2021年6月の日記

2021年6月2日

俳句は挨拶

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芭蕉の時代から、俳句は挨拶を第一にして作られる物でした。長文の慰めや励ましよりもたった十七文字の俳句のほうが遥かに心に響くという体験をされたことはないでしょうか。

やどりせむあかざの杖となる日まで 芭蕉

揚句は、貞享5年岐阜の妙照寺の僧、己百(きはく)亭に逗留した芭蕉が、あまりに気持ちのいいもてなしに庭に生えているアカザが成長して杖に出来るくらいまで長く滞在したいものだと詠んだ挨拶句です。芭蕉を招いた庵主にとってどれほど嬉しかったでしょう。

また、須磨浦公園には、有名な子規虚子師弟句碑があります。

ことづてよ須磨の浦わに晝寝すと 子規
月を思い人を思ひて須磨にあり  虚子

子規の句は、療養中の子規を見舞った虚子の東帰に際して弟子たちにと託された挨拶句、虚子の句は、子規50年忌に詠まれたもので天国の師への思いを詠んだ挨拶句である。

俳句を理解できない相手に挨拶句に贈っても何の価値もないが、俳人同士であれば以心伝心とてもこころあたたまるものとなる。暑中見舞いや寒中見舞いに存問の一句を添えるという風流を是非味わってほしいです。

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