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南上加代子句集紹介

草千里霧の海とはなりにけり Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(くさせんりきりのうみとはなりにけり)

合評
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音立てて噴ける温泉や草紅葉 Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(おとたててふけるいでゆやくさもみぢ)

合評
  • 秋色に染まった草原を見渡せるところに湯が噴き出ているのでしょう。湯の音が草原の爽やかさを引き立てています。 (豊実)
  • 草紅葉が秋の季語。一読して別府の地獄を思った。坊主地獄なども音を立てるが、ここは間欠泉ではないだろうか。諏訪湖の近くにもあったと思う。間欠泉の凄まじさの中で草紅葉が優しい。考えすぎかもしれないが、草紅葉が間欠泉の怒りをなだめているようにも感じる。 (せいじ)
  • 音立てて噴き出している温泉を見たことがある。孫を連れてハウステンボスへ行ったとき、列車の窓から雲仙温泉を草紅葉は無かったが、茶色の岩のあいだから音出して噴き上げている光景を見た経験がある。草紅葉とあるから時期はもう少し先かも知れない。 (宏虎)

書展見る一歩々々の秋思かな Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(しよてんみるいつぽいつぽのしうしかな)

「一歩々々」なので作品のまえに立ってひととき鑑賞し、また歩をはこんでは次の作品を見ている。そしてそのたびに秋思がつのるということかと思う。 「自分も修練しているけれど、とてもこんなふうには書けないなあ」という秋思だとすると平凡すぎて面白くない。私は、先師かあるいは共に切磋琢磨した親しい友人の遺作展ではないかと想像してみた。思い出の詰まったひとつひとつの作品を前にしてあれこれとつのる秋思は深いものがあるように思う。

合評
  • 書をやられていた作者が書展で秋寂しい気持ちになるものなのかなと思いました。やはりこれは一人で見ていることに秋思を感じているのだろうと思います。 (素秀)
  • 展覧会は秋に催されることが多い。作者も関係している書道展だろうか、作品を一つ一つ時間をかけて丁寧に鑑賞する。作品ごとに、書の意味、書の出来栄え、書いた人との関係など、さまざまなことを思う。「一歩々々の秋思」に思いの深さを感じる。 (せいじ)
  • 一歩ずつゆっくりと歩きながら、書の作品を一つずつ鑑賞している。作品の趣と自分の人生を重ね合わせて、物思いにふけっているのかもしれない。 (豊実)

望郷の思ひをたたぬ壁炉かな Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(ぼうきようのおもひをたたぬへきろかな)

川端康成の小説を連想させるような描写ですね。壁炉がある場所というと都会の町中ではなさそうで難しいですが、とにかく作者は故郷をでてからかなりの年月が経っていること、帰郷もできていないことなどが背景にあるように思う。そしていろんな事情があって故郷のことはもう忘れてしまいたい。忘れなければならないと自分自身に言い聞かせている。壁炉の炎を見ながら望郷の思いはたつべしとしながらもなお絶つことができない切なさを詠嘆したのだと連想すると一編の小説になってくる。その理由が何なのかは読者の想像に委ねているのである。

合評
  • 思いをたたぬ、ここの解釈に悩みました。故郷を想う気持ちも暖炉の前では絶つ事ができぬのなら、暖炉の前では望郷の念が増すのだろうと思えます。 (素秀)
  • 炉が冬の季語。壁炉とあるので日本ではなく海外のヨーロッパ風のホテルを想像した。海外にしばらく滞在すると日本が恋しくなる。冬のホテルの一室、外から帰ってきて身体を暖めてくれる壁炉ではあるが、日本への望郷の思いを断つことまでは出来ないよね、ということではないだろうか。 (せいじ)
  • 壁炉の火を見つめていると物思いにふける気分になる。遠く離れた故郷をなつかしく思っているのでしょう。 (豊実)

女王花パジャマの我を侍らしぬ Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(じょおうかパジャマのわれをはべらしぬ)

女王花(じょうおうか)は月下美人のこと。一夜花ですが微震しながら開いていくさまは実に妖艶で神秘的です。夕刻の水撒きときに見ると今夜辺り咲きそうだという雰囲気がわかります。楽しみにしていた作者は、早速家の中に鉢を取り込んで、夕食も歯磨きも早々に済ませてお風呂に入り、パジャマに着替えていまかいまかと咲き始めるのを待ち構えているのである。クライマックスを見届けたら、そのまま寝床に入れるように準備万端という感じである。

合評
  • 寝ようと思ったのに、女王花が開き始めているのに気づいた。朝にはしぼんでしまうので、いつまでもパジャマ姿のまま見ている。 (豊実)
  • 寝支度も出来たのに月下美人の花が開いてきたので眠る訳にはいかなかった。侍従のように花を待つ自分を面白がっています。 (素秀)
  • 女王花は月下美人のことで夏の季語。月下美人は一夜限りの花。鉢を部屋の中に移しパジャマ姿のまま花をながめながら一夜を過ごしたのであろう。寝てしまうのがもったいないほどの美しさであった。女王と侍るがうまく響きあっている。 (せいじ)

かたはらに山羊を繋げる昼寝かな Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(かたはらにやぎをつなげるひるねかな)

実際は三人称の景かもしれないがあえて一人称で詠んだものと思う。犬の散歩にリードを使いますが、この山羊もやや長めの紐で繋がれているです。繫ぐという表現から牧場のような多頭数ではなく素秀解のような家畜としての一匹の感じで、草を食べさせるためにあちこちと連れ回りちょと疲れてたので立木につないで主人公はそ木陰でうつらうつら一休みしているのでしょう。のんびりとした牧歌的な風景が目に浮かぶ。

合評
  • 昔は山羊を飼う農家も多く目的は山羊の乳でした。最近は草取りの目的が多いようです。畦やなぞえの草を山羊に食わせて除去します。飼い主は山羊に働かせて昼寝をする訳です。 (素秀)
  • 昼寝が夏の季語。自分が昼寝をしているのではなく昼寝をしている人を詠んだのではないだろうか。自家用に山羊を飼っている農家のお爺さんを想像した。心が安らぐ風景である。 (せいじ)
  • 牧歌的な風景を思い浮かべました。山羊の世話が一段落して、そこで昼寝をして気持ちよさそうです。 (豊実)

石舫のランタン夜涼ほしいまま Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(せきぼうのランタンやりようほしいまま)

北京頤和園万寿山西麓、昆明湖岸に浮かぶように造られた石造の船形建造物。北京吟旅での作品かも知れないですね。ネットで検索してみると昼間と夕景の写真ばかりで夜涼の雰囲気のものは見当たらなかったが、湖面に映ったランタンの明かりがゆらゆら波に揺らぐ様子はまさに夜涼そのものであろうと想像できる。その一箇所が煌々としていてあたりを払うような雰囲気が「ほしいまま」の措辞になったと思う。

合評
  • 石舫なるものを初めて知りました。船の形をした水上建築物です。ランタンの灯りが湖上に映りそれは美しかったのでしょう。 (素秀)
  • 石舫とは水辺に建てる屋形船の形をした石造の建物のことのようですね。そこに電気の灯ではなく、ランタンの灯がある。いかにも涼しげですね。 (豊実)
  • 夜涼が夏の季語。石舫とは北京頤和園にある大きな石の舟のことだろうか。頤和園は西太后の離宮で知られる名園とのこと。石舟に灯ったランタンの光に浮かび上がった名園をながめながら夏の夜の涼しさを満喫しているのであろう。異国情緒も味わっているに違いない。 (せいじ)

宇治なれや茶摘女募集ビラを貼る Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(うじなれやちやつみぼしゆうビラをはる)

宇治市では主にてん茶(抹茶の原料)と玉露が生産されており、新芽の頃日光を遮るために茶園に覆いを施す「覆下栽培(おいしたさいばい)」という栽培法が普及しています。宇治では町中でも寒冷紗に覆われた茶園が見られ、宇治独特の春に茶園が見えなくなる覆下茶園の景観はいまなお継承されています。作者は茶処宇治市の特徴をよく知っていたので「宇治なれや」の措辞が思い浮かんだのである。「京なれや」「須磨なれや」の表現法は俳句ではよく使われるが、的確に風土をとらえて写生しなければ失敗に終わる。何度も通って吟行して初めてその土地の風土が実感できるのである。

合評
  • 茶摘女募集の貼り紙に宇治ならではと感心しています。茶摘みも観光化しているなあ、とも思っているようです。 (素秀)
  • 茶摘女が春の季語。ふと見つけた茶摘女募集というお茶の名産地ならではの貼紙に、ああ今が茶摘の最盛期なんだと得心したのであろう。私もこのようなちょっとした発見に季節を感じとりたい。 (せいじ)

マネキンは黒ん坊ばかり水着ショー Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(マネキンはくろぼばかりみずぎショー)

いつの頃からか、デパートの水着売り場では真っ黒なマネキンを使うようになった。豊実解の通りビキニが主流になった頃かも知れない。いろいろなカラーの水着を着せられた黒ん坊のマネキンがあちら向きこちら向きしてポーズを取って何体も並べられた売り場は、あたかも水着ショーをしているかのようだと感じた。

合評
  • ビキニの水着が流行りだしたころでしょうか?当時は、今のような水着姿の若い女性のモデルはあまりいなかったのかもしれません。黒いマネキンにちょっと違和感があったような気がします。 (豊実)
  • 水着のマネキンは日焼けした浅黒い肌ばかりなのでしょう。夏用のマネキンとも言えます。 (素秀)
  • 水着が夏の季語。水着売場の展示はまるで水着のファッションショーのようであって、水着を着せたマネキン人形は真っ黒に日焼けした人や子どもを模したものばかりであったということではないだろうか。 (せいじ)

遠ころげするはするまま豌豆むく Feedback 合評を投稿

南上加代子  

(とおころげするはするままえんどむく)

主婦の夕餉支度は忙しい。豆ご飯を炊くために豌豆をむき始めたがひと粒が活きよいよく飛び出して床に落ちて転がった。ふと見ると足元ではなく少し遠いところまで転がったみたい。でもそれを構っていると手が止まってしまって手順が狂うので、"まあいいか!" と許容したのである。おらかな加代子さんの性格がユーモラスに表現されている。

合評
  • エンドウ豆をむいていたら取りこぼしてしまった。結構転がってしまったが、それは放っておいてむいている。やり出したら止まらなく作業ってありますね。 (素秀)
  • 豌豆が夏の季語。遠ころげという言葉遣いが面白い。するはするままという表現もリズミカルで楽しい。情景が目に浮かぶ。 (せいじ)
  • えんどう豆の皮を剥いている時、豆粒が転がるなんてことはどこにでもある日常のことですが、それをとても和やかに表現されているなあと感心ました。「むく」のひらがなも良いと思いました。 (豊実)

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