2014年6月

GHメンバーからのfeedbackを合評としてまとめたものです。

秀句研究(合評)

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目次

草引きし軍手の中の指きれい

波出石品女

懸命に庭の草引きをした。はいていた軍手の指先は土で汚れている。一区切りついたので一服しようと軍手を脱ぐとなかから出てきた指先は全く汚れておらず一瞬違和感を感じた。軍手の表面の汚れと綺麗なままの指との対比に心が動いたのである。汚れた軍手と綺麗な手とを並べ見て嬉しそうに笑っている幼子の顔が浮かぶような、そんな気分がある。つまり作者自身がそのような感覚を持っていないとこのような句は授からないのではないかと思うのである。

Feedback
  • 軍手は泥だらけだったけれど脱ぐと中の指は意外にきれいね、とその発見が一句になったのですね。子供心を持っていないとできない句ですが、そのような精神が欠けていると鑑賞もむつかしいです。憧れはあります。(よし女)
  • 草引きは主に関西で使われる言葉だそうです。草取りとは詠まれてないので同じことと思いつつ引いてみました。軍手が汚れているのでぬいだ時の驚きと感謝、指きれいで白い手と指が浮かびちょっとした艶っぽさも感じました。(ひかり)
  • 今は家庭菜園されてる方も完全武装で日焼け等感じられません。軍手をはずし白い手で冷たいお茶でも飲んで草引きの満足感を味わっておられるのです。(満天)
  • ここのところ私も日課のように軍手をはめて草引きをする。綺麗な指であっても一応石けんをつけて洗ってしまう。軍手を有りがたいと思う気持ちはあるが素直に喜んで一句に仕上げる感性に感心を致します。(あさこ)
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卓涼し献立表をとばしもし

波出石品女

献立表を職場の食堂のテーブルにおいてあるそれだとするとあまり涼しい雰囲気がない。飲食店などのテーブルの上に立ててあるメニューでもない。なぜなら「倒しもし」ではなく、「とばしもし」だからである。そこでコース料理などのお品書きで、その犯人は風ではないか考えてみた。となれば、屋外かもしくは半屋外という設定になる。推敲の段階で「風涼し」とするか「卓涼し」とするかで随分迷われたのではとも思う。「風涼し卓の献立表とばす」あたりが原句であったかも知れないが、「とばしもし」と表現することで風を省略した。さらに「とばしもし」の「も」は、涼しい要因がその他にもあるのだということを示唆しているように思う。一読、川床料理などのシーンを連想したが、「川床涼し」ではなく「卓涼し」なので、野外のカフェテラス、あるいは滴るような緑の景へ窓を全開した避暑ホテルの食卓というような設定である可能性のほうが高いかも知れない。

Feedback
  • 避暑ホテルの食卓という設定が私にはピッタリきます。涼風もご馳走ですよね・・・(よし女)
  • 品女さんのご家庭の食卓の景かと詠みました。栄養満点の色とりどりの献立を考えたが、最終的には美味しく冷たいお料理を二、三品、でも食卓は夏らしく涼やかでも豊かに整ったことでしょう。(かず)
  • 山荘で昼餉を頂いたとき全開の窓からの渓の風に同じような経験をしたことがあります。しかし句にはなりませんでした。 卓涼しとされたところが素晴らしいです。(ひかり)
  • 山のホテルに着き、まず温泉に入って部屋に用意された料理の前に窓を開け涼しい風を総身に・・・献立表が飛んでももう少し風の御馳走を〜 (満天)
  • 「とばしもし」の「も」で、卓の上に置かれた涼しげで美味しそうな料理、涼風やせせらぎの音まで聞こえてきそうです。 (さつき)
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寝すごして葱をきざめる慌てぶり

波出石品女

猛スピードで朝食の味噌汁用の小葱を小口切りしている様子が目に浮かぶ。不覚にも寝過ごしてしまったのだ。目覚まし時計までセットして万全に備えていたのにうっかり二度寝でもしたのであろうか。家庭の主婦なら誰でもこんな体験があると思う。それにしてもこんなときふつうなら目玉焼きとトースターとインスタント珈琲か牛乳で間に合わせてごめんなさいというパターンだと思うのに、作者は律儀に味噌汁とご飯にこだわって準備している。平成の主婦と昭和の主婦との違いかも知れない。

Feedback
  • このお句は春眠の雰囲気がありますね。ですが葱を刻むとの措辞で冬の句と捉えるべきなのでしょう。私は味噌汁の食材にするものはすぐ使えるように細かく刻んで冷凍します。なまけもの?(よし女)
  • 慌てぶり・・の措辞が全てを物語っていると思います。家族に謝りながらの支度、でもちゃんとネギを刻んでお味噌汁の準備ができました。いい奥さん、いいお母さんですね。(ひかり)
  • 一読朝の味噌汁だとわかる。形はどうでもいい兎に角早くと刻んでいる、その最中に自身の慌てぶりが句になったのだろう。臨場感があります。(うつぎ)
  • 嫁いで間もないお嫁さんを想像しました。朝食の準備もほぼできている所へ起きてきてしまった若嫁さん、慌ててしまって葱もうまく切れない。その姿が又初々しく可愛くて、にこにこ見ている姑さん。明るい家族の朝のキッチンを思いました。 (菜々)
  • 朝寝坊から覚めて慌てて葱をきざんでいる。いくつかの大事なものを抜いて省いてあるわけです。青畝先生の省略の妙を感じられる句だと思います。(あさこ)
  • 我が家も朝は必ず和食です。刻んだ葱はタッパーに入れて何時でも使えるようにしています。大事な薬味にと慌てて切り、不揃いになったり慌ただしい俎板の音まで聞こえてきます。 (満天)
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紐が切れ発止と落ちし簾かな

波出石品女

風を通し、日差しを遮るために、戸障子をはずしてこれを掛ける。日本古来の夏の風情である。永年使ってきたお気に入りの古簾だったがついに寿命が尽きたようだ。機嫌良く風をいなしているように見えていたのが、次の瞬間バサッと崩れ落ちたのである。どうやら紐が劣化していたのに気づかなかったようだ。「発止と」の措辞によって一瞬の出来事であることを連想したがその意味を辞書で調べると、「堅いものと堅いものとが打ち当たるさま」「矢が飛んできて突き当たるさま」とある。用法として必ずしも的確な形容ではないようにも思えるのに妙に納得できるところが不思議で、ある意味ことばは魔術でもあると納得した。

Feedback
  • 簾の上下の竹は物に当たると結構大きな音がします。発止の措辞で作者の驚きがよくよくわかります。横になっていたりしたら尚更ですね。(よし女)
  • 古簾の紐が弱ってきていたのには気づいていたが、そのうちにそのうちにと先延ばしにしていた。しかし今日の風で見事に落ちてしまった。簾の怒ったような音に少し申し訳ない気持ちをもたれたのではないかと思いました。(ひかり)
  • 何年も使った簾、これだけ痛んでいた紐では切れて落ちたのも道理と唖然としながらも諾っている作者を想像しました。 (うつぎ)
  • 発止という措辞が潔さを表していると思います。(ぽんこ)
  • 紐が切れ残ってぶらさがっているのではなく、発止と落ちてしまった簾に作者は潔さを感じられたのでしょう。"発止" が効いています。ひょとして人生のあり方を重ね合わしておられるのでしょうか。そんなことを考えました。(よし子)
  • 紐が切れるくらい古くなった簾は汚れて重いことでしょう発止で大きな音と作者の顔の表情まで見えてきます。(満天)
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暑さとは反対色を着て居りし

波出石品女

正直言ってぼくにはお手上げの句なのですがGH女性軍のみなさんは如何でしょう。色の分類で言えば「暑さ」に属するのはダーク系かと思う。その反対色ということは白とかそれに近い淡彩色を着ているということになる。でもそれでは常識的で面白くない。夏服の人波の中に喪服の一と屯を見つけて詠まれたのであろうか。そうだとしてもやや回りくどい写生のように思える。町ゆく人々はみな白一色、ちょっとあまのじゃくに反対色で目立つおしゃれをしてみたという遊び心なのだろうか・・・などなどあれこれと堂々巡りしてみるが鑑賞纏まらず降参です。

Feedback
  • 暑さは熱さにも通じると思う。夏の太陽を思わすようなエネルギッシュな色合いとは反対の地味な沈んだ色を着ていると言う。そういう気持ちにさせる何かがあったのでしょう。 (うつぎ)
  • 居りしの下五がきっちりしていますね。作者自身がまとっておられる喪服を連想しました。(よし女)
  • 暑さとは反対色というのは、うだるような暑さに心が沈んでいると心の内側をいっておられるのではないかと思う。それゆえ深い紺色か黒の静かな色を纏って自分を客観的にみておられるのではないでしょうか。(ひかり)
  • 寒色と暖色。色はともかくとして、朝出かけるため何気なく袖を通した洋服。それが涼しそうな色合いなのに気づき、意識しないままそれを選んでいた事が自分でもおかしかくもあり、納得でもあったのではないでしょうか?それほどに外は朝からぎらぎらの日射しだったのでしょう・・・事実だけでこんなに気持ちや情景が表現できるとは。(菜々)
  • 原色の色は総体に暑苦しくシックな色合いは涼しさを感じる気がします。この句のなかの色は淡い感じの色のように感じました。(ぽんこ)
  • 暑さとは反対色。この句を読んだ人は、どんな色だろう? と、いろいろ想像してしまいます。白なのか黒っぽいのか。それは読者にまかせるといふ詠み方が心にくいばかりです。なんでもない事をさらりと詠まれて、しかも??と考えてしまう。うまい詠み方だと感心致しました。(よし子)
  • 着る物は人によってずいぶん好みが違いますが、暑さとは反対色であれば涼しさの感じられる水色あたり? 黒であればうす物のシースルーあたりかなと・・・。(満天) 
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暑に耐えてかなしみに耐えがたきかな

波出石品女

耐えがたいほどのかなしみといえば、親しい友人か家族との死別ではないかと思う。逆縁となればなおさらである。季語が動くかどうかを論じたくなる作品かも知れないが、ぼくは、このかなしみが猛暑によって引き起こされた突然の出来事ではないかと考えるのである。昨今の異常気象は、寒さより暑さが原因で亡くなる老人が多いと聞く。予告された寿命であればある程度の心の準備が出来るものだが、突然の別れは誠に耐えがたいものである。品女さんのナース時代の体験句かも知れない。患者や家族に感情移入していたのでは仕事にならないと割り切る人も多いと聞くが、品女さんはそれが出来ないお人柄である。

Feedback
  • 暑には耐えられてもこのかなしみは耐えがたし。しかしながら耐えねばならぬ・・・自分自身に言って聞かせておられるのでしょうか。人生にはこのような時って必ず訪れますよね。(よし女)
  • この悲しみに比べれば暑に耐えるなど何でもないこと。それだけ深い悲しみである。と言われているように思います。 (うつぎ)
  • 耐え難きかなしみとは大事な人とのこの世の別れしかないですね。悲しみはいづれ少しづつ癒されていきますが、寂しさはいつまでも募ります。この世の惜別は悲しいですが天国でも再会を信じたいです。(ひかり)
  • 知恩院のお坊様は、何れ貴方も同じ仏様の胸に入るのだから急ぐ事はないと言われました。同じ様に死を迎えるのです。それまで良く気遣いしてくれた事を思い感謝しつつ耐えねばなりません。残された者の宿命でしょう。(あさこ)
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洗ひ髪顔をはなれて吹かれけり

波出石品女

ヘアードライヤーの風ではなくある程度タオルで水気をとったあと縁側に坐して涼しい自然の風にふかれながら髪の渇くのを待っている一女性の姿を連想した。まだ顔のあたりにへばりついていた数本のほつれ毛が風に吹かれて顔を離れた瞬間の感覚を詠んだ。男には分からない女性独特の繊細な感性なのだと思う。パーマを掛けたショートヘアーではなくてナチュラルなロングヘアーを想像する。

Feedback
  • 慌ただしくドライヤーで髪を乾かす日常生活から離れた旅の宿のひとときを想像しました。顔から髪が離れていくと自分の体の一瞬の心地良さを捉えられたところが凄いなあと思いました。(さつき)
  • 洗い髪が自然に吹かれるまでに乾くには時間がかかるし顔をはなれての措辞から単純にドライヤーか扇風機で乾かしている情景と解釈しました。乾くほどにさらさらと軽くなり洗髪後の心地よさが吹かれけりでよく出ている。 (うつぎ)
  • 浮世絵展を見たばかりなので一重の和服を着流した女性が浮かびます。洗い髪が顔を離れての細やかな観察がさすがですね。(よし女)
  • これから暑くなると髪の長い人は洗うのが結構大変です。年をとると面倒なことを避けるようになるのでどんどん髪が短く なっていきます。洗い髪を風になびかせる気持ちよさ、見ている人も素敵な黒髪につい見惚れてしまいます。浴衣を着て川堤でも散歩しておられる姿を連想しました。(ひかり)
  • どんなことでも句にしてしまう品女さんの感性のすばらしさには敬服、見習いたいものです。洗髪と乾かしを終えた女性が髪を風に委ねて解放感を味わっているのだと思います。(ぽんこ)
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西瓜提げきてにこにこと玄関に

波出石品女

来客を告げるチャイムが鳴ったので急いで玄関へ出てみると、お裾分けにと自家製の西瓜を提げて持ってきてくれたご近所の好々翁の顔が・・・。日々の畑仕事で真っ黒に日焼けした顔からは白い歯がこぼれて何とも言えない親近感がただよう。その優しい心遣いに感謝があふれるのである。もしみのる選だったら見落としていたのではと思うくらい平明に詠まれている。品女さんの句は、省略と平明の大切さを私達に教えてくれる。

Feedback
  • どらえもん漫画の一コマになりそうな楽しいお句ですね。子や孫に食べさせたい一心で西瓜を作る夫の様子を、子や孫の家で見ている気分になりました。 (よし女)
  • 父のことを思い出しました。にこにこと玄関に、まさにそのとおりでした。本当に西瓜の季語はうごかないですね。うつぎさんに同感です。(ひかり)
  • 平明に徹したような句ですがこの西瓜は効いています。他のどんな野菜や果物をもってきても「にこにこと」には西瓜ほど適いません。渡す方も頂く方も読む方もにこにこです。 (うつぎ)
  • 「子供にも分かるような句」とはこんな句でしょうか。ま〜るい西瓜と笑顔の取り合わせに私も思わず微笑みました。朝の玄関でのひとこまに日頃のお付き合いと爽やかなお二人のお人柄まで感じられます。(菜々)
  • わたしらはなかなか句が出来なくて困っているのに、にこにこと客が現れただけで一句にしてしまわれる品女さんの感性に敬服いたします。 きっと良く出来たあまい西瓜だったことでしょう。(あさこ)
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叩かれて落第したる西瓜かな

波出石品女

西瓜は昔から手のひらでパンパンと叩いて、その音で見極めると言われてきました。よく完熟した西瓜は叩くとボンボン(BonBon)と澄んだ音で響き、未熟だとポンポン(PonPon)と高い音がするとのことですが、実際は慣れた人にしか聞き分けできないそうです。とにかくこの西瓜はまだ未熟だということではじかれました。落第したる・・の措辞がうまいです。落第も季語ではと詮索するのは愚かで、季感を伴わない用法の場合は、季語にはなりません。

Feedback
  • 審査は簡単、叩いて決める。一番良いものが合格、落第しても次の人に合格をもらえば買ってもらえる。おかしみもあり、救いもあり、厳しさもあり、これもまた人生...と西瓜の身になって思う。(なつき)
  • 「私は落第なの?」と叩かれたスイカの声が聞こえそうです。 夏休みには子供たち家族が帰ってくるから西瓜冷やしておかなくてはと、老夫婦がどれにしようかと選別中のようすかと思います。冷たい井戸水で冷やされた西瓜をみんなで食べる味は格別です。(ひかり)
  • 「叩かれて」と「落第」の言葉の取り合わせがただただ可笑しいです。何度も思い出しては一人笑っています。 (さつき)
  • まだ熟していないか棚落ちか、落第と言われればこの西瓜の臍をまげているような表情が見えてきます。擬人化した落第に大いに笑わせてもらいました。 (うつぎ)
  • 我が家では毎年自家用の大玉と小玉の西瓜を植えて、主人が親指と中指で弾いて熟れ方を聞き分けます。私は「これはまだ?あれはダメ?」と言うばかり。一番の悩みは鴉と狸。叩かなくても完熟度をよく知っています。掲句は出荷前の生産地でしょうか。初出荷の頃は棚落ちなどの落第や落ちこぼれがあるでしょう。落第の措辞が光りますね。 (よし女)
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白靴のよろこぶやうな若さ欲し

波出石品女

お祝いの席に出席するために身支度を調え、白靴を履いて玄関先の姿見で確認しているときに感じた印象を一句に仕立てた。気持ちだけは誰にも負けないくらい若いつもりなのだけれど、容姿はいつまでも変わらずに居続けることは難しく、思わずため息が出るのである。この度の宴席のためにわざわざ新調したピカピカの白靴のようにも感じる。

Feedback
  • 白いスニーカーをはいて吟行にでも行かれるのでしょうか。おろしたての靴に若い頃を思い出されて今の自分と比べられたのかもしれません。白靴のよろこぶような若さ、私も欲しいです。(ひかり)
  • 靴屋で靴を選んでいる場面を想像しました。無難な色で履きやすい靴を選んでしまうけれど、あの棚にあるおしゃれな白い靴が喜ぶような「若さ」をふと羨んでいる作者を思い浮かべました。 (さつき)
  • 白靴は履くほうが嬉しく浮き浮きした気分になるのですが、白靴がよろこぶと逆に持って行ったところが斬新でこの句の手柄だと思います。私もこの句がわかる年齢になって来ました。 (うつぎ)
  • この一句大いに共感します。私はハイヒールはもとより白靴も履かなくなって久しいです。けれども靴にはこだわりがあり、とにもかくにも軽くて歩きやすく転ばないようにがモットー。白靴が喜んでくれるようなとの言い回しが面白いですね。(よし女)
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泳ぎ子の走り抜けたる忌垣かな

波出石品女

忌垣は、「いがき」とよむ。神社など神聖とされる場所の周りにめぐらせた垣のことで、むやみに乗り越えて中に侵入してはならないとされる。揚句の舞台は、海水浴場ではなく、海神を祀る小さな漁村の浜にある産土神社かと思う。地の子供達は自宅で水着に着替えてそのまま浜へ出て遊び、帰るときもまた濡れたままの姿で走って帰るのであろう。忌垣の中を通ってはいけないことは家族から聞いて知っているのであるが、ここを通り抜けるのが近道なのである。吟行中にめざとくこの情景を見逃さなかった作者の手柄である。

feedback
  • 忌垣を通り抜けるのを大人にみつかるとまた叱られるぞと飛ぶように走り抜けた子どもたちの一瞬の躍動感が目に浮かびます。何度叱られても海へと逸る気持ちを抑えることはできません。(さつき)
  • いけないこととはわかっていても近道の誘惑には勝てず、「走り抜けたる」の措辞にうしろめたい気持ちがでていると思います。友達と誘い合って逸る心は海辺か川遊びにとんでいます。夏休みの一コマに出会われ、ふと作者も子供の頃を思い出されたのでしょう。(ひかり) 
  • 今から浜遊びに行く漁村の童たち。その機嫌よさと勢いが「走り抜けたる」で現わされています。逸る心は忌垣もなんのそので、神もお許しになることでしょう。作者の驚きと共に健康的な子供たちを諾う眼差しを感じます。 (よし女)
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学僧と噂の女との端居

波出石品女

学僧には学問にすぐれた僧、あるいは修学中の僧という意味があるらしい。修行中の僧が人目につくところで女性と居ることはないと思うので、ぼくは前者と見て鑑賞してみた。英雄色を好む・・ということばがあるが、この学僧のところへ足しげく訪ねてくるというかねてからの噂の女性なのである。聞くところによるとあまり評判のよくない女だとか。お堂の広縁に坐し庭を眺めながら女は懸命に何かを訴え、学僧は黙してそれを聴いている。少なからず学僧を尊敬している作者はその顛末が気になってしかたがない。悪い噂が現実にならなければいいがと念じながら、心配そうな視線で遠見している作者が居るのである。

feedback
  • 端居の季語がじつによく合っている。噂の女という歌謡曲の題名のような言葉が耳に残る不思議な感覚の俳句だと思う。(なつき)
  • 映画のワンシーンのようですね。不倫の恋の行方は如何あいなったのでしょうか。(ぽんこ)
  • 噂の女といわれるととても魅力的な雰囲気が伝わります。目を引くような艶やかな女性と若き学僧を感じました。その取り合わせが読み手にいろいろなことを連想させます。端居の季語がドラマのワンシーンを演出しています。(ひかり)
  • 噂はあくまで噂であって本当は心根の純粋な女性であり、何か事情を抱えているのかもしれない。そんな女性の話を静かに聞いている学僧との端居の風景はひとつの短編小説にもなりそうです。(さつき)
  • とかく噂のある女性と学僧と、「端居」の季語によって男女間に漂う切なさとか今現在の清々しさ、それを見ている作者の眼差しにも優しさを感じます。 (よし女)
  • 戒律を守り清浄な日々を過されている学僧ととかくの噂の女、対照的な二人の端居に滑稽を感じます。(うつぎ)
  • ひたむきに修行している学僧と艶っぽい女に静かな時が流れる。巷では何かとうわさの多い女には心安らぐひと時であろう。どこかなつかしい「端居」という言葉。うわさの女にも学僧のように純粋な時があったであろうと作者は見ていたのでは・・・ (菜々)
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若竹の若さと我れの若さかな

波出石品女

若竹(今年竹)には勢いと瑞々しさがあるので、よく比喩として使われる。その若竹の若さと自分の若さを比べているのだが、決してうらやましく思って自身の加齢を落胆しているのではない。若竹の勢いに勝つことは叶わないけれど、日々精進して若々しい感性を保ちつつなお成長しつづけたいものだと願っているのである。若いという字をリフレインすることでリズム感を生むとともにその思いを強調している。

feedback
  • 若竹の青々として一目でわかる若さ、でも心の若さでは負けていませんよと品女さんの若竹に触発された気持ちがよく出ています。(ひかり)
  • 若竹の若さに自分を重ね自己の感性の成長を願っている作者。自身の句作活動も心身ともに充実しているのでしょう。(よし女)
  • 若竹の若さ、我の若さと対句で単純化され、力強い句になっている。すっくと伸びた若竹の勢いに、私も負けてはいられない、まだまだこれからだと背筋を伸ばし颯爽している作者を感じます。(うつぎ)
  • 日々いちじるしく成長する幼子の若さと私たちの若さとも言えるのではないでしょうか。私たちも日々精進して若々しい気持ち保って過ごしたいものです。(ぽん子)
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冷奴こんなによろこばれしとは

波出石品女

予告なしに家人が部下を連れて帰宅した。外では話できないプライベートな打合せでもあるのだろう。急いでお酒の用意をしなければならないのだが、あいにく酒の肴になるような材料の買い置きもなく買いに行っている時間も無い。苦肉の策で家人の晩酌用に買ってあった冷蔵庫のお豆腐で何とか繕った。ところが「なんと言ってもこの時期はこれが一番ご馳走ですよね。最高ですよ奥さん。」と大喜びされて、申し訳ないやらうれしいやら・・・といった心境である。

feedback
  • GHの吟旅で東吉野へいったとき宿のお豆腐の美味しかったことを思い出しました。暑い時期はシンプルな味のものがことのほか喜ばれます。さっとタイミングよく出されたので客の反応の大きさに品女さん自身も驚かれたのでしょう。(ひかり)
  • 薬味を添えて出しただけの冷奴に大層喜んでくれた。そのことに喜んでいる句である。きっと気どらない作者のお人柄や持て成しの心に喜ばれたのではと想像が広がります。(うつぎ)
  • 何も考えずに読んで一瞬字足らずかと思いました。よくよく辿ると句またがりで575に納まっているのですね。お客が喜んでくれて、 自身が慌てたけれど、ほっとしている気持ちをよくあらわしているようです。(よし女)
  • 冷奴は角こそ大事とか。ありあわせとはいえ、四角にきれいに切られたお豆腐は涼しげでお客も思わずにっこり。これぞ「おもてなし」でしょか?(菜々)
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ステンレス流しに映る顔涼し

波出石品女

ピカピカに磨き上げられたステンレス流しに映っている自分の顔が涼しく見えたというのである。水に濡れて作業中のステンレス流しでは鏡にはならないので、恐らく手入れのために懸命に磨き上げた直後、流しに自分の顔が鮮明に写っているのを確認して、そのできばえに大いに満足し思わず笑みがこぼれた瞬間であろう。日常の何でもないことをユニークな作品に仕上げてしまう品女調を非凡なテクニックだと決めつけて欲しくない。そうではなくて作者の感性がいつも幼子のように素直で研ぎ澄まされているからである。品女さんの俳句をもの真似するのではなく、視点や感じかたを学んで欲しいと願う。

feedback
  • 最新のシステムキッチンのご覧になってのことと思います。鏡面磨きのステンレスで冷房の効いた展示場でのことだと思います。何もかもがピカピカの涼しさだったのでしょう。(ひかり)
  • 住宅メーカー展示場のシステムキッチンと見ました。新品ゆえステンレスの流しに、細部は省略した自分の顔が映り涼しく感じたという連想も出来るように思います。(よし女)
  • 流しをピカピカに磨いて爽やかな気分になっている作者が「映る顔涼し」でよく出ている。読み手も気持良くなりますね。(うつぎ)
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暑に耐へてをる病人の瞳かな

波出石品女

作者がナースであるという先入観なしで鑑賞したいので、詠まれている対象はお見舞いにいった病人の入院患者か待合室で診察の順を待っている通院患者、あるいは長患いで自宅に臥せっている人かも知れない。最近の病院は冷房完備であるがこの時代はまだ不十分であったので闘病苦と暑さの両方に耐えるのは大変だった。口に出して愚痴をこぼしているのではなく虚ろな瞳が訴えているのである。詠まれている対象は本人ではないが、病人に同情している作者の優しい心情が見えてくる。俳句に於いては三人称をモデルに詠む場合でも作者の存在がわかる詠み方をしたい。

feedback
  • 瞳に着目されたのはやはりお仕事柄でしょうか。目は口ほどにものを言うの通り口にはだせなくてもこの暑さ、病人ならばなおのこと。早く涼しくなってほしい、つらいでしょうが頑張ってね。作者の優しい思いが伝わってきます。(ひかり)
  • 病人にとって夏は熱でもあろうものならほんとに大変です。瞳がすべてを語っている。涼しい風でも吹いて欲しい、早く良くなって欲しい作者の祈るような気持が感じられます。 (うつぎ)
  • 健康な者でも耐え難い夏の暑さに、身近な病人が必死に耐えている。しかし、その瞳からは悲壮な感じは受けず、戦っている病人から逆に耐えることを教えられているだと思いました。(さつき)
  • 焦点を瞳に絞ってあるのがこの句の優れたところですね。病人や看取り人の心の動きが連想でき、暑に耐えることでその心境を強調しているようです。(よし女)
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ひつぱつてひつぱつて水着ぬがせけり

波出石品女

母親が懸命に幼子の水着をぬがせている。もともと水着は身体にフィットさせるために伸縮性ある生地で作られているのであるが水に濡れると更に収縮して身体にひっつくので、脱がすとなるとなかなが容易ではないのである。自宅の庭でビニール製の小さいプールに水を入れて子供を遊ばせている平和な家族を連想した。水着ぬぎにけり・・・ではなく、ぬがせけり・・・なのでそのように鑑賞した。

feedback
  • 何でもない日常の些細なことを句にしておられるのを学びたいと思いました。(あさこ)
  • 子供たちが騒いでプール遊びを楽しんだあと、さぁもうお終いお昼寝させなくては・・と着替えを手伝う母親。水着は濡れると ひっぱってひっぱっての表現通りとても脱がせにくい。でも子供も母親も楽しそうな夏の一日です。(ひかり)
  • ひっぱってのリフレインが、なかなか脱がせられない気持ちを表し効果的です。笑い声も聞こえてくるような・・・ (よし女)
  • なんでもない情景ですが「ひつぱつてひつぱつて」という措辞が効き斬新的な句になっています。(ぽんこ)
  • ひっぱってのリフレインによってしかも仮名で書かれていることでちょっと手こずっている様子や子供への愛情が窺え愉しく鑑賞しました。字余りも効果的ですね。(うつぎ)
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垂らす足闇に突込む端居かな

波出石品女

夕飯の準備も整ったので家人が帰宅するまでちょっと一休みと縁側にでてみるとあたりはもうすっかり夕帷に包まれている。しばらく腰を掛けて足をぶらぶら遊ばせ時折通ってくる涼風に癒やされながら無為の時間を愉しんでいるのである。今日一日のあれこれを思い出して反省したり、あるいは句の想を練ってあれこれと瞑想に更けっているのかもしれない。さて、そろそろ家族が仕事から戻ってくるころ、主婦業に戻らねば・・・

feedback
  • わたしの両親の実家は共に農家でした。夏に行くと夕食後縁側で夕涼み。都会ほど明るくないので周りはすべて闇、まさにこの状態です。闇に突っ込む・・で暗さが強調されて田を渡る風、蛙の鳴き声も聞こえて来るようです。(ひかり)
  • 子どもの頃、縁側に座って足元を覗くとあまりに高く暗くてドキドキしたことを思い出しました。 (さつき)
  • 端居してどうこうではなく「垂らす足闇に突込む」と端居の姿勢だけが述べられていることにに惹かれる。はっきりと情景が浮かび、クーラーも無かった昔の田舎の夕べを思い出させてくれる句である。 (うつぎ)
  • 久々の里帰り、母親と(父親)との端居で時々団扇が動きます。昔のこと、今の暮らし、未来像など会話が弾みます。外に漏れる部屋の灯りが庭をほのと照らすのですが垂らす足許は真っ暗。「垂らす足闇に突っ込む」の措辞にどきんとしました。(よし女)
  • 昔は暑さよけの為日が暮れると縁先や竹椅子に座り夕涼みをしたものです。そして日がどっつり暮れると足元は闇に包まれてしまいます。 (ぽんこ)
  • 足を闇に突っ込む、この表現はそのままではあるのですがなかなか思いつかない言葉で適切だと思います。季語の端居が又良く効いていますね。(あさこ)
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紹介をいきなりされし汗を拭く

波出石品女

紹介したいひとがいるからと呼び出された。待ち合わせの場所に着くやいなやすぐさま紹介されたので、緊張のあまりドッと汗が噴き出したのである。お見合いと言うほどではないけれどそんな雰囲気も匂う。月下氷人なる人からあらかじめ話は聞いていたかも知れないが、世間話をするでもなくいきなりの直球紹介であったので心の準備が追いつかず動揺したのかも知れない。想像していた年格好のイメージよりも若々しいイケメンであったことも考えられる。

feedback
  • いきなり紹介されて汗をかくのは仕事関係ではなく素敵な異性だと思いました。どうして事前にひとこといっておいてくれなかったのかちょっと恨めしい気もありますし、もう少しおしゃれしてくるのだったにとの後悔もあります。(ひかり)
  • 「いきなり」という措辞が狼狽の様子をよく表しています。 (ぽんこ)
  • 日常の会話なら「いきなり紹介されて汗をかいたわ」になるのでしょうが先に「紹介」と上五に据えて結句に「汗を拭く」ときちんと俳句に収められているのが素晴らしいと思いました。(よし女)
  • 女性に紹介された場面が浮かぶ。汗をかいているのは小太りの生真面目な男性。ポケットからハンカチを出してひたいの汗を拭っているのだろうか。拭うものを持っていて慣れた動きのようだから、汗を拭くような場面が多い人なのだろう。几帳面で真面目な性格なのだと思う。女性なら突然紹介されてドギマギした時は、汗が出るよりもじもじと手先が動いたり赤くなったり、だろうか。イヤイヤ今時の若い女性は赤くなる場面もとんと見かけない。(みちほ)
  • 爽やかな好青年を想像します。いきなり紹介されてドギマギしている様子が「汗を拭く」の一言に目に見えるようです。「されて」でなく「されし」に、ほほえましく見ている作者の温かい目を感じます。(菜々)
  • 仕事関係の事務的な紹介ではなく人物としての紹介をされたのだろう。ちょっとしたお見合いだったかも知れない。お相手は一目で予想以上の人だ。私は大丈夫かしらと紹介された途端の汗と想像しました。一瞬の心の機微を「いきなり」と「汗」でよく現わされていると感心しました。(うつぎ)
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噴水の女神に向きて煙草吸ふ

波出石品女

社会的に禁煙、分煙が厳しくいわれるようになり、愛煙家はパブリックなスペースでゆっくりと喫煙することが至難な時代となった。揚句の主人公もそうした迫害からエスケープして公園の噴水広場で心置きない寸暇を惜しんでいるのであろう。同僚や知人と目が合うことを避けて噴水の中央の女神像に向いて立っているひとりの営業マンの姿を連想した。満足に喫煙も出来ずストレスが溜まるうえにうだるような暑さとも戦わなければならない。流れる汗を拭きながら、ささやかな安息を得るのである。あたりに背を向けたこの姿勢が一番リラックスできるのであろう。

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  • タバコを吸う人にとっては、肩身の狭い世の中になりました。喫煙はリラックスするための貴重なひととき、青空の下噴水を前にしてさぞおいしいことでしょう。喫煙者の背中は邪魔をしないでくれといっています。(ひかり)
  • 女神を真正面から崇められるこの公園の特等席の背もたれに腕を乗せ、ひとときの安らぎを求めているサラリーマンの姿が想像され、作者の夫への思いと重ねあわせたねぎらいの気持ちが感じられます。 (さつき)
  • 愛煙家にとって女神のお許しを得て心おきなく喫煙できる場所なのでしょう。束の間の安らぎを得た喜びが想像できます。(よし女)
  • 噴水、女神、向きて、煙草、取り合わせがいいですね。想像が膨らみます。(みちほ)
  • 昨今の世は何処に行っても愛煙家は肩身が狭い。噴水広場を憩いタイムの場としている人であろう。像である女神に「向きて」がユーモラスである。この句には語られていないが人間の非難がましい目が裏に隠されている。(うつぎ)
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サンダルの指うごきゐる女かな

波出石品女

サンダルはメッシュ靴、白靴とともに夏靴の季語とされている。婦人用に素足にはくスマートなものが多く大抵は指先が見えているのである。最近は極彩のマニキュアなどでおしゃれをした女性もよく見かける。揚句はその指先だけに焦点を絞った。どんな場所でどんな状況下でどんなスタイルなのか等々の情報はすべて省略されていて鑑賞する側の連想に委ねているのである。指が動いているのは無意識なのか、あるいは他人の視線を感じて動いたのか・・・といろいろ想像はしてみるが女性心理を分析するのは難しく、男性としてはこのあたりまでの鑑賞が限界。

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  • 電車に向かい合って座っている女の人それも若い人かしら。サンダルの先に出ている指がうごいていてなんか落ち着かない様子だけど、どうしたんだろうと訝っている作者。思わぬところに人の心がでるものなんですね。(ひかり)
  • 電車で座っている若い娘さんだと思う。サンダルだと足先まで見えつい見とれていると指が動いている。音楽のリズムに合わせているようだ。若い人はいいなあと思っている作者。 省略が極められているがゆえに色々と連想がひろがっていく楽しい句だ。(うつぎ)
  • 通勤帰りの電車の中で目の端に動くものがある。見るともなしに見るとサンダルから見える指が動いている。視線を上げると軽快な涼しそうな服が見えた。通勤着はきっちりとして少し暑い。自分もあんな風に軽々と夏を過ごしたいもんだと思う。そういえばあの夏服を出しておこう。 と、サンダルの指の動きを見た時から思いは変化して次々と動いて行く。これはぼんやり過ごす私の場合。 作者は意識が動いていくことに気づいていてそのきっかけの瞬間を捉えた。(みちほ)
  • サンダルは靴と同じサイズだとゆるんでくるので足をサンダルにあわせようと指が動くのか、それともイヤホーンで聞いている音楽のリズムに合わせて指が動いているのか、後者のほうが楽しいですね。綺麗なマニキュアーがしてある美しい足指を想像しました。(よし女)
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気を反らすことも看護や金魚玉

波出石品女 

句集では「看護」に ”みとり” とルビがふってあった。「看取」ではないので十分に回復が見込める病人なのであるが、闘病生活が長引くと気が重く悪い方向ばかり想像して塞ぎがちになる。金魚玉涼しそうだね・・と視点や話題を変えて少しでも気分が明るくなるようにと気配りしているのである。品女さんの職業がナースであったことを知っている人には、幼い子供の入院患者に優しく声を掛けている彼女の姿が連想できる。病院ではなく自宅で療養している病人だと鑑賞しても家族の思いやりが伝わってくるのである。

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  • 病人の看護には気を反らすことはとても大事です。お部屋の眼の届くところにゆらゆら尾を翻して泳ぐ紅い金魚がいれば 気持ちも紛れます。みんなの気持ちがわかるのは、やはりお仕事がらでしょうね。看護をみとりとルビをふられたことにも配慮が感じられます。(ひかり)
  • じっと病臥しているとついつい思考が堂々巡りし気分は落ちて来る。上手に話題を変えて気分を紛らわせてもらう。ポジティブな気分になると回復も早そうだ。それも看護なのです、と言っている。金魚玉は明るく透き通った感じでとても合う季語です。(みちほ)
  • 季語の「金魚玉」がつかず離れずのいい感じでよく効いている。病人への細やかな気遣い、ふっとふられた目線の先に涼しげな金魚玉。病人は一時でも苦しみから開放されたに違いない。(うつぎ)
  • 長い闘病生活のふさぐ気持ちを少しでも紛れるようにとのやさしい気持ちが金魚玉に表れています。 (ぽんこ)
  • まさにこの通りですよね。金魚玉の季語がよく効いていると思いました。(よし女)
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おくれ来て今からつぽの避暑の宿

波出石品女

親しい仲間との吟旅を楽しみにしていたが突然の急用で出発時間に間に合わなかった。やむを得ず遅れてしまったので取り急ぎ宿へ直行したのであるが、句仇たちは既に吟行に出てしまったようで、案内された部屋はもぬけの殻。何とか不参加という最悪の事態は回避できたという安堵感とちょっと出遅れてしまったという悔しさが入り交じっている。当時の作者はばりばりのナースであったので急患があったのかもしれない。吟旅と決めつける必要は無く、単なる親しい仲間との避暑の旅と解してもいいが、俳人として鑑賞するならば吟旅としたほうが実感がある。

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  • 申し訳ないと思いつつ精一杯急いできたのに、あららみんなは何処へいったのかしら。どっと疲れが・・・でもまあいいか皆が帰ってくるまで一休みして鋭気を養おうと思っておられるのではないでしょうか。避暑の宿なので私なら皆を待ちつつしばし横になります。品女さんはどうされたのかしら・・・。(ひかり)
  • 間に合うかと急いで追い掛けて来たが宿はすでに空っぽ、夏のことだから皆じっとしてはいない。でも来られたことだけで有り難い。中七の「今」が作者の感情を語っている。(うつぎ)
  • 漸く着いた避暑の宿。ほっとした気持ちと拍子抜けした気分が入り混じっており、早く仲間に会いたい心も伺ます。「今空っぽ」の措辞が良いですね。(よし女)
  • 「今からつぽ」の表現に安堵感と無念さが出ています。「今」の使い方が効いています。(みちほ)
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白靴の夕闇蹴ってもどりけり

波出石品女

この作品、一人称の句として鑑賞するか、あるいは三人称の句(お嬢さんがモデル?)として解するかで若干状況が変わってくるが、いずれにしても今日の外出はとても愉しい一日が過ごせて意気揚々というかルンルン気分で帰宅したことが想像される。もし三人称であるとすれば、「白靴の娘夕闇蹴ってもどりけり」になるわけだが、作者は字余りを嫌ってあえて一人称に詠まれたのではと思う。

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  • 何度も読み返してみました。夕闇蹴って・・・は、やはり楽しいことかそれとも嬉しいこと。娘の足音をさとく聞き分けられる母親でしょうね。この後どんな報告が告げられたのでしょうか。朗報に会話の弾む楽しい団らんをむかえられたと想像します。(ひかり) 
  • 一家の主婦は帰宅する家族の足音でその日の出来事を推察するのでしょう。「あの娘、きょうは白い靴を履いて出ていったけれど良いことがあったのね」と微笑んでいる作者が見えるようです。三人称の句だと感じました。(さつき)
  • 最初この句を読んだとき「蹴って」の措辞で何か腹立たしいことか残念なことに遭遇しての感懐なのかと思いました。みのるさんの解説とは逆でした。句そのものは一人称と解釈しました。(よし女)
  • 白靴、夕闇蹴ってだけで今日の愉しかったことを存分に語っている。コツコツとヒールを鳴らし余韻に浸りながら帰って来たのだ。 一人称の句として鑑賞しました。(うつぎ)
  • 白靴と夕闇の取り合わせがとてもいいと思います。夕闇蹴っての措辞に元気さと楽しい心境を感じました。(みちほ)
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髪洗ひつつ泣き伏してしまひけり

波出石品女

髪を洗うのは四季を通じてだが、夏は汗で汚れやすく度々洗うので夏の季語となっている。男女とも洗うが女性の場合の方が情緒がある。髪を洗っていると今日一日の出来事が走馬燈のように思い出される。悔しい思いなのか悲しい思いなのか、あるいは失恋であったかもしれない。人前では涙を見せまいと気丈にふるまって耐えてきたものが一気に噴き出したのである。

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  • 品女さんの職業がナースだったことで、受け持ちの患者さんが亡くなられた日の出来事ではないかと想像しました。気丈に一日の仕事を終えたあと、一人っきりになれた浴室で患者さんを思い出し、泣き伏すほど泣いてまた前を向いて明日の仕事に向かわれたのでしょう。人の生死にかかわる仕事の厳しさと温かさを感じました。 (さつき)
  • 泣きたくても泣けない時、洗髪という無防備になる一瞬の隙間に感情が溢れ出る。「泣き伏して」しまうほどの感情をその時まで堪えていたのでしょうか。泣けてよかったと思いました。(みちほ)
  • 涙も嗚咽も髪を洗うシャワーの勢いで誰に憚ることもない。思わず悲しみの涙が噴き出てきたのだろう。でも「髪洗う」の季語から泣くだけ泣いた後はスッキリして毅然とした作者に戻ったことは想像に難くない。(うつぎ)
  • 髪を洗っている時顔に流れるお湯が涙を誘ったのですね。泣き伏しての措辞に死に直面した深刻な悲しみを想像しました。女性ならではの佳句だと心を打たれました。(よし女)
  • 悲しいこと辛いことが洗髪の時に蘇えったのでしよう。でもその涙はお湯やシャンプで洗い流され人目につかないことです。(P)
  • 女性なら一度はこういう経験をしたことがあるのではないでしょうか。泣き伏してしまひけりと自分でも驚くほどの感情の高ぶりを上手く表しておられ胸にひびきます。(ひかり)
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意地でのむビールの彼を知りにけり

波出石品女

いつになく悪酔いしてまるで人が変わったかのように愚痴りながらビールをあおっている彼がいる。きっと人には言えない出来事があったのだろう。仕事の人間関係かそれとも女性に裏切られたのかもしれない。でもこんなに動揺した彼の姿をみるのは始めで全く意外だ。なんでもない句だと思うかもしれないが、彼と・・ではく、彼を・・であることに注目して欲しい。「意地でのむビールの彼と知りにけり」の場合は、そういう癖があることをあらかじめ知っていて今日もまたそうなんだという説明句になる。彼を・・によって、初めて遭遇したという驚きになるのである。一文字の違いの重みをこの作品から学びたい。

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  • 仕事仲間の彼が飲むすがたに只ならぬものを感じて驚いている。きっと仕事の上で悔しい思いをされたのでしょうか。普段は人当たりのいい人なのに声をかけるのも憚られそうで、悪酔いしなければいいがと心配されているのが伝わります。(ひかり)
  • 「意地で飲む」ってどういう場面なのでしょう。飲みたくないのに気持ちを忘れたくて飲んでいるのでしょうか。「意地でのむビールの彼」という表現が面白いと思います。 「彼を」と「彼と」の違い。一文字の大切さがわかります。(みちほ)
  • 彼は普段はお酒をのまない人なのだろう。今日は意地になってビールをのんでいる。こんな彼を見るのは初めてだ。ここまでしか語られていない。一体何があったのだろう、作者とはどういう関係なのだろう、と読者は映画の一シーンに誘われるような句である。(うつぎ)
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梅雨菌大団結をもくろめり

阿波野青畝

林中のあらぬへに梅雨菌の集団が出現しているのを発見した。大中小と様々であるが小さいのもみるみるうちに成長するに違いない。増殖するような梅雨菌の勢いを見て「大団結をもくろめり」と擬人的に詠んだあたりがことばの魔術師と言われる所以であろう。「梅雨菌仲よう傘をならべけり」「梅雨菌雨落ちざるに笠をさす」などの作品とともに卒寿翁にして幼子のような感性におどろかされる。

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  • 梅雨菌は水分を含み大小固まって生えている姿は可愛いものであるが人に踏まれたり蹴飛ばされたりするのが常で手に取ることはあまりない。そんな小さなものなのに「大団結をもくろむ」と擬人化した比喩で大きく出たところが滑稽でとても楽しい。
  • 初見では梅雨菌をそのままカビのようなものをイメージしてしまいました。ツユキノコと読むことを知り、カビとキノコでは大違いと笑ってしまいました。「大団結をもくろめり」という表現で梅雨の鬱陶しさがユーモラスな感覚に変わります。
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一隅を照らす願ひの安居かな

阿波野青畝

四方に篝火を焚いて能を演じる薪能は5月頃に奈良の興福寺南大門前や春日大社社殿前で行われるものが有名であるが、元来修二会行事から派生したとされるところから春の季語となっている。篝火が躍るたびに演じている人の影法師もわななくように揺れるのである。「こぞる」の措辞が非凡であるが大勢の人がからむ演目であることが想像できる。

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  • 一隅を照らすを調べて最澄の言葉の中にあるというのを知り安居の修行の大事さが伝わります。修行に立ち会えたことに または参加されたことへの充実感が感じられます。(ひかり)
  • 安居という言葉を始めて知りました。「一隅を照らす」そうなりたいものです。その願いを持って日々暮らします。(みちほ)
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影法師わななきこぞる薪能

阿波野青畝

四方に篝火を焚いて能を演じる薪能は5月頃に奈良の興福寺南大門前や春日大社社殿前で行われるものが有名であるが、元来修二会行事から派生したとされるところから春の季語となっている。篝火が躍るたびに演じている人の影法師もわななくように揺れるのである。「こぞる」の措辞が非凡であるが大勢の人がからむ演目であることが想像できる。

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  • 実像ではなく影法師を詠んだことで読者は情景の想像をより膨らませる。影がわななく様に揺らめいている演者はあの世の亡霊、「こぞる」は一斉の地謡が入った場面にも思いました。
  • 夜闇の中でかがり火の中での能。涼しい風が吹き炎がゆれ、日常とは切り離された世界が想像されます。周りに大勢の観客がいてもすっかり幽玄の世界に引き込まれてしまう舞台のようです。
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梅雨の人パチンコ盤の裏に居る

阿波野青畝

懐かしい昭和の風景ですね。現代のパチンコ盤は全て自動化されていますが昭和のそれは盤の裏に人が居てパチンコ玉の補充をしたり、トラブルが生じたときの対応などをしていました。雨の日や梅雨の時期には湿気で玉の動きがスムーズでないためパチンコ盤も機嫌が悪く裏で対応する人も汗だくだったでしょうね。梅雨の季感が動くのでは?という詮索はして欲しくない。狭苦しい場所で走り回る人は梅雨の時期が一番辛いのではと同情の気持ちもある。

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  • 梅雨の鬱陶しさの気晴らしにパチンコに出かけたのでしょうか。 作者はパチンコ盤の向うがわ人の気配を感じ、狭い場所で汗だくになって働く人に気づきました。自分の悦を支えるために人が働いていることに感謝しているように思えます。
  • 音と湿りの狭い空間が持ち場とあればかなり過酷です。客が遊んでいるのに裏側は必死、時々頭が見えることもあったようです。じめじめした時期は特に大変だと思い遣っている作者が見えます。
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