2021年11月の日記

2021年11月29日

アドベント

母教会では、昨日からアドベントの礼拝がはじまり礼拝堂のアドベントキャンドルに火が点けられました。夜は、横浜から仕事で関西へ来ていた長女と、長男家族もあつまって一緒に夕食の卓を囲みました。

去年のみのる日記 を見るとコロナ禍のまっただ中、家族が集まることさえはばかられるような状況でしたが、今年はようやく出口が見え始めてよかったです。でも海外での再流行や新種出現のニュースを見聞きするとまだまだ油断は禁物ですね。

を立ち上げて間もない2002年の日記も懐かしく読み返しています。

おおよそ20年前、コロナ禍のことなど想像もできない平和な時代、私も多少若く熱い頃の日記です(^^)

2021年11月27日

嵯峨野吟行記

週間天気予報から好日を選んで、昨日嵯峨野の祇王寺を訪ねました。2019年11月の GH吟行句会以来ですからじつに2年ぶりです。

コロナ禍前には程遠い感じでしたが、それでもかなりの人出で賑わっていました。前回は失敗したので今回の往路はタクシー利用です。 駅前のタクシー営業所は予約のみとのこと、たまたま駅前に戻ってきた地元のタクシーをとめて尋ねましたが拒否されました。

やっぱり歩くしかないかと半分諦めて屋形船の舟だまりまで歩くと、真正面にまあるい錦繍の小倉山が出迎えてくれてちょっと和みました。

渡月橋を渡ったあたりで通りがかりの個人タクシーを見つけてようやく交渉成立、ちょうど京都市内からの客を下ろしたあとで市内へ戻るところだったとのことでラッキーでした。徒歩40分はかかる道、10分足らずで祇王寺到着です。

数日前に三原のあさこさんと LINEでおしゃべりしたとき、「紅葉にはちょっと遅いかもね…」と話していましたが、ピークを過ぎて丁度下り坂に差し掛かったところという感じで、苔庭の散紅葉を見るには丁度よかったのではと思います。

常連のカメラマンの方とおしゃべりしましたが、今年は天候不順で例年より紅葉に艶がない…とのことでした。

抽んでて天空に燃ゆ照紅葉 みのる

京の紅葉名所のほとんどは「いろは紅葉」ですが、祇王寺はコハウチワカエデという種類で高々と伸びる幹立ちの美しさがたまらないのです。グラデーションもイロハモミジに負けないくらい美しいです。

昨日は、故瀬戸内寂聴さんを偲ぶという思いもあったので祇王寺の座敷で祇王、祇女や高岡智照尼らのたつきにも思いを馳せました。

明るい小春の日差しに燃え上がるような苔庭紅葉の美しさは言うまでもないのですが、吉野窓の格子に透けた竹春の藪がことさらに美しく感じました。彼女たちもまた同じこの景色を見て過ごしたであろう日々を想像しながら悼みました。

吉野窓繰ればさやけし竹の春 みのる

11時まえに到着、2時間位祇王寺を堪能して帰路につきました。祇王寺近くのお店で昼食を済ませ、途中、二尊院、落柿舎、常寂光寺を懐かしくチラ見しながら、大河内山荘へ抜ける竹林の道を辿りました。

途中トロッコ嵐山駅が見下ろせたり、御髪神社などもあり、嵯峨野は何度も来ているのにこの道を通ったのは初めてで新鮮な感動でした。次回はトロッコ列車で亀岡へ抜けて京都経由で帰る計画を立てようと思いました。

建仁寺垣をはみだす照紅葉 みのる

小柴垣の道をさらに進むと野々宮にでました。参拝の長い列が竹林の道まで伸びていました。着物姿の女性が多かったです。

やがて渡月橋への本通りにでたところで万歩計を見ると一万歩をゆうに超えていて急に疲れを覚えました。「栗ぜんさい」の旗に誘われてしばし休憩。美味しかったです。

嵯峨に食ぶ善哉栗は能勢といふ みのる

家苞に大きな栗まんじゅうを買って、嵐山駅15時着、嵐山→桂→梅田→三宮と阪急電車を乗り継ぎ、三宮から自宅最寄りまでは高速バス利用で17時30分無事帰着しました。コロナ禍でおおよそ2年間封印してきた吟行気分を思い存分堪能できたよき好日でした。

感謝!

白拍子現れよ苔庭紅葉燃ゆ みのる

2021年11月21日

素十俳句の研究

2020年度の秀句合評は、高野素十の作品から学ぼうと思います。素十俳句を研究する上で、どうしても「秋桜子と素十」の対比について知っておく必要があると思います。私自身ももう一度原点に帰るべくいろんな資料を読んで復習しました。その中で、とても良くまとめられた高弟、倉田紘文氏の小論がネット上に公開されていましたので、写経のような気持ちで GHのページに転載しました。

素十俳句の研究

かなり長文ですので、時間のあるときにゆったりとした気分でお読みください。

原本(縦書き PDFファイル)へのリンクも貼りましたので、印刷して読んでくださってもいいと思います。

2021年11月18日

GH日和って何?

16日は、今日を待ってましたと言わんばかりの小春日和に恵まれました。

GH用語?でこれを『GH日和』といいます。新しく参加されたメンバーは「GH日和って何?」と驚かれたでしょうね。

これまで、GHの吟行の日は、前日の雨予報がくつがえったり、寒さが急に緩んだりと不思議なように好天に恵まれるということが度々ありました。こうしたことが重なるたびにいつの頃だったかは忘れましたが、『GH日和』という言葉が生まれたのです(^^)

コロナは減少傾向を保ちつつ推移していますが、油断して気を抜くとまた再流行というリスクもあります。

安全宣言が出るまではもう一年はかかるのではないかなとも思いますが、このままコロナに負け続けるわけには行かないので「上手にコロナとつきあいながら」という条件付きになると思いますが、少しづつ GHの活動も活性化していきたいなと願っています。

2021年11月17日

12月の定例句会は自由吟行とします

長い長いコロナ自粛が解かれ、ようやく定例句会を再開することができてとても嬉しかったです。コロナの前には、普通に句会が出来るということがこんなにも幸せなことだとは感じませんでしたから。きっと「普通である日常にも感謝を忘れないように…」という上からの警告だったのでしょう。

さて、12月ですが、歳晩の句材をと考えてお初天神、御堂筋、園田競馬吟行など提案しましたが、完全にコロナリスクが払拭された訳ではないので人の 多い場所での吟行は見送ることにします。小グループでの自由吟行をご検討ください。また、コロナ不安の続く間は、私に気づかって無理されずに午後の句会だけの参加をご検討ください。

12月の定例句会は会場確保ができず、独断で第2週の12月14日に変更しました。あとで、「第3週でないと出席できない…」という声も聞きました。申し訳ありません。以後留意しますので今回はご容赦ください。極月ですのでグループ単位で計画して最寄り地域の歳の市やクリスマス風景を写生してください。

みのるは JR元町駅で降りて南京町から神戸大丸(十字軍の慈善鍋が見られるかも)前を経由、三宮センター街を歩いて吟行したあと西宮ガーデンズへ移動しようと考えています。もし JR元町9:30目処でご都合がつかれるなら喜んでご案内します。

2022年度については、いま年度計画を策定中です。定例句会は原則第3火曜日に固定して会場を検討します。廣田神社のツツジやその他旬のタイミングでの企画は、自由参加の吟行句会という位置づけでご案内する予定です。

2021年11月11日

素十俳句に学ぶ


水仙の芽が出てきました…

恩師紫峡先生から素十を学ぶようにいわれて『高野素十自選句集』が手元にあります。

磁石が鉄を吸ふ如く、自然は素十君の胸に飛び込んで来る。素十君は画然としてそれを描く、文字の無駄がなく、それでゐて筆意は確かである。句に光がある。これは人としての光であらう。

高浜虚子

虚子が、素十の素朴な写生句を絶賛し、叙情こそが俳句とする秋桜子はこれに反発して『ホトトギス』を離れたという話はあまりにも有名ですが、みのるが師と仰ぐ阿波野青畝師も初学時代は叙情句に傾倒していたと仰っています。

その後、《大成するために写生を学べ》 と諭されて虚子に学ばれ、のちに融通無碍といわれる青畝俳句の世界を確立されたのです。そうした観点でいうと、青畝俳句はまさに両者(素十と秋桜子)のいいとこどり…という感じがします。

南上加代子さんの句集鑑賞(合評)も残り少なくなってきましたが、ご協力いただけるメンバーも増えたので継続するべく次なる教材を検討していました。

「俳句の学びはまず写生の訓練から…」

と、徹底して紫峡師から特訓をうけた私は、それをそのまま『 GHの俳句理念 』として伝承するべく奉仕しています。

ようやくコロナ禍の出口も見え始めました。外出制限で錆びついた感性に喝を入れる意味で、もう一度原点に返って素十俳句から写生の心を学ぶことはとても意義のあることだと思います。

ものの芽に素十のこころ通ひけり みのる

2021年11月10日

新規会員登録は Gmailアドレス必須に変更

Slack登録の簡便化ということもあって、今後新規に登録いただく場合は、Gmailアドレスに限定させていただくことにしました。

パソコンとスマホとで異なるメールアドレスを使用されている方が意外と多く、パソコンメールで登録されたあと、日常はスマホのメールチェックしかされないという習慣のために、システムからの連絡等が全く通らないという状況が増えてます。

また最近、Slack登録を必須にしたため、ここで躓いて挫折してしまわれるということもあります。結局、

への登録は Gmailアドレスで…

というかたちにするのが最適な方法だということになりました。差別化という意味では本意ではないのですが Gmail環境を構築していただくことでパソコンとスマホとで共通のメールチェックが出来るようになり利便の面でもよいと考えました。

これまでのアドレスも有効にしておきたい…というケースがあると思います。 Gmailはインポート設定をすることで、他のメールアドレスのメールも自動取得できますので、希望される方は、GH-Slackの [#質問チャンネル] で聞いてください。

すでに会員登録済みの方でも、スマホメインで参加されておられる場合は、Gmailアドレスに変更されることをお勧めします。

2021年11月8日

ひまわりの丘公園

11月6日の土曜日、兵庫県小野市にある「 ひまわりの丘公園 」に行ってきました。広大な畑にひまわり(夏)と コスモス(秋)を交互に植え替えて楽しめるようになっています。 例年11月の第1週土曜日から1週間の間、畑のコスモスを自由に刈り取らせてもらえるというイベントがあります。

毎年欠かさずに通っていたのですが、ここ3年はコロナ禍もあって行くことができず今年は随分久しぶりでした。当然ながら半分以上は咲き終わって花殻がついているのですが、できるだけ蕾のたくさん残っているのを選んで剪ってくると1週間ほどは玄関の大鉢で楽しめます。

この写真はスマホカメラのポートレートモードで撮りました。周辺や背景がぼけて主役だけが浮き上がって映ります。大抵のスマホには標準でついている機能なので試して見てください。こつは、なるべく対象物に近づいて撮ることです。

秋ざくら方千畳を埋めけり みのる

2021年11月2日

ルビ俳句について

ルビ俳句には二種類あって、読者への配慮として難しいよみの漢字にルビを振るケースと、面白おかしく当て字を創作し無理やりルビで読ませるというケースです。

識者の俳論などで「ルビ俳句」と呼ばれて揶揄されるのは、どちらかというと後者ですが、難しい漢字についルビを振りたくなる心情は理解できなくもありません。後者の「ルビ俳句」に関してかなり辛辣なコラムを見つけたのでリンクしておきます。

むかし青畝先生から 「俳句は聴覚的にも、視覚的にも配慮して推敲するのだ」 とうかがったことがあります。

「聴覚的に」というのは、披講子が声を出して詠んだときにそれを耳で聞いてそのひびきや余韻などにも配慮するという意味であり、 「視覚的に」というのは、書として書かれたときの芸術性ということであろう。当然ながら「書」としての配慮ならルビはあり得ないですね。

みのる俳句は、原則としてルビは使いません。紫峡先生から「ルビ俳句」「前書き俳句」は好ましくないと教えられたからです。

「どうしてもルビを振りたいなら「ひらがな」にせよ、前書きがないと理解できない句は写生ではない」 …と。

青畝俳句研究を読まれても気づかれると思うのですが意外にひらがな表記が多いです。むづかしい漢字を使うと格調高い作品になる…というのはやはり自己満足の世界かもしれません。

は結社ではないので、特にルビ俳句を禁じてはおらず作者の判断に委ねています。前述したようになかなか難しい問題だからです。

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