みのるの日記

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2015年12月28日

作風について


俳句の楽しみ方は人によって違います。

ぼくはどちらでも良いと思います。大切なのは "斯くあるべき" という自分の流儀を人に押し付けないことです。

句の好み(作風)もまた人それぞれです。

  1. 平明でよく写生の効いた句が好きな人(感動のない写生は報告・説明)
  2. ウイットで滑稽味のある句が好きな人(センスが悪いと月並且つ陳腐)
  3. 格調が高く難解な傾向の句が好きな人(自己満足の傾向に陥りやすい)
  4. 心象的な描写や叙情的な句が好きな人(虚構に流れやすいので要注意)
  5. 無季俳句や自由律などの句が好きな人(ゴスペル俳句で学ぶのは無理)
  6. 岡目八目で社会風刺的な句が好きな人(川柳に転向されたほうがよい)

あなたの作風はどれに該当しますか?

誰が誰の句を選んでいるかという互選結果に注意しているとその作者の作風や好みが見えてきます。本来なら幅広く選べるほうがいいのですが、どうしても自分好みの作品を選ぶ傾向が強く出るからです。そうした興味で互選結果を分析するのも楽しい勉強になりますよ(^o^)

作風というのは言い換えればその作者の個性です。個性というのは作者として大事な要素なのでそれがより良い方向に育まれていくように導くのが良い指導者だと言えます。

優れた作者が必ずしも良い指導者であるかと言えばそうではないケースが多いです。それは作者の個性を見出すことができないで、知らず知らずのうちに指導者自身の個性を押し付ける傾向が強くなるからです。

"GHはどうなの?" と問われると自信ありません(^o^)

2015年12月27日

第九は季語になりうるか



大合唱は13分20秒くらいからです。

第九歌う、第九聞くは日本ではすっかり年末の風物詩になりましたね。でもこの時期に第九を歌うというのはクリスマスのような世界的な習慣ではなく日本だけの文化みたいです。

僕の持っている歳時記や季寄せには季語としての第九は載っていないのですが、講談社の『新日本大歳時記』には新季語として登録されているそうです。新しさを求めるという意味ではこうした季題に挑戦してみるのもいいと思います。

単純に「第九」と詠むよりは、歌う、聞くという言葉と併用するほうが無難だと思います。一句の雰囲気の中に歌う、聞くというニュアンスが感じられれば第九だけでもいいでしょうね。

第九歌ふむかし音楽喫茶あり 大石悦子

今年も残すところ四日となりましたね。

年末年始には伝統的な季語が豊富にあるのでたくさん詠んで新しい句を見せてください。

2015年12月24日

「賢者の贈りもの」


今日はクリスマスイブですね。枕元に靴下を吊るして寝たのは何歳ごろまでだったでしょうか。

街ではこの時とばかりにクリスマス商戦が繰り広げられ、歓楽街はおろかお寺の幼稚園でもクリスマス会がもたれるほど混沌とした時代になりました。本当のクリスマスの意味をどれだけの人が理解しているのだろう…と思うとちょっと寂しくなります。

救い主イエス・キリストの誕生をお祝いする日だということは誰でも知っていますが、何のために生まれてくださったのかを知ろうとする人は少ないようで残念です。

ぼくは牧師でも伝道師でもないのでキリスト教論を説くつもりはありません。信仰云々以前の問題として、青畝先生が教えて下さった愛の心、つまり人や自然を愛すること・互いに思いやる優しさ等々、私たちは俳句との関わりを通して本物の愛を学びたいですね。

重箱の隅をつつくように小さなミスをあげつらってもなんの益があるでしょうか。苦しさの故にでた嘘だとわかればにっこり笑って騙されてあげる…そのような包容力が良き人間関係の財産を築く秘訣だとぼくは思います。「それって嘘でしょ!」と切り返すよりもどれだけ相手の心に沁みるでしょうか。

ところでこの時期を迎えるとぼくはいつもO・ヘンリー「賢者の贈りもの」を読み返します。冒頭に動画と語りを貼り付けましたが、僕自身は文字で読むのが好きです。 プログラマーでクリスチャンの結城浩さんが翻訳されたページも紹介しておきましょう。

時計台聖夜の針を重ねけり みのる

2015年12月20日

クリスマス礼拝


求道中だった兄弟が洗礼を受けられた。色々とお話もお聞きし共に祈ったこともあったので今日の受洗は自分のことのように嬉しい。

五年前、せいじさんが奥様と一緒に初めてGHの句会に出席された。信仰に目が開きかけていたせいじさんの背中をぼくに押してほしい…というのが奥様の祈りであったようですが、そうするまでもなくその年の秋には受洗されたことを思い出しました。せいじさん、個人的なことを公開してごめんなさい。

僕と家内が受洗したのも三十数年前のクリスマスでした。そのときのぼくは自分なりに考え自分で決断して受洗したように錯覚していました。そうではなくてそれ迄に多くの方の祈りが背後でつまれていたのだということを認識したのはかなり時間がたってからでした。

「あなたがわたしをえらんだのではない。わたしがあなたを選んだのだ」(ヨハネ福音書).

GHメンバーも高齢化や家族事情など様々な戦いを避けられない状況が増えてきました。信仰云々は別として愛する仲間のために祈ること、互いに祈り祈られていることで慰めと勇気を得る…少なくともゴスペル俳句に集う私たちはそういう仲間でありたいですね。

古暦苦難の日々も語り草 うつぎ

2015年12月18日

お祈りを感謝します


ご心配いただいた家内の膝痛がようやく回復に向かい始めました。

階段はまだ無理なのですが平坦なところは杖を頼りに少しは歩けるまでに回復しました。 今日は午前中は家庭集会に出席して午後からは、しあわせの村の温泉プールへリハビリの水中歩行に行って来ました。 しあわせの村にはプールに隣って素敵な温泉もありリハビリにはもってこいです(^o^)

まだまだおぼつかない歩行ですがここまでに回復できたのも皆様のお祈りのおかげだと心から感謝しています。 完治するまでにはもう少し時間がかかると思いますが続いてのご加祷よろしくお願いいたします。

あひたがひ杖となりもす湯治旅 みのる

2015年12月17日

自然諷詠(青畝俳話)


俳句サイトを運営していると、時として自分勝手な不満や敵対的な批判を訴えられることがあります。 そんな時ぼくは、平常心をたもつために座右の書である青畝先生の『俳句のこころ』を読み返します。今日は、その冒頭に書かれている俳話の一部をご紹介しましょう。

よい俳句を作るには、まずものを見なくてはならない。深く見ること、じゅうぶん心にひびくところまで見ることでなくてはならない。それには愛の気持ちが肝心で、ものをなつかしんで見ようと思わねばなにもならないのである。自然と言おうか、周囲と言おうか、私らがものを見る時の対象を、何度でも繰り返して深く見ているうちには、向こうから私らになついてくる感じがする。私らは向こうから愛を呼びかけてくるのを大変幸せに思う。いつのまにか相抱擁していると言っても少しもさしつかえない恍惚境が与えられるのである。自然を軽蔑しそうな人はほんとうに判ってくれないかもしれぬ。また、実際に自然を余り高く買うことを嫌がる人の多いことは私も知っている。これはつまり食わずぎらいというものだと思う。一度謙虚な気持ちになってみて、自然から美を捜してみようとしたらどうか。一旦自然の美を感得したら、そのあとはお互いに交流しうる道が開けるかと思う。

愛の気持ちの通わない自然の見方は、実に冷酷な人間である。そういう人間に詩性は求められない。

愛は芸術の華である。俳句では愛を自然にふり向けることである。どこまでも自然と共にあることである。自然を離したら、よい俳句はありえない道理になる。

自然から離れるという訳でもないが、ちょっと角度を反らして他面に愛を向けようとする。そうするうちに、他面に向けることを主眼視する傾向に歩んでゆくことがある。たとえば人間の欲望に主なる興味を寄せるとする。そして人間性ということが面白くなって、追っかけてゆくならば、俳句はある限度まで膨張するが、ついに破錠の悲運を見るということになるだろうと思う。

私は常に俳句には限界があるということを言いたい。ある程度拡張してゆくことも結構だと思うのであるが、やはり俳句は自然を中心に守りぬかねばいけないのである。

自然諷詠こそが俳句の生命線であるという青畝師の熱い思いがひしと伝わってくるお話ですね。表現力の巧拙というような小手先なことではなく、愛の気持ちを通わせて自然と係ること、つまり自然から習うという謙虚な姿勢を養うことが大切なんだということです。

実はこの俳話は、平明な自然写生の俳句を凡作だとした桑原武夫氏の第二芸術論に触れて書かれた一文です。反論というよりは本物の俳句の醍醐味を掬し得ない軽薄な批判に屈してはいけないという決意が現れています。

句の解釈というものほどわれわれにおいて厄介なものはない。句作と同じように解釈においても凡人の一知半解では甚だ困るのである。誰にでも解釈して欲しいのだけれども、そうは問屋が卸してくれないので、もどかしく思うのみで致し方がない。その道に長けた人があり、その人がよく解釈してくれていることによって、句の生命は伝統されつつあるし、私らも一応それで安んじる気持ちがあるのであった。自然をいつくしみ、こよなきものとまで自然に情愛をふりそそぐならば、自然を諷詠するところの句を解釈するのは決して厄介だとは思えないのである。唯自然を軽蔑しそうな人が解釈すると、秀句でもなんでも駄目にされてしまう。俳句に興味の持てない人の批判は狂人に刃物を渡すのと同類である。

難しい議論ではあるけれども、伝統を育み継承していくという使命のためには様々な戦いがあったのだという史実を私たちは知らねばならないと思います。他者を批判することは容易いことですが、その道を信じて推進していくためには、謙虚さと忍耐と努力とが必要だという事でしょうね。

萩焚いて先師の心たづねけり みのる

2015年12月16日

近詠



宇治放生院の山門

最近詠んだ作品をまとめて近詠にアップしました。

今年もスワン吟行では色々と新鮮な吟行地を案内していただいて感謝でした。お世話いただいた皆さんに心から感謝します。特に宇治吟行で虚子ゆかりの琴坂を訪ねられたのが印象深かったです。

山門の挿頭となりて薄紅葉 みのる

2015年12月15日

収め句会



慶沢園の池(四阿の窓を額縁に)

今日はGH定例の収め句会で天王寺公園の中にある慶沢園を吟行しました。

最近は諸事情で参加者が減少気味ですが今日は14名の元気なお顔が揃い感謝でした。今年一年間吟行世話人として労してくださった、ひかりさんが風邪をこじらせてお休みだったのがお気の毒で心残りでした。一日も早く癒されて元気なられることをお祈りします。

GHの皆様、ひかりさん、忘年句会の会場をお世話して下さったぽんこさん、本当にありがとうございました。GHが10年以上もの長い期間、和気藹々癒しの座として機能してこれたのは、この交わりを宝物として互いに思いやりの精神で育んで来られたからです。そのような皆さんの愛に支えられて僕は本当に幸せ者だと思います。

高齢化や家庭のご事情等で今までのように全員が揃って吟行するということも難しくなって来ました。でもそうした苦境のときにこそ俳句の交わりを支えにして乗り越えて行こうではありませんか。私たちはそのために俳句をしているのですから...

『継続は力』 新しい年もまた素敵な出会いを期待しつつ互いに切磋琢磨して宝を積みましょう。

眼福や池の錦繍パノラマに みのる

2015年12月14日

日記更新


昨日の日曜日は久しぶりに家内も一緒に礼拝に出席することができて感謝でした。一昨日より昨日、昨日より今日、という感じで日増しに回復しています。

先週の金曜日は診察を受けたあと三宮にある福祉スポーツセンターの屋内ブールへ行き、水中歩行のトレーニングもしました。障害者のことも考慮された構造なので階段とかもなく良かったです。

GHの皆様にもお見舞いや励ましのメールを頂いて心から感謝します。皆様のお祈りに随分支えられました。

明日はいよいよ収め句会ですね。家内はいま元気に感謝のクリスマスクッキーを焼いてくれています。

2015年12月10日

家内の膝痛



枯蟷螂の障子影

ご心配頂いた家内の膝はようやく峠を超えて回復の兆しが見えてきました。日記を更新するのも久しぶりです。

今朝はお天気もよく障子越しに明るい日差しが届いて、枯れ木となった庭の枝影を映しています。埃まみれだった机辺の掃除をしながらふと気づくと桟のあたりに異な影が…

厳しい寒さが続いていたのにまだ生きながらえていたのですね。生命の尊厳を感じます。

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