今日の ZOOM句会はトラブル続きでご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。原因は、ほぼ確認できましたのでシステムを修正しました。来月の11月から本番の吟行句会形式で実施したいと思っていたのですが、もう少し安定して使いこなせるようになるまで試運転を続けます。
一番の課題は、無料の ZOOMを使用しているため、うっかりしていると制限の40分が過ぎて突然会議が途切れてしまいます。再入室すれば更に40分使えるので、再入室可能なように仕組みを変えました。基本的には一句評が全て終わった段階で一区切りし、二部で互選結果とみのる選を発表するという構想なのですが、今日は私の手順が悪く申し訳ありませんでした。
日曜日は主婦は参加しにくい…という声もあるようなので、日程的な面でも見直しが必要かも知れません。ZOOM句会を有用なツールとして活用していくためにもぜひ遠慮のない意見をお寄せ下さい。談話室のほうがメンバーで共有できる(私もそう思う…とかの発言がしやすい)のでいいと思いますが、Feedbackでも構いません。ぜひよろしくお願いします。
いろんなメンバーが何度も ZOOMミーティングルームにアクセスされた形跡はあるのですが、あらかじめお知らせいただけないとどうしてもタイミングがずれて、いつもすれ違いになっています。勇気をだしてぜひご希望の日時をお知らせ下さい。
稲刈りで帰省した家内の実家(広島)は、築60年超の古い木造です。昔の日本家屋は、エアコンなどもない時代なので夏涼しく過ごせるように深い庇になっていて、いまでも沢山の蟻地獄を見ることが出来ます。とても大きなのを見つけたので写真におさめようと蹲ると、気配を感じたのか突然砂を蹴散らしました。
カルデラのごとくに凹む蟻地獄 みのる
何度か再放送されているので見られた方もおられると思いますが、昨日 NHKの「BSプレミアム」で再放送されたのでもう一度見ました。見逃された方は、NHKオンデマンドやユーネクストで「見逃し番組」として配信されますので、いつでも見たい時に見ることができます。
ことば遊びに過ぎなかった俳諧を一流の文学に高めた芭蕉の存在の大きさを改めて感じ入りました。同時に、句集「正編・青畝風土記」に書かれた青畝先生の一文を思い出しました。
芭蕉のことばを借りて月日は旅人である。
六十何年の私の俳歴を顧みたときの実感もそうである。 あわただしいがまさにそうである。
人は生命をもっている。心−主観−を忘れるなよと浜人は叱った。 大成するには写生の修練が要ると、私の指針を修正させた壮年の虚子先生は、更にこわい人だった。 紙魚が匂う古本から猿蓑を漁った。芭蕉を知りたいためだが読めぬ字がゴロゴロしていた。 それよりも蕪村は分り易かった。絵を見るように具体的である。
作法は蕪村流に精神は芭蕉追及、写生を旨とする花鳥諷詠は虚子である。 そうと決めたのがわが生涯となった。
句集「正編・青畝風土記」”監修の辞に代えて”より引用
「作法は蕪村流に精神は芭蕉追及、写生を旨とする花鳥諷詠は虚子である」という一節に青畝先生の熱い思いを感じます。世俗なことば遊びに甘んじるのではなく、旅に出て(吟行)、心に感じてそれを写生する。この原点を決して忘れてはいけないと思います。