数年前の落穂句会吟行で市の池公園へ行ったときに、休憩所を兼ねた管理棟にアガパンサスの余り苗が破格で売られていました。アガパンは繁殖力が強いので増えすぎたのを間引いたものではないかと思います。
みのる庵の庭は余生を楽しみのために定年を機にリニューアルしたのですが、草花のたぐいは、手遊びで植えています。名草、醜草あわせて100種以上あると思います。
吟行で摘んできた野生のものも植えたりします。場所や土質が適合すれば元気に育ち、増えますが、そうでない場合はいつの間にか消えてしまいます。俳句を初めたころは、「これ何?」と家内に教えを乞うていたのですが、いまでは私が先生です(^o^)
雨上がりの日曜日の朝に撮影したものです。
やっぱり紫陽花は雨が似合います。わが家の紫陽花はなぜが青が多く、土質の関係なのだと思います。
6月8日に二回目のワクチン接種を終えました。接種日の夜から翌日は37度程度の熱が出て身体がだるく、軽い下痢症状もありました。3日目以降は普通に戻りましたが、なんとなく気だるい感じが週末までつづき、1週間立ってようやく回復したようです。ワクチン接種の副反応は個人差があるようです。
芭蕉の時代から、俳句は挨拶を第一にして作られる物でした。長文の慰めや励ましよりもたった十七文字の俳句のほうが遥かに心に響くという体験をされたことはないでしょうか。
揚句は、貞享5年岐阜の妙照寺の僧、己百(きはく)亭に逗留した芭蕉が、あまりに気持ちのいいもてなしに庭に生えているアカザが成長して杖に出来るくらいまで長く滞在したいものだと詠んだ挨拶句です。芭蕉を招いた庵主にとってどれほど嬉しかったでしょう。
また、須磨浦公園には、有名な子規虚子師弟句碑があります。
子規の句は、療養中の子規を見舞った虚子の東帰に際して弟子たちにと託された挨拶句、虚子の句は、子規50年忌に詠まれたもので天国の師への思いを詠んだ挨拶句である。
俳句を理解できない相手に挨拶句に贈っても何の価値もないが、俳人同士であれば以心伝心とてもこころあたたまるものとなる。暑中見舞いや寒中見舞いに存問の一句を添えるという風流を是非味わってほしいです。