほぞらをうかがふとめぞをりのわし)

「檻の鷲」に季感が存在するかどうかと問われると難しいですね。紫峡選ぎりぎりセーフになった作品です。寒々とした寒風のなかでもキリッと一点を睨んで身じろがない鷹の鋭い眼光はとても迫力があります。

合評

おでん酒企業戦士の彼悼む ひとこと

やまだみのる  

(おでんざけきげふせんしのかれいたむ)

天井の音は電車やおでん酒  小路紫峡

鬼課長なにするものぞおでん酒 みのる

高架下の薄暗い路地に構えたおでん屋は、仕事帰りのサラーマンたちが上司の愚痴をこぼしたり互いに慰め励ましあってガス抜きをし明日への勇気を養う場である。

「あんなに元気であった彼が何故…」と、かつてはともに汗し一緒に酌み交わしたこともある彼を悼みながら悔し涙が滲むのである。エッセイにも紹介しているので併せ鑑賞してください。

おでん酒(エッセイ)

合評

訥弁の彼が焚火の火守役 ひとこと

やまだみのる  

(とつべんのかれがたきびのひもりやく)

紫峡師を招いてひいらぎの男性俳人数名で冬の一泊鍛錬会を実施したときの作品である。 吟詠地は、 六甲山YMCA 夏は若者たちのキャンプで賑わう施設ですが、冬場なので格安で予約できたのです。朝食前にミニ吟行をと考えてキャンプ用の薪を一と束購入して焚火の句を詠もうと企画しました。訥弁のKさんは教職OBで博識、目立った言動はされないのですがとても気遣いのできる方でした。私は句種を提供しようとぺちゃくちゃお喋りするのですが、彼はただ黙々と焚火を育てながら想を練っておられました。寡黙な彼に焦点を絞ることで、ともに焚火を囲む仲間の雰囲気を感じとってほしい。

合評

フレームのBGMはハワイアン ひとこと

やまだみのる  

(フレームのBGMはハワイアン)

私も初学のうちはフレームが温室と同意の季語であることを知りませんでした。冬の植物園吟行、あまりの寒さに耐えかねて園内にあった温室へエスケープ。ブーゲンビリアが咲き乱れ南国風にアレンジされた室内で一息つく。軽快なBGM Bが流れはじめると、そこはもうさながらハワイの雰囲気でした。

合評

人垣を爪立ちのぞく年の市 ひとこと

やまだみのる  

(ひとがきをつまだちのぞくとしのいち)

年末の商店街アーケードを吟行していると威勢のよい香具師の声が響いて人垣ができています。俳人としての野次馬根性が湧いてきて素通りできなかったのです。

合評

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