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 素十俳句研究  素十二百句抄

あすしらぬみむろのやまの春を待つ Feedback 合評を投稿

高野素十  

(あすしらぬみむろのやまのはるをまつ)

合評

大いなる春といふもの来るべし Feedback 合評を投稿

高野素十  

(おおいなるはるといふものきたるべし)

合評

第一義浮葉即ち平らかに Feedback 合評を投稿

高野素十  

(だいいちぎうきはすなはちたいらかに)

合評

短日の海あることのやゝ淋し Feedback 合評を投稿

高野素十  

(たんじつのうみあることのやゝさびし)

合評

帰去来はわが心にも夏の蝶 Feedback 合評を投稿

高野素十  

(ききよらいはわがこころにもなつのてふ)

合評

一といふ字人といふ字や筆始め Feedback 合評を投稿

高野素十  

(いちといふじひとといふじやふではじめ)

合評

みちのくの短き夏の日の盛り Feedback 合評を投稿

高野素十  

(みちのくのみじかきなつのひのさかり)

みなさんが触れておられるように「北国の夏は短い」という常識がこの句の背景にあることは間違いないと思います。ようするに地域の人達にとっては夏の暑さを託つというよりは、貴重な夏の期間を慈しみながら生活しておられるのではないだろうか。そのような夏の日盛りの中にあって「あっという間に夏は過ぎ去ってまた厳しい寒さの季節がやってくるんだろうな」という感慨が隠されているようにも感じます。

合評

書初めのうゐのおくやまけふこえて Feedback

高野素十  

(かきぞめのうゐのおくやまけふこえて)

みなさんの合評を拝見していていろんな感じ方があるのだなと感心しきりです。素十俳句の場合は小難しい意図や理屈が隠されていることはまずないと思うので、単純にひらがなで書初めをしたという意に私もとりました。例え方は適切ではないかもしれないですが、「書初めのあいうえおかきくけこ」というような感覚の作品だと思います。一般的に書初めといえば漢字だけとか漢字混じりでも短い言葉が多いと思うのですが、すべて平仮名で…というあたりはいかにも俳人らしい感覚ではないでしょうか。

合評

我去れば沛然と喜雨到るべし Feedback

高野素十  

(われさればはいぜんときういたるべし)

「べし」は、古語ですがとても短くて意味深いので、文字数に制約のある俳句ではとても便利な言葉です。うつぎ解にあるように「強い推量」の意で「きっと…に違いない」という意味になります。旱魃のぐちなどを話しあっていたところにちょうど暗雲が近づいてきたというようなシチュエイションが想像できます。「我去れば」のことばの意図を解読するのが難しいですが、雨が降りだすまでその場にとどまっていることが出来ない事情があったということでしょう。俳句らしくない「沛然」ということばも勉強になりますね。覚えておいて使いましょう。

合評

円涼し長方形も亦涼し Feedback

高野素十  

(ゑんすずしちやうはうけいもまたすずし)

円と長方形が一体何者なのかを説明していないところがにくいですね。そのために鑑賞する人の体験によって様々な連想が広がります。わたしなら多分「窓涼し」というふうに説明せずにはいられなかったでしょう。テーブルなのか庭の飛び石なのか、はたまた窓なのかはわからないですがこのような幾何学的な形態に涼しさを覚えるというのは科学者である素十さんならではの感性なんでしょうね。

合評

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