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 素十俳句研究  素十二百句抄

寒の空日々の日のありどころ Feedback 合評を投稿

高野素十  

(かんのそらにちにちのひのありどころ)

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月明の一人にして世に處せん Feedback 合評を投稿

高野素十  

(げつめいのいちにんにしてよにしよせん)

素十の病状は順調に回復し翌46年には「芹」復刊の義が起こった。緑風子は「弟子のためにやるというなれば絶対に反対」と書き送ったが復刊第1号で素十は次のように言っている。

(緑風子から見れば) この芹の復刊は或いは短い命を更に短くする様な多忙さと心労さとの加重になると考えられるのであろう。しかし凡俗の身の私には時として物を云ってみたくなったり何かを書いてみたくなったり、又弟子達の云うことを聞いてみたくなったりすることがあるのである・・・今度悪くなれば流石の緑風子君も手の付けようがないのであろうが、これも宿命と思ってかんにんして貰いたい・・・

素十俳句研究も残すところ20数句。倉田高分子の著書には、「徹底した客観写生、そして病中での悟覚、その深い境地を抜けた素十は、病後はその句の中に心情の表れが見えてきた。これまで抑えに抑え、絞りに絞って来た純客観への気分が、予後の身の『懐旧』という柔らかなオブラートで包み込まれたのである。これは晩年の素十俳句の大きな傾向である」と記されている。

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藺帽子の主の曰く万事了 Feedback 合評を投稿

高野素十  

(いぼうしのあるじのいはくばんじれう)

昭和45年5月、素十は山科の自宅で突然脳血栓を発病し京都日赤病院、7月からは門下田中緑風子の南知多病院でリハビリに入る。揚句は、俳誌「芹」45年8月号に発表されたもので発病数日後の作と見える。素十は藺帽子を愛用していたので自分自身を写生したのでは…とも思われるが定かではない。

「芹」は9月号をもって休刊、同号に「秋語」と題してつぎの一文がある。

虚子先生の何百分の一・・・それが虚子先生から私に伝わった全部であると思うのであるが・・・その全部を諸君に私意を交えずに、全部を伝え終わった感じである。私に残っているものは何もない。そう考えると私の心は満足であり、愉快である。

倉田紘文氏はその著書に「自分を自分で客観できる徹底した死生観、『私意を交えずに』虚子の教えを伝え終わったという清々しい満足感、これが77歳の高野素十であった」と感想を記している。

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下り簗一奔流のたのもしき Feedback 合評を投稿

高野素十  

(くだりやないちほんりうのたのもしき)

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まつすぐに一を引くなる夏書かな Feedback 合評を投稿

高野素十  

(まつすぐにいちをひくなるげがきかな)

少し意見が分かれましたね。夏書の習慣には詳しくないので自身はないのですが事前の練習場面を詠んだとすると季感が弱くなります。「まつすぐに一の字を書く」ではないので、経文の書き始めの一画を詠んだとするうつぎ解があたっているように思います。先祖供養のおごそかな気分が伝わってきます。

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雲と月ありていよいよ明るさよ Feedback 合評を投稿

高野素十  

(くもとつきありていよいよあかるさよ)

月明かりを反射して輝いている薄衣のような秋の雲を連想しますね。一朶の雲もない無垢な秋空の月もいいですが、「雲あるゆえにさらに明るく感じる」という感覚は繊細です。

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中秋の大玉串を奉る Feedback 合評を投稿

高野素十  

(ちゆうしうのおおたまぐしをたてまつる)

中秋とくれば確かに名月となりそうですが、揚句の場合は単に季を意味する季語であって月は出ていない昼間の儀式かと思います。中秋の名月といえば9月中旬ですが季感としての中秋は10月ごろまでをいいますので、時節柄うつぎ解にあるように収穫感謝の儀式でしょう。豊作を感謝して大きな玉串を神官が代表して奉納している様子と思います。そのあと続いて関係者が小ぶりな玉串を奉納します。大玉串は大豊作である喜びと感謝の大きさをイメージします。

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秋晴のみち遠かりし然れども Feedback

高野素十  

(あきばれのみちとおかりししかれそも)

長い道のりであるけれども爽やかな秋晴れの道をゆくのは気持ちがよいう…というのが直訳であろう。けれども皆さんの鑑賞にあるように人生の来し方をふりかえりつつまだまだ課題満載のこれからの長い道のりも頑張って進むしかないというなにか決意のようなものを感じますね。素十晩年の作品にはそうした含みのある句が増えてきた気がします。万年青年たらんと励んできた私もいよいよ老境という現実との戦いの中で共感を得る句が多い。

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四五人の僧の仰げる春の空 Feedback

高野素十  

(しごにんのそうのあふげるはるのそら)

たしかに複数の僧とう設定であることを考えると高僧ではなくてうつぎ解にあるような若い修行僧の雰囲気がありますね。「にさんにん」「さんよにん」「ろくしちにん」だといずれも字余りになってしまうので「しごにん」の措辞を選択したのだとすると作者の推敲の苦労がみえるようですね。一日の修行が終わってようやく寒さも緩み始めてほっと一息ついている夕刻の空の感じがありますね。

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あすしらぬみむろのやまの春を待つ Feedback

高野素十  

(あすしらぬみむろのやまのはるをまつ)

うつぎ解にあるように「本歌どり」といって典拠のしっかりした古歌(本歌)の一部を取って新たな歌を詠み、本歌を連想させて歌にふくらみをもたせるという技法があります。むべ解にある能因法師の歌が有名です。うつぎ解にあるように神が降臨してまつられている山。紅葉の名所である神奈備山(=今の奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町)や、「三輪山(みわやま)」であろうことを暗示させています。「あすしらぬ」の意はさまざまであるが、明日のことは神のみぞ知る…その神に委ねるしかないといような境地であろう。

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