2020年8月の日記

2020年8月11日

Zoomミーティング


コロナ禍が長期化するようなので、GHでもZoomミーティングを使った活動を前向きに検討しようと思います。最終的には句会や勉強会を実施するのが目標ですが、まずは仕組みに馴れて実用できるかどうかを見極めることが大事かと思います。大阪グループ、枚方グループ、能勢グループといった小グループでの活用もできるので、勇気をだして導入してみて下さい。

パソコンでもスマホでもOKですが、人数が多い場合は、PCの方が良いです。まず下記のページを参考にZoomアプリをインストールして下さい。インストールできたら、みのる宛にメールして下さい。あらかじめ日時を決めてテストミーティングします。はじめは、みのると一対一でテストします。何人か成功したら次は複数メンバーで試運転します。

【Zoom】インストール方法

家内の所属している 友の会でも、コロナで集会が出来ないので Zoomを導入しています。高齢者が多いのですが、みなさんご家族の応援を得て楽しそうにZoomミーティングをしているようです。GHのメンバーはネットも使えるのでそれほどハードルは高くないと思います。ぜひ、ご協力下さい。Zoomを使ってどのように句会を実施するかについても、Zoom会議で相談できたらいいですね。

質問等はお気軽に何度でもどうぞ。

2020年8月9日

長崎原爆記念日


8月6日の夜に放送された、NHKスペシャル「証言と映像でつづる原爆投下・全記録」という番組を見ました。原爆投下に直接携わった米軍兵士の手記をはじめ様々な証言が映像とともに紹介されました。広島、長崎に続いて皇居を標的とした3発目も準備されていたという事実にも驚きました。

放送の中で、長崎の救護所で被爆者の治療にあたったという一人の医学生の手記が紹介されていて心打たれました。

長崎の爆心は浦上の天主堂のすぐ近くなので、私の行った救護所での被爆者のほとんどがクリスチャンだったのである。その方々が、起き上がれない人もみんなで助け合って、夕方になるとお祈りをされるのです。それを見たとき、初めは本当に腹がたちました。これほどむごいことを信者たちに与えることを許した神がどうしてお祈りの対象になるのかと思ったんです。

しかし後で考えてみると、あの人たちの祈りは、原子爆弾を作り、落とした人も含めて人間が犯した罪に対する謝罪の祈りじゃあないか、全てを失った人間の最後の最高の尊厳を見たのではないかと思うようになりました。

長崎被爆者の救護活動に奉仕した一医学生の手記

私もクリスチャンの端くれですが、もし同じような境遇に置かれたときに、当時の浦上の信徒たちのような行動が取れるかどうか自信がありません。人間としての尊厳と自身の信仰について改めて深く考えさせられる手記でした。

鳩涼し平和の鐘のひびく中 みのる

2020年8月7日

夙川提


週初めに夙川公民館へ行ってきました。残念ながら9月25日に予約していた部屋をキャンセルするためです。公民館への道途中に老舗の最中屋さんがあるのですが、コロナですっかり売上が落ちたとご主人が嘆いておられました。手続きを済ませたあと久しぶりに夙川提を散歩してみましたが、とても懐かしい気分でした。

提を散歩する人影はとても少なく、"なんで!" と叫びたくなるような衝動に襲われましたが、コロナの現実は受け止めるほかありません。老松の根方に蝉の穴を見つけました。蝉たちは大声で鳴いているのですが道行く人たちはみな寡黙、小さな子供たちでさえお母さんに急かされるように手を引かれて急ぎ足に歩いていました。一日も早く平安な夙川提が戻ってくるようにと祈りつつ帰路につきました。

コロナ禍のマスク外して避暑散歩 みのる

2020年8月6日

広島原爆忌


家内が被爆二世ということもあり、毎年この日の朝は平和式典の様子をテレビで見ながら8時15分には黙祷します。被爆者たちの悲痛な核廃絶の叫びも報われることは少なく、次第に風化しつつある世界の現実は哀しいことです。今年はコロナ禍という異例の状況下で参列者も少なく、より虚しさを覚えました。

被爆者であった家内の母も昨年91歳で亡くなりました。被爆体験のことはあまり話したがらなかった母ですが、晩年は生き残って平和な時代に過ごせた人生を感謝していました。

ヒロシマ忌鬼籍の母へ閼伽の水 みのる

2020年8月4日

ご存知ですか力石


力石研究の高島先生から下記のメールが届きました。「力石を詠む(十)」で丁度きりなのかと思っていたのですが、そうではなさそうで先生の熱意には頭が下がります。 先生のご厚意にお応えするためには、感謝の気持ちを述べることは当然ですが、一句でも多く力石の句を詠んでご協力することかと思います。コロナ禍との戦いもありますが、みなさまよろしくお願いいいたします。

現在、拙ブログ「ご存知ですか力石」にて寄せられた俳句や短歌を吟詠地写真とともに掲載させていただいています。 本日豊能町高山「高札場」を記載いたしましたが、並記の作品はすべてゴスペル俳句の皆様のものでした。

https://kawasaki0607.blog.fc2.com/

全国の力石と寄せられた作品を並記して紹介させていただいております。暇があれば覗いてみてください。皆様に連絡いただければ幸いです。現在「力石を詠む(十一)」に向かって動き出しました。大田様をはじめ御仲間の皆様から力石に関する俳句、短歌などを御提供いただけるようお願いいたします。 作品に吟詠地がございましたら並記していただけるようお願いいたします。掲載誌は謹呈させていただきます。

下記 URLには、これまでに寄せられた力石に関する作品も3000作以上、掲載しておりますので暇があれば覗いてみて下さい。
高島愼助<元四日市大学教授>
URL: http://www.za.ztv.ne.jp/takashim

2020年8月1日

千原叡子さんの逝去を悼む


虚子坐像涼し闘志は秘めしまま 千原叡子

たか子さんからの知らせで、先月7月11日に、千原叡子さん(享年91歳)が亡くなられたことを知った。虚子の「椿子物語」のモデルとして有名な方で、いろんな面で虚子先生との関わりの深い方だった。ご主人の千原草之先生には、小路紫峡師の親友であられたこともあって特別研修生として切磋琢磨していた頃からよく可愛がっていただいた。

毎月、初めの週の夜に、紫峡師の会社のオフィスに数名が集まり、かつらぎに発表される青畝師の作品の合評会がもたれた。まったくの無知であった私も紫峡師に促されるまま参加していたが、草之先生もそのメンバーの一人であった。 ご自宅が私の家と近かったことから合評会のあとはいつもマイカーに乗せていただいて送ってくださった。その道中、いろいろとお話をお聞きできるのが愉しみであった。そんな御縁から紫峡師や智寿子夫人から託されたものをご自宅へお届けすることも時々あり、そのときに叡子夫人がにこにこと歓迎してくださり、家宝である椿子にもお目通りさせてくださった。若かりし頃のなつかしい思い出である。

叡子さんはとても気配りの効くかたで、ひいらぎの事務方として奉仕していた頃、何かと貴重なアドバイスも頂戴した。虚子先生を厚く信頼され、その信念を堅く貫かれているかたであったと思う。ひいらぎを離脱して以降は、粗縁になっていたが、最近は体調を崩され句会指導のお仕事も辞退されてお嬢様と同居されていると聞いていた。心からご冥福をお祈りしたい。

椿子物語・高浜虚子

椿子のご縁涼しと悼みけり みのる

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