2021年9月の日記

2021年9月30日

Twitter連携

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の Twitterアカウント @gospelhaiku に日記や合評の記事を投稿できるようにしました。

今のところはどちらも自動ではなく半自動です。ご自分の Twitterアカウントをお持ちの方は、各記事の ボタンを押すことでリツイート(共有)することができます。

みなさんの合評への投稿が、ほぼ終わったころを見はらかってみのる解を書くようにしていますが、後付の鑑賞分を投稿してくださっても構いません。 談話室などに感想を寄せてくださるのも大歓迎です。

合評が賑やかになって参加者も楽しくなり、また記事を読んでくださる方にも元気を伝えることができれば嬉しいですね。

2021年9月29日

稲刈り帰省

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パンパグラス

緊急事態宣言も解除されるとのことなので、今週末に広島へ稲刈り応援で帰省することにしました。マイカーの方がリスクが低いと思いますので久しぶりの遠出です。コロナ禍でこの2年間ほとんど長距離運転もしなかったので安全のために今日マイカーを整備に出しました。

ディーラーの工場横の土手にみごとなパンパグラスを見つけたのでスマホで写真を撮りました。みなでよく吟行した西宮市北山緑化植物園のパンパグラスを思い出しました。

2021年9月28日

秀句鑑賞(合評)

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散歩公園の花壇で見つけた白い曼珠沙華

新メンバーのMさんから、合評参加への問い合わせがありました。本当に嬉しいです。

コロナ禍のことし1月からはじめた南上加代子さんの句集合評も9ヶ月を過ぎようとしています。残り3ヶ月ほどですが頑張ってご一緒に学びましょう。一日一句と真剣に向き合うことで焦点の曖昧だった鑑賞力がごく自然に確かなものへと育まれていくのです。

鑑賞力について説明するときよく英会話に例えられます。英会話では相手のトークを耳で聞いて直感的に理解する「聞きとり」が大事といわれます。聞き取り能力以上のトークはできないからです。俳句も同じです。鑑賞力以上の句を詠むことはできません。つまり鑑賞力を鍛えることが、作句力の向上に直結するのです。

特に上達は望まないし成績も気にしない。楽しく俳句ができればそれで十分

というご意見はよく聞きます。でも上達を目指すのは成績アップのためではないのです。

単に楽しいだけの俳句は、生活が一変して俳句どころではない…という状況になったとき、みなさん離れていかれます。そうではなくて、

悲しいときや辛いとき、俳句があったから慰められ励まされて耐えることができた。

という人生の座右の存在になることこそがが本物の俳句ライフだと思うのです。そしてこの本物を目指すために私達は日々向上を目指して切磋琢磨するのです。

ぜひ合評に参加して の活動を盛り上げてください。それが運営する私にとっても何にも代えがたい報いだからです。

2021年9月24日

静脈瘤術後

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過日、術後1ヶ月のエコー検査を受けました。

順調に回復しているとのことで安心しました。散歩のとき少し足が軽くなったように思います。血流がよくなったせいか下半身の冷えもかなり解消されている感じです。しっかりリハビリして吟行句会復活に備えます。

2021年9月22日

力石動画(YouTube)

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高島教授から、YouTube動画が添付されたメールが届きましたので貼っておきます。

今日とどいた最新メールによると「力石を詠む(十一)」の編集上、まだ少し余地があるそうで続いてご協力くださいとのことです。


まほろば2021年3月16日放送分

2021年9月20日

プログラミング

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コロナ呆け防止にと今日は久しぶりにプログラミングに取り組み、みのる選縦書き PDFファイルの過年度リンクが自動生成になっていなかったのを検討し始めました。

のホームページは、日記やみのる選の原稿書き以外は基本的に自動化されています。月次や年度が変わってもシステムが判別して新しいリストを自動作成し、リンクも自動的に貼り付けます。みのる選が遅れることはあっても、WEB句会の仕組みが止まることはありません。それでも、想定外のエラーが時々発生します。その原因を分析して克服していくこもまたプログラミングの楽しさです。

頭の体操、身体の体操などコロナ呆け対策は欠かさず続けていますが、俳句呆け対策だけは打つ手がなく困っています。一人吟行はつまらなくて続きません。一日も早く吟行句会が再会できる日が戻ってくることを待ち望むばかりです。

2021年9月18日

力石の俳句

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今朝、高島教授から再度ご依頼のメールが届きましたので、これまでにご協力いただいた下記作品を返信させていただきました。

「力石を詠む(十一)」への掲載は、9月末締切とのことですので検討中の方はお急ぎください。 できる限り良い作品をお届けしたいので、最低でも10句程度まとめてみのる宛に Feedbackしてくださると感謝です。

◆河野凡士
桐一葉落ちたるところ力石
(川西市勝福寺)
月光の一条力石を射す
(川西市春日神社)

◆西村宏虎
手を添へて秋声聞かむ力石
鈴虫の鈴振りやまぬ力石
新松子落ちて刎ねたる力石
(いずれも神戸市弓弦羽神社)

◆田村素秀
黄落のうち敷く杜に力石
力石なでて祈願す秋遍路
千木高く帰燕見送る力石
(いずれも徳島県金泉寺・弁慶の力石)

◆やまだみのる
赤とんぼ翅やすめゐる力石
(兵庫県西宮市越木岩神社)
力石めぐりす里は豊の秋
(奈良県香芝市杵築神社・狐井)
錦して神さぶ杜や力石
(奈良県香芝市十二社神社・別所)

2021年9月17日

俳句を愛するということ・・・夏井いつきさんのブログより

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テレビのバラエティー番組「プレバト」で有名になられた夏井いつきさんのブログに類句類想についての記事があり興味深く読ませていただきました。

俳句結社ではとかく議論沸騰したり罪悪視する傾向が強いですが、夏井いつきさんの主張にはわたしも大いに同意できます。

の理念にも通じるところがあると感じましたので一部を抜粋転載してみなさんにお伝えしようと思います。

俳句には「類想類句」という言葉があります。文字通り、同類の発想・同類の句という意味です。

似たような発想の元に、似たような句ができるのは、短詩系文学の宿命です。ましてや俳句はたった十七音。俳句を作るということは「類想類句」との闘いなのです。

しかし「類想類句」を恐れていては、俳句は作れません。日本中いや世界中で作られている俳句、詩歌すべてを網羅するデータベースを作ることは不可能。そんなことに奔走するのは、本末転倒。

"俳句を愛する私たちは、自分の心を表現したくて俳句を作る" ・・・あくまでもそれが第一義です。

「類想類句」は当然生まれます。 だから、俳句を愛する私たちは、他の人とは違った表現、多彩なオリジナリティと究極のリアリティを求めて研鑽し合うのです。

(中略)

俳句を愛する私たちは、お互いの作品を信頼することを土台としています。

誰かの作品が別の誰かの作品に酷似している。それを論って批判するのは、大人げの無い行為です。その先行句を元々知らないケースもあれば、全くの偶然ということもあるのですから、悪意を前提としての批判は無粋です。

そんな時は、ご本人にそっと知らせてあげればよいのです。どこそこに発表された○○さんの句にこんなのがありますよ、と。俳句の世界では、後に発表した作者がその作品を取り下げるのが暗黙のルール。作者の側は「先行句、知らせていただいてありがとう」と、知らせてくれた人にお礼を言う。それで何の問題もないのです。

時に反論する人もいます。 「意図的に盗作をする人を許し続けるのですか!?」

そのような人は、俳句を愛している人ではなく、誉められることを愛している人です。 そのような人たちは、いずれ俳句に捨てられます。 実に傷ましいことです。痛々しいことです。

  • 俳句を愛する私たちは、俳句に捨てられたくない。
  • だから、真摯に俳句と立ち向かう。
  • だから、真剣に俳句と遊ぶのです。

俳句を愛する私たちは、信頼のもとにつながっていなくてはいけません。 清らかな思いで、俳句のある人生を共に歩いてまいりましょう。

みなさんはお読みになってどのように感じられましたか?

わたしも結社時代に類句類想で口角泡を飛ばすシーンを嫌と言うほど見てきました。各人各様の主義主張があって当然です。でも、そんな口論が原因で俳句から離れたり友を失うということほど空しいことはありません。

キリスト教では、お祈りしたあとや他の人のお祈りを聞きながらよく「アーメン」といいます。アーメンというのは、「まことにその通り」「たしかにそのようでありますように」という意味のへブル語なのです。

わたしは、この記事を読んで、思わず「アーメン」と口からこぼれました。\(^o^)/

2021年9月3日

グレース

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グレースは、数年前に召されたのですが、家内の親友のお家で飼われていたラブラドールという犬種の大型犬です。

飼い主の方が年に何度か家を留守にされるときがあって、そのときには必ず我が家で預かっていました。ラブラドールは盲導犬としても有名で、おおよそ10歳になるまで働き、その後はリタイア犬として余生を過ごすそうです。

ラブラドールなどの大型犬は、長命であっても12年〜13年と言われているのですが、グレースは、飼い主の方にとても大事にされ晩年は足腰が弱って衰弱が目立ちましたが、犬用のグルコサミンなどを投与されて17歳まで生きました。

悪戯して狼藉を叱られると悲しい瞳となり打ちひしがれてひれ伏し、また褒められるとちぎれんばかりに尾を振って喜びすり寄ってくる。ときには容赦なく私の顔を舐めまくる。

ペットたちは、難しいことを考えて行動してはいないと思う。小動物や植物なども摂理のままに健気に生きている。その様子を見て私達は慰め励まされ、ときに教えられるのだと思う。人間で云えば幼子も然りと思う。故にペットたちにも大きな存在意義があり命の尊厳を持っているのではないだろうか。

テレビ番組「徹子の部屋」の9月1日放送 にファッションデザイナー森英恵さんの孫娘でタレントの森泉さんが出演しているのを見た。大の動物好きで、自宅にはカメ、アヒル、ブタなども含めて20匹を超えるペットがいるとのこと、中には救済した犬などもいるという。羨ましく素晴らしいと思った。

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