兼題句の作り方

やまだみのる

兼題句は頭の体操

句会と言えば、「当季雑詠」というのが一般的です。

当季雑詠というのは、今の季節の事象であれば何を詠んでもよい、 つまり自由題ということです。

一方、企画句会のように、あらかじめ詠む季題やテーマが決めてある場合は、 兼題といって、句会に先立って発表された季語やテーマを詠み込んで句を作ります。

先の七夕句会のように「恋の句」というように、課題が決められる場合もあります。 これは、どちらかと言えば余興のようなもので、正式な句会ではあまり行われません。 どちらにしても、こうした兼題句、課題句を作るのは、初心者にはやや難しいです。 連句にも共通した要素ですが、即興性とか機知とか、そういったセンスも要求されます。 この主旨の句会は作者の個性が表れやすいので、とても面白く、ストレス解消にもなります。

兼題句を詠む心がけ

兼題句や連句はどうしても頭で考えて作るので、写生を基本とする俳句の学びにマイナスだという説があります。 ある意味では的を得た意見ですが、 でも、写生の基本をしっかり身につけたひとは、兼題句でも立派な作品を作ります。 どうしたら、、何を心がけたら、、兼題を克服できるのでしょうか。

前置きのほうが長くなりましたが、 兼題句、課題句、自由連句などの作品を作るときの秘訣というか、ヒントについて 少し書いてみましょう。

頭で考えて、知識や常識に支配されて句を作っても価値がないと言うことは何度も書いてきました。 初心者はすぐに騙されてしまいますが、 少し経験を積んでくれば、考えて作ったものと、そうでない作品とはすぐに見分けがつきます。 では、上手な人はどんな方法で兼題句を作るのでしょう。

それは、過去の吟行体験、経験など、あまたの記憶を呼び起こしながら、吟行とおなじ頭に切り換えて 想をめぐらします。丁度、記憶の一杯つまった池から目的のものをつり上げる、、、といった感じでしょうか。 記憶の池は淀んでいて良くは見えません。でも雑念を払って集中していると見えないものが見えて来るんです。 この精神集中の方法は、吟行で句を作るときも同じです。

兼題句を上手に詠むには吟行術のマスターが必須

一に吟行、二にも吟行、、、というのは、とにかくこうした心のコントロール術を身につけるために、 繰り返し訓練することが大切だということなのです。 こうした心のコントロールが、自在に出来るようになると、俳句を作ることが苦痛ではなくなり、喜びに変えられます。 この本物の喜びは、「ことば遊び」の俳句では決して得られません。

「恋の句」を作るために、「恋」を体験する、、というのは是非があるでしょうが、 兼題が決まれば、その季語を研究するために吟行にいく、、というのは正しい姿勢です。 たとい句が出来なくても、吟行で見たり、出会った情景はかならず記憶に残ります。

阿波野青畝先生は、90歳を越えられてからは健康のこともあって、あまり吟行には出かけられませんでしたが、 かえって、素晴らしい作品をどんどん発表されて、俳諧を驚かせられました。 そのことを、先生にお聞きしたら、「昔の記憶を呼び起こして作るんだ・・」と、おっしゃったそうです。

ことば巧みに虚構の句をつくったり、見もしないことを想像して句を作ることは、決してしてはいけません。 勿論、そうした俳句や作り方を好む世界もなくはないし、その存在を否定するつもりもありませんが、 少なくとも、ゴスペル俳句の世界とは別の世界です。

(2002年7月13日)

 
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