直感俳句

やまだみのる

作句の壺シリーズ

ぼくは句を作るときほとんど直感でパッと作ります。

ですから添削をお手伝いするときもほとんど瞬時の直感です。これは先生からそういう風に訓練されたからです。

ものを見たとたんに直ちにパッと作るという意味ではありません。心が動かされるまでには30分も1時間もかかることは常で、とにかく同じ場所で頑張ります。しかし、一句が成るときは直感だと言うことです。

添削の時に「具体的に表現する」と説明しているのは、正確に言うと「具体的に直感する」ということです。「美しい」「素晴らしい」「嬉しい」「哀しい」という形容詞はまず使いません。こういう形容詞を使っても鑑賞する側には具体的に伝わらないので、「あー、そうですか」と言うしかないですし、十七字しか許されないのにこのような言葉を使うのは無駄です。このような言葉を使わないで、「美しい」「嬉しい」・・・ということを感じさせるように具体的に写生する訓練をするのです。

幼い子供たちがどんなふうに感動するか観察してみて下さい。大人なら「わーきれい」というところを、幼子たちは、「○○みたいだね!」と言うはずです。全く波の立たない静かな海を見て「何と静かな海だ!」と感じるのでは平凡です。子供たちならきっと、「鏡みたいだね!」と言うでしょう。

また例えば、「見上げる」とか「見下ろす」と言わなくても「空の・・・」「大地の・・」という表現をすればより具体的に伝わるでしょう。推敲の段階で直すことも出来るわけですが、作るときに具体的に直感する訓練をすることが最も大切です。

添削ではその点のヒントを学び取って頂きたいのです。具体的に直感するには、何度も説明していますが、

ということです。「どうしても自分には出来ない。なぜ?」とおっしゃる方を、何人も知っていますが、佳い句を作ろうと構えた段階ですでに右脳(感性)をシャットアウトしてしまうことに気づいてないのです。

作句法についてあれこれ悩んだり、迷ったりすることはかえって上達の妨げです。なぜならそれらは理屈に依らなければ解決しないからです。

理屈の句は決して人の心を打ちません。本来、直感には、悩みや迷いの介在する余地はないはずです。左脳(知識)を駆使し、ひねりにひねって作る俳句もジャンルとしては存在します。しかし、ぼくはその分野に全く興味はありません。

ゴスペル俳句は知識や理屈ではありません。俳句は作るものでも、ひねるものでもありません。

本当に人の心にひびく作品は、自然から(神さまから)授かるものだと、ぼくは信じています。

(2000年07月14日)

 
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