毎日句会の秀句鑑賞(最新2ヶ月分を表示、他は過去一覧から)

2025年1月21日

防災無線黙祷を告ぐ阪神忌

こすもす

やまだみのる選

防災無線は、災害等により電線が切れてしまっても稼動できるようバッテリーを内蔵した地域無線情報システムのこと。携帯電話の普及で縮小されたが地方にはまだ残っている。

不測の有事に備えて定期的に試験電波が発信されて生活する家々でも受信して確認するのであるが、阪神忌の今朝5時46分に黙祷を促すアナウンスが流されたのである。揚句の防災無線も阪神淡路大震災を教訓にして設置されたものかも知れない。

ものの芽の解れんとする力かな

うつぎ

やまだみのる選

ものの芽俳句と揶揄されながらも高浜虚子師の教えを堅く信じて写生俳句道を貫き通した高野素十の生涯を想う。ものの芽に対峙して心を通わせることは 俳句理念の原点でもある。

大地を割って健気に顔をだしたものの芽が早春のやさしい日差しに応えるかのようにいま解れそめている。地上部は枯れてすっかりなくなっていたのが、新しい命として生まれ変わり復活の春を告げている。蹲って存問している作者の姿も目に浮かぶのである。

爪先で逃げしあんかを探りけり

たか子

やまだみのる選

あんか(行火)は金沢の方言だそうで炭火を内蔵したこたつのこと。昨今では電気ヒーターや化学発熱体などを内蔵したものが主流となったが昔ながらのそれは自動で温度調整ができなかった。

寝るときは適温であったものが徐々に温度が上昇してくるので無意識のうちに蹴飛ばしていたが、朝方の冷え込みで冷たくなった足が逃げたあんかをまさぐり探しているのである。爪先で…の措辞が的確にリアルさを写生しており俳諧的滑稽を醸している。

2025年1月13日

霜の朝湯煙の洩る堆肥小屋

千鶴

やまだみのる選

近年は環境的な事情もあり工場生産の堆肥が流通しているが、揚句の場合は昔ながらに自家製の堆肥を作っているのであろう。温湿度調整も必要なために屋根付の小屋で管理しているのである。

霜の朝は放射冷却によって一気に気温が下がり飽和空気の状態となるゆえに醗酵堆肥から蒸発する水蒸気が湯煙となって見えるのである。霜で白変した風景の中に湯煙がたつ状況を連想すると里山の人たちの生活ぶりがほのぼのと伝わってくるのである。

新聞のかため読みして女正月

うつぎ

やまだみのる選

お正月の間はお節の準備や帰省家族の接待に追われ新聞を読む時間もないほど忙殺されていたのである。無事お正月が過ぎ、皆が帰ってようやく一息ついた主婦の実感が伝わってくる作品である。

原句の「六日かな」でも不満はなかったが今年の暦に特化する感じがしたので、正月中忙しかった女性をねぎらう日とされている「女正月」の季語を斡旋したほうがより実感が醸し出されると思ったのであえて添削させていただいた。

しなやかに命毛はしる筆始め

ほたる

やまだみのる選

文字を書くのに最も大切な毛であるところから毛筆の穂先のいちばん長い毛のことを「命毛」と呼ぶそうで、恥ずかしながら書に疎い私はそのことを知らなかったが揚句に教えられた。

書の達人の筆さばきの様子を動画などで見ているとまさに筆の穂先に意思がある如くしなやかに筆が運ばれていくのに驚く。その情景を「命毛はしる」と形容したことで儀式としての筆始めの厳粛な雰囲気が的確に写生されていると思う。

2025年1月6日

孫ひ孫御慶百寿の手を取りて

あひる

やまだみのる選

お正月に孫家族が実家に戻ってきて「ひいあばあちゃん、新年おめでとう。百歳おめでとう。まだまだ元気で長生きしてね」と皺くちゃな百寿の手を握りしめて励ましているのである。

昨今は高齢者を支援するための社会福祉制度や対応施設が充実し、百歳ともなれば施設に入所して生活される方も多くなっているが、揚句の場合は、むかしながらの自宅介護であろうことが連想できる。命の尊厳と人の温かさを共有させられる作品である。

お雑煮を供へ遺影に御慶のぶ

たか子

やまだみのる選

お雑煮も新年の季語になるので季重なりとはなるが御慶の句として作者の深い愛情が伝わってきたので選ばしていただいた。遺影の主と作者との関係説明は省略されているが作者の境遇を知る人には「遺影の夫に」であることは容易に連想できる。

存命であったころには、元気にお正月を迎えられたことを二人で一緒に感謝し、差し向かいで御慶を交わしてお節の膳を祝った。そうした日々を懐かしみつつ遺影に呼びかけたのである。

煤逃げのいつもの面子揃ひたり

澄子

やまだみのる選

大掃除である煤払いに協力せず時間をつぶしに外出することを「煤逃げ」という。煤払いの際に、病人や老人、子どもを別室に籠うことを「煤籠り」ともいうが、揚句の場合は粗大ゴミ扱いされて追い出された隠居組の雰囲気があり滑稽である。

「面子(メンツ)が揃う」という表現は、会合などの顔ぶれが揃っていることを意味する。互いに利害関係は伴わず、他愛のない世間話や雑談で盛りあがる気心の知れた常連衆なのであろう。

闘病の夫に見せたき冬銀河

やよい

やまだみのる選

冬銀河は冬の夜空にかかる「天の川」のことで、秋の天の川と違って冴え冴えとした趣がある。「夫に見せたき銀河かな」ではなく「冬銀河」としたのは作者の深い悲しみを代弁しているのである。

病床に付き添って介護している部屋の窓から眺めているのではなくて作者とは離れた遠い場所から闘病中の夫に思いを馳せているのであって、叶うことなら肩を寄せ合って二人で眺められたら…という作者の祈りが隠されていることを見逃さないでほしいのである。

いささかの愚痴も散見日記果つ

うつぎ

やまだみのる選

日々の生活はある意味戦いでもあるので良きことばかりではなく悪しきことにも打ち克って乗り越えていかなければ負けてしまう。出来ることなら憂きことは日記には記さずに常にプラス思考でありたいという作者の心情が感じられる作品である。

一年を振り返り日記の中から良かったを探しながら耐え難い苦難に思わず愚痴となってしまった日々を見つけた。そうした試練からも守られ良かったことに変えられたことを感謝しているのである。

2024年12月30日

ナナハンでヘルパー来たる寒風裡

あひる

やまだみのる選

ナナハンは排気量750ccの大型バイクの俗称で、小型中型のそれに比べて安定感や加速力が魅力でマニアが多い。運転するには大型自動二輪車免許に併せて剛健な体力も求められる。

訪問介護のヘルパーさんが寒風をものともせずにナナハンのエンジン音を響かせながら颯爽と到着したのである。予想だにしなかったイメージの乖離にちょっと驚いたけれど風防付きのヘルメットを脱ぐととても人懐こい笑顔が現れて安堵したのである。

年用意気の急くばかりどじ多し

うつぎ

やまだみのる選

数え日が近づくと大掃除や年越し用の買い物、飾りつけ、料理や器物、衣類の支度、帰省客の準備などなど毎年のことながら、とりわけ主婦にとっては何かと気ぜわしい毎日が続く。

やるべきことをメモに書いて一つずつ消化していくのだが、ふと思いだしてはまた新しい課題が増えたりする。効率よく済ませたいと手順を考えながら進めるのだけれど思い通りには捗らず、焦って失敗しては誤算が生じてため息が洩れるのである。

毛糸編む脳は過ぎし日回想し

明日香

やまだみのる選

ひところは電車の中など人前でも編み棒を動かす人がいたが最近はあまり見られない。自分のものを編むというよりも親しい人のためのセーターやマフラー、帽子などを編むことが多いようだ。

揚句のシーンは温かい暖房の部屋で安楽椅子かソファーに寛ぎながら編み物をしているのであろう。かつては恋人のためであったりご主人やお子さんのために勤しんだ頃を懐かしく思い出しつつ、手にもった編み棒は考えることなく自動的に動いているのである。

2024年12月24日

ひと枝に声の集ひし冬桜

澄子

やまだみのる選

四季のある美しい日本の国で進化した桜は、春を告げる花の代表格ですが10月下旬から12月にかけて咲く品種も多く「冬桜」という通称で呼ばれる。

数人で吟行しているとき、魁として咲き始めたひと枝を見つけた喜びに思わず声をあげたのであろう。その声を聞いた仲間たちが次々とその枝のもとに集まってきて感動を分かち合ったのである。主季語は冬桜であるが「あたたか」という気分も伝わってくる。

臥す母に障子開ければ日矢届く

せいじ

やまだみのる選

障子は採光を和らげたり部屋の温湿度調節などを目的とした日本建築独特のものであるが俳句では冬の季語とされている。春障子という季語もあるが冬のそれとは全く趣が異なる。

「臥す」が使われているので療養中か老いて臥しがちな母親像であろう。小春の日差しが障子越しに温かいので気分転換に庭景色でもと少し障子を開けると存問するかのようにさっと枕辺に冬日が射し届いたのである。母思いの作者の優しさも伝わってくる。

極月や病院食の遅きこと

董雨

やまだみのる選

病院食は厨房で従事される人たちの勤務や体制などで制約されるので朝食はやや遅め、昼食夕食はやや早めに準備され、それを看護師さんがそれぞれのベッドのところまで配膳してくれる。

定刻は過ぎているのに今日はやけに遅いので「なぜだろう?」と廊下の気配を窺うと、忙しげに行き交うナースたちの姿が見える。「そうか、年末であるがゆえの忙しさで人手が足りないんだ」と合点したのである。極月と病院食という取合せが面白い。

2024年12月16日

風邪癒えて久々の風呂熱あつに

なつき

やまだみのる選

発熱があるときは勿論だが、そうでないときでも湯冷めすると風邪の症状が悪化するので基本的に入浴ははばかられる。揚句の場合は長引いてしまい数日間お風呂に入れなかったのであろう。

ようやく風邪が抜けて久しぶりの入浴解禁、大丈夫だとは思うがぶり返しを恐れてお風呂の湯温を少し熱め設定して沸かしたのである。風邪の例句は、症状最中のものや抜けきらずに物憂い気分を詠んだものが多い中、「風邪癒えて」の句は新鮮だと思う。

門ごとの菊よく香る京街道

あひる

やまだみのる選

過日の枚方宿吟行で詠まれた作品だが「なぜこれが秀句なの?」と思われる人もいるかと思う。京街道ではなくて何街道でも意味が通るし、菊でなくてもいいので季語が動くのでは…と。

「門ごと」「京街道」の措辞によって軒を連ねた古町の風情の残る歴史街道であることがわかるのである。また京は菊の名所も多く個人の庭でもよく親しまれ、特にこの地域でしか見られない嵯峨菊なども有名である故、季語の菊が動かないのである。

コート着るチェロの残響包みつつ

風民

やまだみのる選

チェロは、ベースからメロディまで奏でることができる音域の広さが魅力であるとともに、その落ち着いた温かい音色は、『人間の声に一番近い楽器』とも言われている。

心地よいその音色が演奏会が果てたあとも身体全体に染み込んで余韻として残っているというような気分を連想する。その余韻ごとコートに身を包みこんで会場をあとにしたというのである。コンサートと言わずにそれを連想に委ねた所がこの句の手柄である。

2024年12月10日

虫喰ひ葉高枝にのこる枯木かな

そうけい

やまだみのる選

俳句では落葉樹の冬の容姿を表現する季語として枯木と裸木という似た季語がある。枯木は枯れた小枝や葉が落ちた木、裸木は全ての葉が落ちてしまった幹と枝だけの木だと説明がある。

明確な定義はないが前者は大樹の全容を連想させ、後者はすっかり丸裸になってしまったなぁ…という感嘆の趣がある。作者は、枯木となった大樹の天辺に風雨に耐えてなお数枚の虫喰葉が残っているのに気づいて命の尊厳を感じたのではないかと思う。

暖房を効かせて四肢に化粧水

あひる

やまだみのる選

就寝前のお風呂上がりの女性が湯冷めしないようにリモコンの温度を高めに設定して部屋の暖房を効かせ、伸ばした四肢にお肌のケアのための化粧水を沁み込ませている姿が浮かぶ。

パジャマを着てしまってからでは四肢の付け根の部分まではケアできないのでバスタオルをまとっただけの姿かもしれず、男性目線で鑑賞するとやや艶っぽい句に仕上がっているかと思う。暖房という季語を詠んだ句として新しさを感じる。

船便で届くカードやクリスマス

むべ

やまだみのる選

クリスマスカードは日本の年賀状のように欧米社会ではとても重要で、メールやSNSのメッセージでのやりとりが主流になった時代でもクリスマスカードの文化が色濃く残っている。

揚句のそれは欧米の友人から届いたのであろう。エアメールではなく船便であったというのが驚きで、通常クリスマスの1週間ほど前に届くように送るのが習慣なので、アドベントになるまえの早くから思いを馳せてくれた送り主の優しさに感動しているのである。

2024年12月2日

熟柿もぐ玉子のように手渡しに

よし女

やまだみのる選

柿は収穫後も追熟するが、揚句のそれは晩秋まで木についたままで残り今にもとろけそうに感じの数個の熟柿であろう。脚立とか梯子に乗って枝からもぐ人と下でそれを籠に受け取る人とを連想する。

放り投げて渡したり力強く掴むと破裂してしまいそうなので、大事に慎重に手渡ししているのであるがその様子が鶏小屋に潜って玉子を収穫する人と外でそれを手渡しで受け取る人の所作に似ていると感じた。体験や実感がなければ詠めない句である。

夫剥きし林檎彫刻めきにけり

あひる

やまだみのる選

同日の作品にもう一句『老い夫の自立訓練りんご剥く』がある。会社勤めの現役時代は仕事一途で頑張り家族を支えていたご主人、家庭では上げ膳据え膳のお殿様であったのだろう。

奥様任せであった家事も老後の生活となると、自立できないと困ることもあるだろうからと話し合い、練習はじめに林檎剥きをしてもらったのである。慣れない包丁使いのために薄皮には剥けず彫刻のような形になってしまったという滑稽の句である。

仕舞湯に浸りて柚子と遊びけり

うつぎ

やまだみのる選

ゆず湯という冬至の季語を知らない人には選べない作品である。冬至は上昇運に転じる大事な日のため、ゆず湯で禊(みそぎ)をして身を清める、邪気を祓うという意味があります。

柚子が自家収穫できる田舎の生活を連想する。家族は次々と柚子湯を済ませたが、後片付けに追われていた作者は仕舞湯となったのである。湯舟に浸るとお疲れ様とばかりに柚子が肩に触れる。柚子を指で小突きならが一日の疲れを癒やしているのである。

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