2003年2月

青畝俳句研究(合評)

01 葉牡丹を植ゑてポーチを図案化す

 はぼたんをうえてポーチをずあんかす

廣美子:たくさんの葉牡丹を植える時、よく図案化してあります。その情景でしょうか?  先日、近くの緑化センターに行った時、玄関前が丁度、見事な紅白の葉牡丹で埋め尽くされていました。もっと、小規模でもつい図案化したくなるのが、葉牡丹のような気がする私です。

よし女:言われてみると、なるほどと思うのですが、「図案化す」が言えそうで言えない言葉です。わずかな葉牡丹でも、何気なく図案化しているのですが・・・

とろうち:ポーチというのは化粧ポーチのようなものしか知らず、辞書で調べてみました。なるほど、なんの変哲もないポーチも葉牡丹で美しい幾何学模様になりました。「図案化」という言葉もなかなか使えない言葉ですよね。

みのる:とろうちさんの「化粧ポーチ」に思わずにっこりしてしまいました。

 ポーチ【porch】
 洋風建築で、玄関の屋外部にあって、上部が屋根でおおわれている吹抜(フキヌキ)の部分。
 和風建築では玄関の車寄せの部分がこれに相当。

洋風、和風を問わず葉牡丹を模様に寄せ植えているのはよく目にします。「図案化」という俳句らしくないことばを思い切って使って成功しています。まさしくことばの魔術師と呼ばれる所縁ですね。

02 一族は丹波の杜氏厄落とし

 いちぞくはたんばのとうじやくおとし

よし女:酒造りの技術に優れていた丹波杜氏。昔は一団体で各地の造り酒屋に出向いて、寒い時期に半年くらい寝泊りして酒造りに励んだようです。その中に厄年の人がいて、神社で厄払いをしたのでしょう。みんなでお参りしたのかもしれません。季語が「厄落とし」なのがいいです。今は杜氏も少なくなって、一族とは言えないようですね。

一尾:丹波杜氏は日本三大杜氏(南部、越後、丹波)の一つ。リーダーである杜氏の見事な統率ぶりが神前にぬかずく集団の行動に現れる。親子、親類縁者など身内で固めた杜氏集団の長は同時に一族の長であり、その威厳をも持ち合わせている。さすが丹波杜氏の名に恥じぬ一族であると感じ入られた一句と鑑賞しました。

みのる:厄年は男、25歳、42歳、61歳。女の19歳、33歳、37歳などである。特に男の42歳、女の33歳は大厄とされています。揚句の情景では、一目でそれとわかるいでたちの一族なんでしょうね。長老級なら61歳、中堅の働き盛りなら42歳、若い独身の杜氏もいたかもしれません。そのように連想すると、一族と言う抽象的な対象が具体的に見えてきます。そして、杜氏たちの生活や為人(ひととなり)にも思いをめぐらすことが出来ます。なんでもない情景を平明に詠んでいますが、訓練された写生術によって斯く具体的に、そして実に俳諧的な味わいを醸し出していることを学びましょう。

03 鬼は外主なかなか帰宅せず

 おにはそとあるじなかなかきたくせず

初凪:お父さんが帰ったら豆を撒いてもらいましょう、と思っているのに、なかなか帰らないのですね。昔から一家の主が鬼を払うもの、と決まっておりますが、この頃奥様と子供達が仕方なく撒く、ということも多いかも知れませんね。子供達は豆まきを楽しみにしているのだから、どうしましょう・・・と奥様は思案しているのかも知れません。豆まきや、などとせず、「鬼は外」としたのはユーモアも感じられ楽しい御句です。

とろうち:ああ、この句を読んで笑っちゃいました。まさに今日の我が家そのもの!結局おじいさんが孫と一緒に撒きました。帰ってきた旦那はちいさくなるばかり。"鬼は外! あんたも外!!"  なんて言われなくて良かったね。

千衣:この句もそうでしたが、とろうちさんのコメントも楽しく、笑っちゃいましたよ

みのる:これって、厳密には「無季」ですよね。でも、豆撒の句だと理解されれば無季ではないのです。季語の有無ではなくて、季感の有無だと言う意味がこの句を観賞すればよくわかると思います。みなさんの観賞のとおり、豆撒を主宰するべき一家の主がなかなか帰宅しないんですね。 この主は「仕事の鬼」なのかもしれませんが、お付き合いとはいえ、ほろ酔いの赤面で帰宅したりでもすれば、とろうち解ではありませんが、「鬼は外!」と言われるかも。

04 一燭のわなわなゆらぐ雛の恋

 いっしょくのわなわなゆらぐひなのこひ

よし女:いくらお好きなお方同士でも、お雛様はただ並ぶだけ。寄り添えぬ雛の恋をわなわなゆらぐで表現されて、哀しく、切なく、ロマンがありますね。若々しい心に圧倒されます。

とろうち:よし女さんのコメントを読んで、なるほどそういうことかと思いました。でもこの句も互選では取れないですね。分からない。雛の恋ってなんだろう。

みのる:確かに難しい句ですね。人形のお雛様の世界をメルヘンチックに連想しておられるのです。内裏雛はもちろん、官女、五人囃子、矢大臣、仕丁などもいますから雛の世界にも恋が生まれるかも知れません。もともと雛祭りは女子の節句。女子の誕生や将来を祝う意味もあり、昔は雛は嫁入り道具の一つとされたこともあります。今は電灯なので風情はなくなりましたが、昔は蝋燭の火を点したのですね。ゆらゆらと燭に照らされた雛の表情を窺うと、恋心がテレパシーのように働いて火が揺らいでいるような錯覚を感じられたのです。それにしてもすごい連想ですね。わなわな・・の措辞がいかにも艶かしい雰囲気を感じさせます。

05 立春の鳶しばしあり殿づくり

 りっしゅんのとびしばしありとのづくり

とろうち:「殿づくり」とは御殿を造ること、とありました。なんか毎日辞書を引くような言葉に出くわします。御殿のような立派な家を造っていて屋根を見上げると、鳶がゆうゆうと輪をかいている。しばらく上空を舞っていたが次第に視界より消えていった。と解釈しました。立春の青い空が見えるようです。

みのる:とろうち解だけとはさびしいですね。広辞苑を調べました。

  との‐づくり【殿作り】
  御殿を造ること。また、その造られたさま。

揚句の場合は、作っているのではなく既にある御殿でしょう。白壁造り、校倉造り、などの用法と同じです。高くて大きな甍が反りあがったような立派な御殿を連想します。とろうち解のとおり、立春の鳶がしばらくその上空にとどまって、輪を描いていたのでしょう。作者の主観はかけらも感じられませんが、一幅の絵を思わせるようなみごとな写生句だと思います。

06 土不踏なければ雛倒れけり

 つちふまずなければひひなたふれけり

とろうち:これも分からない〜〜〜っ。お雛様の裏側にへこみがありましたっけ?「倒れけり」だから立ち雛でしょうか。立ち雛の底はへこんでいて、そのために倒れないように造られているのでしょうか。家にもたしか立ち雛があったはずですが、ひっくり返して見たことはないんですよね。観察眼が足りないのをしみじみ実感してます

みすず:飾っていた立ち雛が、何かの拍子に倒れてしまった。あれあれと思って、大切に起こして飾ろうと何気なく足の裏を見ると、なんとお雛様には、土踏まずがない!だから倒れちゃったんだ!愉快な句ですね。お雛様と土踏まずだなんて、子供のように柔軟で新鮮な発想ですね。年をとっても、こんな柔軟な心で俳句を作っていきたいと思いました。

とろうち:そうか、倒れちゃったんですね。なるほど。それでお雛様の足の裏が見えたのか。 土踏まずとは言い得て妙。

みのる:とある資料に、土踏まずに関してのコメントがありました。

バランスよく立ち、ふんばりのあるしっかりした足腰のために大切な土踏まず。 この土踏まずのない外反扁平足になってしまうと、正しい自然な姿勢ができなくなってしまいます。 その結果、ちょっと歩いただけでも疲れやすくなり、さらに、骨格の成長にも悪影響をおよぼし、ひどい時にはさまざまな障害を引き起こします。

土踏まずって大切なんですね。博識の青畝先生は、このことをよく承知しておられ、みすず解のとおり、お雛様が倒れやすいのは土踏まずがないからだと思われたのです。とてもユニークかつ柔軟な感性ですね。ユーモアもあります。人間を創造されたのは神様ですが、足裏のこんな細かい部分にも深い配慮がしてあるんですね。神によって作られた作品の中でも「人間」は最高傑作ですよね。

07 右近和服われら洋服右近の忌

 うこんわふくわれらやうふくうこんのき

一尾:右近の忌から右近忌をGoogle検索、高山右近と分かりました。右近については高山右近資料館が詳しく紹介しています。ここまで辿り着きましたが、さてこの句をいかに鑑賞すべきか迷っています。外見は和服と洋服の違いはあっても、内なる信仰は同じ。だが国外追放になる程の困難に耐えたあの信仰の強さをもっているだろうかと、右近忌に当たり改めてご自身の信仰について自問自答なされる。

よし女:この句よく解らなくて、あれこれ本をめくっていて、やっと辿り着いたような気がしています。右近は高山右近のことでしょうか。文武両道のキリシタン大名で茶人の・・秀吉の禁教下に信仰を護持して逆鱗に触れ、領地没収、前田利家預かりなどの後、国外に追放され元和元年一月八日(1552〜1614)マニラで没したとありました。新暦で二月八日前後、丁度今ごろですよね。右近忌の茶会か、その前後の何かの茶会でしょうか。「茶人の右近は和服だったが、われらは洋服で茶会に座っている」と、淡々とした言い回しの奥に、時代の流れとか、信仰に絡んで、右近への思いなどがあると解釈するのは、深読みでしょうか。

とろうち:右近とはやはり高山右近のことなんですか。いろいろ調べて見たけれど分からなくて・・・。なんでわざわざ「和服」という言い方をしたんだろうと、まずそこが分からなかったんです。近代以降の人じゃありませんから。よし女さんが仰るように茶室での光景なんでしょうか。「右近」と「われら」を別にするものが、なぜ服なのか。あああ、もう分からないことだらけ。

敦風:この句を見る時、一つには、高山右近と作者の青畝師の双方がクリスチャンであることを抜きにしては、鑑賞できないのだろうと思います。とくに右近の死は、殉教と言ってよいものでしょう。第二に、「和」と「洋」の字を並べるとき、「和魂洋才」の熟語が私には連想されます。おそらくは右近の像に向き合った作者の思い、語りかけが句になったものではないかと、私には思えます。和服と言い洋服と言ったのは、実際に右近が、したがって右近の像が和服を着ており、作者らの方も実際に洋服を着ていたのでしょうが、同時に、両者の間に横たわる時の流れ、時間の溝をも、象徴的に言ったものと思います。右近よ、あなたも我等も共にキリスト信仰という魂を持った。共に和人であった。そして着るものは右近よあなたは和服、我等は洋服を着ている。時は流れた。あなたと同じ魂を持った我等は、いま貴方の忌日にあって、信仰に殉じたあなたを、時間を超えて衷心から悼もう。信仰に生き信仰に死んだ者よ、安らかに眠れ。そういう句だと思います。「右近和服われら洋服」が、不思議なそして絶妙な表現と言えると思います。

羽合:青畝先生は、自分が「洋服」の世界にいることを実感されたのでしょう。同じキリスト教信仰者でありながら、日本においてしっかりと根を下ろし、生活の中で信仰に生きた人物と比べると、自分は理屈として「西洋」から入ってきたキリスト教を、生活と切り離したところで信仰しているのではないかという、そういう違いを感じ取ったのでしょう。「愛のために殉教するぞ」という意気込みを持ってしても所詮ペテロのようにキリストを知らないと言ってしまうような自分と、そうではなく、文字通り「十字架の死」にいたるまで従い、その信仰を生活の中で見せた右近とのちがいに思いがいたったのでしょう。

みのる:青畝先生の詠まれたキリシタン大名の高山右近像は、大阪玉造聖マリア大聖堂の正面にあります。構内の入り口にはガラシャ夫人像と和服の右近像が対に立っています。みなさんの観賞のとおり、和服の生活から洋服の生活が定着した今日までの、時代や歴史の移り変わりというものへの感慨を詠まれたものです。右近の時代には、外国の宗教と言うことでキリスト教は受け入れられず迫害を受けました。(もっとも神道である日本にとって、仏教も外国の宗教ですが・・) しかし今日の日本の生活様式は、欧米の影響を濃くうけ、信教もまた自由な時代になりました。 迫害を受けながらも、自分の信仰の戦いを貫いた右近の志に対する敬慕の念も感じられますね。

08 針供養針の新陳代謝かな

 はりくやうはりのしんちんたいしゃかな

よし女:針供養は、折れたり、錆びたりして使えなくなった針を、供養する伝統的な行事ですよね。古い針を処分して、新しい針を補充する、つまり「新陳代謝」。この言葉も、前に揚げられていた句の「図案化」と同じように俳句らしからぬ言葉が、よく生きていると思います。針供養と新陳代謝。私の感性も新陳代謝促進剤を投じたいところです

とろうち:おもしろいですね。針供養の句はたくさんあるでしょうけれども、「新陳代謝」という語で表しているのは、まったくもって斬新のひとことでありましょう。俳句は十七文字しかありませんから、同じ事柄を詠もうとすれば、おのずと似たような表現に陥りやすいでしょう。いかに対象を違う角度で見るか、違う表現をするかというところが俳句の醍醐味なのかもしれません。

敦風:「新陳代謝」は新しいものが古いものと次第に入れ替わって行くことです。とくに生理学的な意味としてよく知られていて、その言葉をここで使ったことがまた何とも言えずこの句を面白く感じさせる所以なのでしょう。「針供養」というと、これまで使って来た針や折れた針などを供養することの方向にばかり考えが行ってしまい勝ちですが、この句では、供養する針に代わって新しい針を取り出してこれからはこれを使うんだ、交替するんだというところを詠んだ。しかもそれを「新陳代謝」と簡明に洒脱に言った。そういう面白味のある句だろうと思います。この句から、人間の人生などに思いを致し、そぞろ無常やはかなさを思う鑑賞の仕方もあるかも知れませんが、私は、上記のように、針供養そのものを面白く詠んだ、軽妙洒脱、俳諧味のある句として鑑賞したいと思います。

みのる:みなさんのおっしゃるとおり、「新陳代謝」という、およそ非俳諧的なことばが、心憎いほど効いています。これを、単なる語彙や知識の豊富さということでかたずけないでほしいのです。もちろんことばは知らなければ使えません、知っていてもなかなかそれを活かして使えないものだと言うことをみなさんは実作を通して経験されたと思います。青畝師の巧みなことばの斡旋は、永年の写生の訓練によって培われた「柔軟な感性」の賜物だということをぼくは言いたいです。

09 にぎはしき雪解雫の伽藍かな

 にぎはしきゆきげしづくのがらんかな

宏二:昔、奈良に行ったことを思い出しました。早春だったと記憶しています。雪が溶け、伽藍の屋根から雫がしたたり落ちていました。太陽があがるにつれ、句のように雫がにぎわしく、かつやかましく落ちてくるのです。なんとなく空気のなかに古都の匂いがしました。何回も奈良には行っているのですが、この句は、奈良の好きだった父と一緒に行った遠い昔を思い出させてくれる雰囲気を持っています。

とろうち:ここのところ私には難しい句が続いていたのですが、これは分かります。雪晴れの日なんかは本当にぽたぽたと、まことににぎやかに雫が落ちてきます。抜けるような青空と、陽光を浴びて光る雫と、足下に跳ね返るしぶきと泥と、全部見える気がします。

光晴:昔、雪深い岳温泉に逗留していた時、また北陸の金沢に住んでいた頃の春日の当たる屋根雪が解けてにぎはしかったのが、目に浮かびます。 揚句を始め、特別な装飾を施さず適切な措辞で情景を彷彿とさせる句が確かに多いと思います。推敲するたびに装飾が増えるのは自分に自信がないからなのかなぁ。

敦風:「伽藍」は、おそらく金堂、講堂、塔、鐘楼、経蔵、僧坊、食堂の七堂を指しているのではないかと思います。寺院の真中あたりに立つと、これらの建物の全てないし殆ど、あるいはいくつかが見渡せます。それらの建物のすべての軒から雪解雫が滴っている。まことに賑わしい。そういう景であろうと思います。このとき、「にぎはしき」というのは、聞いているのか見ているのか。たぶん、近くの建物のは聞えるけれども遠くのは聞えない。ですから全体としては目で見ているさまであると云うことになりましょう。さらに言えば、遠くの方はよくは見えない。建物の裏側も見えない。そういう部分の様子は作者が想像し思い浮かべていると云えるかも知れません。 そういう寺院全体の雪解雫を「にぎはしき雪解雫の伽藍」と鮮やかに描写して、春の訪れの喜びを大きく詠んでいる。そういう句だと思います。

羽合:冬の間、仏像も何もかもが冷えきった伽藍。そこに雪解雫がにぎわう。単に雪解雫がたくさんあるという表現でなく、「にぎはしき」と言いえたことにより、春がここにもやって来たという実感が持てる。また、これからはじまるであろう「春のにぎわい」をも想像させてくれる。野の花やうららかな風とは無関係に思える伽藍であるからこそ、この「にぎはしき」という言葉も生きてくる。

みのる:僧侶の家族が生活する庫裏はべつですが、通常、堂塔には雨樋はありません。堂縁や回廊深く庇があって、雨だれや雪解水は大庇から垂れ流しになるのです。揚句では、敦風解のとおり七堂伽藍の大寺でしょう。朝から昼にかけて、少しずつ春の日差しが高くなるにつれて、いよいよ雪解雫がせわしくなってきている様子が目に浮かびますね。

10 錦鯉雪間に錦つくりけり

 にしきごいゆきまににしきつくりけり

一尾 :「泳ぐ宝石」とも呼ばれる錦鯉の主要な産地は新潟県。雪国の清らかな水質と温度が錦鯉の飼育にかなっているのでしょう。雪間は単純に雪だから冬の季語と思いましたが、なんと春。 解けて消えゆく雪の隙間を鯉が時折過ぎる。雪の白さに鯉の錦がいよいよ鮮やかに見える一瞬です。

敦風:春の日の雪の庭。おそらく庭でしょう。庭の池に錦鯉が何匹かゆったりと泳ぐ。そのさまは、鯉たちが白い雪の隙間に華麗な錦を織りなしているようだ。私の親戚に、父親と一緒に行くと必ず鯉を食わせるうちがありました。今となると、必ずであったかどうか、しかし子供の時の記憶は分かり易い明快な形で残るようです。この句を見て、私はこの家の庭の光景を思い出します。白い雪の中に錦鯉の鮮やかな色彩と斑紋。子供の眼にも、いつまでも見飽きないみものでありました。ただし、錦鯉はふつうは鑑賞用ですからふつうは食いません。ですから、私の記憶ももう少し整理される必要はありそうです。雪の白と錦鯉の配合、そして錦鯉が錦をつくるとの措辞が巧み。景を鮮やかに読者に見せてくれます。

羽合:美しい。単純に、率直に、その美しさが伝わってくる。実際に見ているときよりも、この句を味わっているときの方が、さらに美しく見えるのではないかと思えるような句である。にし「き」ご「い」ゆきま「に」にし「き」つく「り」け「り」というように、すべてのことばのおわりに「い」段の音がきているので、句の響きがとてもよい。

みのる:かりやすい句ですね。すっぽりと雪をかぶっていた名園の庭も、雪解けが進んで、ところどころ緑の枝も現れ、池の面の薄氷の上に積もっていた雪が所々解け初めて雪間を見せている。 冬の間は身じろがなかった池の錦鯉ですが、温みはじめた水にゆったりと動きを見せ始めている。 一幅の絵になりそうな情景ですね。理屈も何もなく、ただただ春の訪れの喜びが詠み込まれているのです。これぞゴスペル俳句といってもはばからないと思います。

11 春寒し釘はくの字になりたがり

 はるさむしくぎはくのじになりたがり

宏二:春寒しと、曲がりたがる釘。なんともいえず、面白い取り合わせ。最近では、釘を打つことが殆どなくなったが、少年の頃、よく金槌を使っていたような気がします。釘も現在のように強くなかったらしい。よく曲がった。ああ、まただ。と思いながら、釘抜きで抜こうとするのだが、これがなかなか頑固だった。自分の未熟さを棚にあげて釘にあたる。ちょっといらいらした気持ち。あれは、きっと春寒き頃だったのだと思わせてしまう句です。

一尾:寒が明けたとは言え名ばかりの春。金物に手が触れれば、冷たさがまだまだ身に凍みる季節です。指先もかじかみ釘一本打つにも思うようにはいかない、打ち損ねてくの字に曲がったり、飛んだりもします。釘が望むわけでもあるまいが、ちょいとばかり釘の所為にするのです。「釘さん 言うこと聞いておくれよ」と、つぶやきながらなおも打ち続けるのですね。掲句を見た瞬間、字面から金釘流が頭に浮かびました。

とろうち:幼稚園の頃、釘を打ってみようという授業がありまして、みんなで釘を、とんかんとんかん打ちました。当時、私はのろまで何をやってもうまくできず、いじめられっこでした。釘はちっともまっすぐに入ってくれず、どれもこれも曲がってしまいました。どうしてなんだろう・・・子供心にとても悲しく思ったのを今でも鮮明に覚えています。揚句は、春とは言えまだ寒いこの時期、釘も寒いと見えて丸まってしまうよ。と失敗を明るく俳諧味たっぷりに表現しています。けれど私には少し、さみしい記憶が甦った句でした。

羽合:春なのになんて寒いんだろうという、へそ曲がりな天候を恨む心情を、釘がくの字になりたがっていることに託している。もちろん、文字通り釘を打っていて、その釘がかじかんだ手で上手く打てないいらだちを詠んだ句だが、そのいらだちと、春の寒さに対するいらだちも結びついており、作者の内面が見事に詠み込まれた句だと思う。

みのる:硬い材質の板などに細くて小さい釘を打ち付けるとき、まっすぐに釘を支えて打ち込まなければ、すぐに曲がってしまいますね。だれでも経験があります。揚句から学ぶことは、まず「春寒」という季語をまったく説明していません。さらに中7以降は全く季語と関係のない情景の描写です。でも「春寒」の季語は動きませんね。これが俳句なのです。季語の説明をしない・・というのは初級脱出のキーポイントです。でも、季語から離れすぎると、今度は「季語動く」ことになります。つかずはなれず(不即不離)の絶妙さが決まると揚句のような見事な作品になるのです。ぜひ、覚えましょう。

12 春の風邪うどんがのびてゐたりけり

 はるのかぜうどんがのびていたりけり

宏二:子供の頃、小学生の高学年だったか、風邪から肺炎に罹り、命を落としそうになった。ペニシリンのおかげで助かった。だんだん回復してくると、食欲も出てくる。日によっては気分がすぐれず、母がつくった食事に手もつけない。「口がまずいから」。と寝床のなかから言い訳をした。あれは春だったのだろうか? この句はどうも一昔前を思い出させる。いや二昔前かな。

とろうち :この句を丸一日考えました。なぜうどんはのびているのか? 春風邪をひいたらしく、なんとなくぞくぞくする。こんな時は温かいうどんでも食べるのが一番と、うどんを食べてみたものの、なんとなく食が進まず、どんぶりの中のうどんはもうすっかりのびてしまった。という感じかなーと解釈しました。「春の風邪」「うどん」がのびるというのが絶妙に効いているとは思うのですが。

羽合:風邪とうどんがのびている状態が、絶妙に結びついている。風邪という病状がうどんののびた状態に重ね合わされている。うどんはのびてまずくなっていることで、風邪で苦しい様子が味覚的にとらえられてしまうとは、恐れ入った。理屈では説明できないが、こう詠まれてみると、これは秋でも冬でもなく、いわんやまして夏でもなく「春の風邪」である。

よし女:この句を読んだとき、うわーこんな読み方があるんだと驚きました。日が立つにつれ、体のけだるさ、食欲のなさ、何とか早く良くなりたいとか、春の風邪本人やうどんを造った人のことなど、想像が広がっていきます。春の風邪とうどんの伸びが、絶妙な取り合わせですね。

みのる:冬の風邪と春の風邪とがどう違うのかと言うことを研究しましょう。初心者が陥りやすい失敗として、いまが春だから春の風邪にした・・という方があります。俳句では、旬として扱われる季語と、季節外で扱うものとは明らかに季語の持つ雰囲気が違うと言うことに注意しなければいけません。夏の月と冬の月とでは当然同じ月ではないのです。冬の蝶、夏の霧、等々みなそうです。だから、なぜ春の風邪なのかをよく注意して観賞しないと、揚句はただの凡句にしか見えないのです。春に風邪を引くのは三寒四温の季節のせいで、ちょっとした油断から引くものです。そして直りにくくいつまでを跡をひくので鬱な気分になります。元気をつけないと・・と思って温めたうどんなのですが、いまひとつ食欲が進まず、のびてしまった。いわゆる春愁につながる雰囲気がありますね。「風邪抜けずうどんがのびてゐたりけり」でも、雰囲気はありますが、やっぱり春の風邪には負けますね。うどんでなくても、そばでもラーメンでもいいんじゃあないの・・という方がいらっしゃいますか? でも、それは理屈ですね。

13 吾妹子の片袖ぬぐふ春時雨

 わぎもこのかたそでぬぐふはるしぐれ

とろうち:これは、一緒の傘に入っているのでしょうか。ひとつの傘では少し狭すぎて、奥様のほうは少し遠慮がちにしている。そのため、かたほうの袖が雫で濡れて、どこぞの屋根の下に入った時にぬぐわれたのでしょう。氏は初めてそのことに気づいて、軽い反省と、奥様の気遣いを嬉しく思ったのかもしれませんね。「春時雨」という優しい、しっとりとした季語が、二人の平穏な雰囲気を伝えてきますね。

羽合:とろうちさんの言われるような「相合傘」の感じが「片袖」という表現によく出ている。私の場合、「ねになきてひぢにしかども春さめにぬれにし袖ととはばこたへん」「かげろふのそれかあらぬか春雨のふる日となれば袖ぞぬれぬる」という古今和歌集の恋歌を踏まえて、微妙な心のやりとりまでもこの句に詠み込まれているのではないかと思える。つまり、「心の涙をぬぐってあげている」というような、ロマンチックな関係が「袖」と「春の雨」の関係で表出されているのではないかと思った次第だが、どうだろう。

敦風:ぬぐっているのは作者(夫)の方かともちらと思いましたが、これはやはり夫人でないといけませんね。「片袖ぬぐふ」の表現が女性のしとやかな仕種を完璧に描いていて、それを見ている作者の思いを感じさせる。妻恋おじさん青畝師の面目ここに極まるという句ですね。情景は、とろうちさんの鑑賞のとおりと私も思います。そうでなくっちゃならない。こういう句がちゃんと残って、あとの人たちに鑑賞されている。青畝師はお幸せです。私も是非こういう句を作りたいと考えます。

みのる:相合傘は想像しませんでしたが、そういわれるとそんな気もしてきました。春時雨がなんとも艶っぽいですね。ご高齢の青畝先生と奥様の実像をだぶらせて観賞するのではなく、まったく別人の若妻の所作と連想して観賞しても別にいいわけです。

吾妹子の片袖ぬぐふ時雨かな
吾妹子の片袖ぬぐふ春時雨

いかがですか、やっぱり春時雨が動かないですよね。昨日の句もそうでしたが、季語の使い方というのは決しておろそかにしてはいけない・・と言うことを学びましょう。

14 恋猫とはやなりにけり鈴に泥

こひねことはやなりにけりすずにどろ

宏二:我が家も猫を飼っています。二匹目です。一匹目を飼い始めた時春の足音が聞こえる頃、突然、家のなかを駆け巡って騒ぎ、天井までよじ登ってしまいました。猫の恋が始まったのですが、恋猫という言葉の持っている優美な感じとはまったく正反対でした。句の猫は雌でしょうか。鈴に泥をつけてくるという表現が恋の激情をみごとに捉えていると感心しました。一匹目も二匹目も手術をしました。二匹目は鈴をつけていますが、泥をつけてくることはありません。恋を知らない猫を飼うなんて現代人は残酷なんですよね。

羽合:子ども時代の猫は、無邪気に遊んで泥をつけていた。しかし、今、恋をする年頃になり、その鈴に泥がついている。かつての子ども時代の泥と、今の泥とが重ね合わされ、その猫の成長ぶりを作者がしみじみと感じている。さらに、匂いや音、泥を通しての土の感触など、なかなか短い言葉で表すのがむずかしいものが見事に伝わってくる。

一尾:「もう鈴に泥をつけてくるなんて。傷はないな。そうかそうかお前も相手が欲しいんだな。」 まだまだ子猫と思っていたのに、飼い猫の成長の早さに目を細め、春の到来を喜ぶ飼い主さんです。掲句では「はや」が効いていますね。

とろうち:子猫を飼っていたころ、それまで全然においを持っていなかった子猫が、ものすごいにおいで帰って来たことがありました。なんというか、入って来た瞬間に獣のにおいがしたんです。猫はちょっと興奮しているようでした。それ以来、彼は雄猫のにおいを持つようになりました。ああ、大人の猫になったんだなこいつ、と思いました。揚句は、このように子猫から初めての恋猫になった時のものというよりは、それまで炬燵で長々としていた猫が、外に出かけたままなかなか帰ってこず、やっと帰って来たときは鈴まで泥だらけだった。あ、もう猫の春が来たか、もうそんな時期か、というような「はや」だと思います。「鈴に泥」がいいですね。猫の恋には飼い猫だろうと野良猫だろうと関係ないよ、という感じで。

きみこ:猫を飼ったことはないのですが、野良猫がこの季節になりますと、赤ちゃんが泣いているような声で泣き合っているのを、耳にします。それでもう春が来た事を感じます。はやなりにけりで、この間まで赤ちゃんで、ころころと遊んでいたのに何時の間にか恋する年頃となってしまったようである。と理解しました。鈴に泥で、けたたましく争ったあとが、伺えます。小さな鈴の泥までも、見逃さない師の見所を、見習いたいと思いました。

敦風:おそらくは、仲々帰って来なかった猫。帰って来たのを見ると鈴に泥が付いている。ああ、うちの猫も恋猫になったんだなあ。そういう句だと思います。「はやなりにけり」と感慨を言い、そして「鈴に泥」との写生表現。帰って来た猫が、しおらしく飼い主に擦り寄って愛想をしている姿まで見えてきそう。平易な表現で全てを描いた、訴える力のある句だと思います。

キラ:まるで自分の父親が詠んでいるかのような句…。例えば、飼い主を親として、恋猫を高校生の娘としましょう。「猫」というくらいなんだから可愛い気紛れな娘に育ててしまったかんじに想像出来ます。自分が付けてやった鈴によごれをつけて帰ってきた、という感じでしょうか。 昨日までこどもだと思っていた娘がそんなとしになったのかというショックは「はや」に、そして衝撃を受けながらも事実を受け入れようとする気持ちが「にけり」と完了のかたちになっている部分にみられると思います。「鈴に泥」で終わっていることから、飼い主は猫を叱ろうとはしてないようですね。遠くから猫を見つめているような効果がでていると思います。鈴に泥がついている、そんな小さなことさえ飼い主はみている…。なんだか反省しました。

みのる:みなさんそれぞれにご自分の体験と合わせて納得の一句ですね。朝帰り・・と言う感じがあって面白いですね。下五の「鈴に泥」の措辞に見事な省略の妙があることを学びましょう。

15 しろがねの網にあばれし白魚かな

 しろがねのあみにあばれししらをかな

羽合:「網にあばれし」と言うだけで、火や煙、小魚の体が反ってくる様子、白魚の数などたくさんのことを想像できる。しかも、「しろがね」を平仮名表記することにより、白魚の「白」と呼応し、ことばに独特のリズムが生じている。これは見事な表現だと思った。

よし女:四手網はまさにしろがね。その網の中の白魚。ついつい、跳ねるとか、跳ぶとか表現しがちですが、「あばれし」となっています。このやや俗っぽい言い回しが、新鮮に響きます。このあたりにも、青畝師の非凡さが覗えますね。

きみこ:しろがねのと出て、白魚かな、と終っていて、繰り返し、白を強調していて、ピチピチと跳ねて、新鮮さがよりいっそう増すように思えた。

みのる:水に濡れた網が日をはじいているさまを「白金」と形容されたと思います。白魚が網の上で跳ねるので、きらきらと輝いている様子が具体的に連想出来ます。いろんなことを説明しようとするとこうは行きません。揚句も焦点を絞った省略によって、いろんな情景が具体的に連想できるのですね。

16 風吹いてまたちろちろと畦火かな

 かぜふいてまたちろちろとあぜびかな

よし女:こう言う情景はたびたび目にしています。このとおりです。でも句にはし難いところです。この句の「ちろちろ」の表現がなんとも言えずいいですね。そんなに背丈はないけれど冬の間に結構密生していて、風がないと燃えにくい畦焼きが目に浮かびます

ひろみ:また、と言う言葉の置き方って難しいですよね。使うのに勇気がいります。

敦風:畦焼きをしている。火が消えたかのように見える箇所も、風が吹くとまたちろちろと火が見えて燃える。「また」の表現は、そういうことが何度か起こっていることを言っている「また」のようにも、またはある一瞬の「また」のようにも取れますが、私には、ある一瞬の描写のように思われます。「ちろちろと」のオノマトペーも平凡ながら言い得て妙。私もむかし子供のころ畦焼きをやったことがありますので、この句は実感です。平易な表現で田舎の畦焼きの風景をうまく描いている。そう思います。

みのる:消えたのかなと見ていると、また風が吹いてちょろちょろと野火が舌をだしている情景ですね。ひとしきり燃え盛ったあとの野焼きの余韻が感じられます。黄昏時のような感じもありますね。

17 麦踏の股間に富士の見えにけり

 むぎふみのこかんにふじのみえにけり

ひろみ:股間、絶対使えないなあと思う言葉です。でも、作者は地面のすぐ近くにいるのですよね。土の匂いを感じます。

宏二:麦踏という風景を見なくなって久しいです。記憶では、青い空、うねるように連なる丘の赤い土、そして、まだ数センチほどの麦の列。横向きになって踏みながら遠ざかる農夫。とくに印象的なのは青い空と冷たい風です。句では澄み渡った空気のなかに富士山を置く。早春の一幅の絵、それも広重の絵のような景です。そこに股間を持ってくるのが俳句なんですね。あの爽快感のある空気を思い出しました。

一尾:海側に背を向け両足の間から、天の橋立を見るあの股のぞきを連想しました。広々とした富士山麓の麦畑、何人かの麦踏み作業が続く情景が浮かびます。やや斜面の畑に畝は続く。たまたま先行く人をひょいと見ればあれあれ股間に富士、失礼だが、こりゃ絵になりますね。一瞬を読み切った句と鑑賞しました。

一楽:読んでいて気持ちの良くなる句です。分り易くて情景がぱあーと広がるすばらしい句と思います。

みのる:富士の裾野の起伏のある麦畑の風景でしょうか。作者の視線より小高いところで麦踏をしている人がいて、その股間に富士が見えている。股覗きの風情とは少し趣が違うと思います。

18 芳草の第一番が蕗の薹

 ほうそうのだいいちばんがふきのたう

宏二:母がフキノトウを見つけました。枯れ草のなかに2つ。玉子くらいの大きさで、表面の枯れた皮をむくと、緑のかおりが鼻に心地よく、ああ春だと思いました。母は大正生まれ、今年86歳。フキノトウを「あおい衣を着た」と表現しました。昔の日本人は青も緑も「あおい」と言っていたのを思い出しました。早春の芳草を代表するフキノトウには「あおい」の方がぴったりです。フキノトウはさっそく味噌和えで食べました。

ひろみ:第一番と言ってしまうところがすごいなぁと思いました。私も精進揚げにしていただきました。

一尾:この句のポイントは第一番にあります。札所の第一番、まっ先にの第一番、そして香りの第一番などなど。鑑賞と言うより、なる程、合点の知識として授かりました。

みすず:春の香り高い草といえば、その色、形、味から言っても、やはり蕗の薹でしょうね。それでは次は、と言われれば、さあ、三つ葉、芹、春菊、独活、韮・・・野蒜、蓬も芳草に入るかなあ・・・といろいろあって悩んでしまいます。おひたしや酢味噌、辛し和え、天婦羅・・・そうだ、タラの芽は香りはあまりしないけど、天婦羅には抜群! 蓬は草餅もいいなあ、などと想像が脹らんでいく、楽しい句でした。

みのる:コロンブスの卵の例えを思い出しました。誰でも作れる、「あたりまえ」という句ですが、そういわれると図星・・と言わざるを得ません。でも、毎日句会でこの句が投稿されたら、はたしてみのる選に採れたかどうか自信がありません。「説明」という感じで落としていたかもしれませんね。第一番という措辞が非凡なんだと思います。楽しみに待ちわびていた・・という作者の気持ちが現れていると思います。

19 臥竜梅磴は畳みに畳みたる

 ぐゎりょうばいとうはたたみにたたみたる

ひろみ:磴が全くわかりません。トウと読むのはわかったのですが・・・

みのる:磴は、石段、石の階段という意味です。広辞苑には、以下のように載っています。

  とう‐どう【磴道】‥ダウ
  石段のみち。石級(セツキユウ)。

ひろみ:ありがとうございます。どうも画数を間違えて調べていたようです。低い段の石段が何段も何段も・・・というところでしょうか。最近、友人が四国遍路を徒歩で回り、結願してきました。その時の写真に山門からの石段が多く写されていて石段とわかった瞬間に、その写真が浮かびました。

敦風:畳むというのは、幾重にも石が敷かれて、ずっと石段が上の方へ続いていることを言ったものであろう。そして、臥竜梅。幹が低く枝が地上をはった所に根を生じて、竜の臥した姿を思わせる梅のことである。石段が畳みに畳んで続いているというのは、臥竜梅もまた、石段に添って、あたかも生ける竜のごとくにずっと上に向かって続いているということであろう。参道の磴でもあろうか。石段が上の方へどこまでも登っており、そこに臥竜梅もまた上の方にまさに生ける竜のようにどこまでも登っている。その見事な景観を目に見えるように詠んだ。もちろん「畳みに畳みたる」に表現の命がある。

みのる:臥竜梅は太い幹が地を這うように伸びていて、枝はビュフェの画のように直線的に真直ぐ天へ伸びています。畳みに畳む磴ということで、かなり歴史のある古刹が連想出来ます。そのことによって、臥竜梅もまた古木で、風格あることを想像させるのですね。おそらく寺宝として大切に管理されているのでしょう。ただ、畳みに畳む臥竜梅というのはないので、磴と臥竜梅を並立させて観賞するのはちょっと無理な気がします。

敦風:おっしゃる通りですね。磴と並行して延々と続いている臥竜梅と云うのはちょっとあり得ないでしょうから、行き過ぎた想像でした。

20 梅の翳女の顔を切りにけり

 うめのかげをんなのかほをきりにけり

よし女:馥郁とした梅林をそぞろ歩きしている妙齢の婦人。ときに立ち止まり。そして歩を進めた瞬間に、枝先の花が彼女の顔面をよぎった。スローモーションの画面を見るように。梅花が女性の顔を切ったと印象深く表現して、観梅の状況が見事に切り取られています。デリケートな男性の視線で美しい句です。

ひろみ:何を言おうとしているのか、さっぱりわかりませんでした。でも、よし女さんの鑑賞を読み、なるほどと思いました。スローモーションですか、ほんとそうですね!

敦風:梅見をしている女性。天気がよい日なのであろう。女性の顔に梅の影がくっきりと映った。その影は女性の顔を切ったように見えた。そのさまを詠んだものと思う。白い肌をよぎる梅の影。一層鮮烈にはえる女性の美しさ。そういう句であろうと思います。

みのる:この句も梅の枝の特徴を捉えている点を見逃してはいけません。桜や桃の枝では、「切る」という感じはありませんね。花影ではなく、直線的に徒長した枝の影ですね。情景としては、よし女解、敦風解のとおりです。

21 紅梅に洗濯の紐ぶらさがる

 こうばいにせんたくのひもぶらさがる

ひろみ:自分にとって、ありえない取り合わせなので、恥を忍んで鑑賞します。紅梅は愛でるものなのに、無造作に洗濯の紐がぶら下がっている。冬の間は洗濯物を干していたのでしょうか。生活に即した梅の木であったわけですが、春になり花が咲いて「おっ、咲いたのか、洗濯物は別のところに干さないと・・・」というこの家のおおらかな主が見えるような気がいたしました。 鑑賞、難しいです。句も難しすぎる・・・

こう:美しく咲き出した紅梅と、洗濯の紐との取り合わせが面白い。ひろみさんの鑑賞と同感。ユーモア、大らかさを感じます

キラ:花を付けたからその洗濯紐に気が付いたのではないでしょうか。花がついていなければ紅梅なんてなんにも面白くないただの木ですよね。冬の間はただの木として扱われ、花をつけたから注目をされ、洗濯紐がぶら下がっていることに気が付いてもらえた…。ひとも同じだと思えて、なんだか切ない気持ちになりました。

みのる:それほど深い意味が隠されているとは思えないので、ごく素直に観賞すればいいと思います。観賞用の庭園ではなくて、垣根も塀もない鄙びた田舎の百姓家のたたずまいでしょう。枝から枝へ無造作に紐をかけわたして洗濯物を干しているのです。丁度いま洗濯物が干されているのか、紐だけがぶら下っているのかは想像するしかないのですが、紅梅と洗濯物の白との対比効果も感じられます。青畝先生の俳句は、なにか裏があるのでは・・という具合に俗的に勘ぐってはいけません。一幅の画を見るような素直な気持ちで、のどかな農村の雰囲気が感じられればいいと思います。世俗的な思いから離れて、自然の摂理に心を遊ばせる。これが私達の目指している俳句です。

とろうち:洗濯のひものぶらさがった梅の木。なんとも生活感あふれる風景ですね。たしかに紅梅は観賞されるべき木でしょう。でも日当たりもいいし、枝振りもちょうどいいからここに干しちゃいましょう、という具合に家の人は思ったのではないでしょうか。私としては、洗濯ものがあったというのではなく、ひもだけがぶら下がっていたのを想像しました。紅梅という、ある意味高貴なものと、洗濯紐という俗なものの対比というように解釈しました。

22 鍬の刃に花飛ばすなり犬ふぐり

 くはのはにはなとばすなりいぬふぐり

ひろみ:句作りを少しでもする私にとっては、犬ふぐりの花があれば、「もう咲いたのね!」「春だわ!」と愛でる気持ちの句にしたいところ、この句は花を無造作に飛ばしちゃっている・・・ 農作業に従事する人にとっては、犬ふぐりはあたりまえの景色。黙々と作業をする人と、そこから広がる春の畑、春の息吹を見ている作者。毎回鑑賞をはずしているので、不安です。

宏二:定年となり、野菜つくりに励むことにしました。小さな畑に鍬を入れるわけですが、そこは現代人なので、小型耕運機を使います。雑草のまだ枯れているなか、犬ふぐりはちゃんと花を咲かせていました。耕運機ですと、花を飛ばすといった風流さは全然ありません。時々、思うのですが、あんな可憐な花に「犬ふぐり」と名を付けた人はどんな顔をしているんだろうか。って。

よし女:春耕のころの畑の中には犬ふぐりが張り付いています。草丈が低いので手で取ったり出来ません。耕運機を使ったり、鍬でけずるしかなく、骨が折れるんです。一面の犬ふぐりはきれいだけれど、畑泣かせなんです。黙々と花を飛ばして、けずったり、打ち込んだり。夢中で仕事をしていると観察のゆとりはありません。でもこの句きれいですね。小さな花に焦点があり、犬ふぐりが花を飛ばしているとの見方がとても面白いと思いました

みのる:よし女解に脱帽です。小さな花ですから、「花とばすなり」の措辞が具体的に連想できますね。

23 風紋の上ひきずりし若布干す

 ふうもんのうへひきずりしわかめほす

遅足:この句に前に立つと、一瞬ですが、違和感を感じました。

”作者はどこにいるのだろうか?”

という疑問です。作者は有名な俳人ですから、当然、若布など干しません。若布干しを見て作ったわけですが、この仕事をどう見ているのでしょうか? 一幅の絵としてなのか? 仕事に対する共感なのか? そのあたりが不明な印象を与えるのですが・・・これは読み手の責任でしょうね。17文字では言い切れない何かを秘めた句なのかも。

ひろみ:風紋ができるほどの海風の中、頬被りしながら作業している姿が浮かびました。やわらかい若布に対して、ひきずるという言葉が違和感がありますが、海から引き上げたばかりなので、たぶん重いのでしょうね。風紋が一所だけ乱された砂浜も、春浅い寒い景色という感じだと思います。

よし女:このごろの時節の漁師町では、いたるところに若布が干してあります。採れたての若布は重いのです。篭か箱に入れて砂浜を引きずってきます。風が吹いて砂の上に出来た折角の面白い模様を消してしまった。その若布を干している。そんな様子を写生した句だと思います。浜辺の若布干しの様子が良く解ります。

一尾:濡れた若布を引きずるには力も要ることでしょう。細かい砂の風紋は引きずった跡、踏ん張った足の跡を残すがこれまた風紋に形を変えていく。砂はつくが、干上ればうまく離れてしまう。天日乾燥には風の役割が大です。

みのる:句の観賞は、論理的に難しく考察する必要はありませんが、単なる情景描写の観賞に終わるのも寂しいです。普通観賞するときは、過去の自分の体験の範囲でしか理解できませんから、 吟行体験の豊富な人ほど連想に広がりが出るのです。つまり吟行による訓練は作句にも選句にも有効だと言うことです。さて、揚句では、「若布干す」という季語の本質を理解する必要があります。早春の季語ですね。冬の間は季節風が強く漁もほとんどお休みでしょう。その季節風によって風紋が出来ているのです。その上を収穫した若布を引きずって干している情景ですね。収穫の少ないこの時期、浜の人たちとっては貴重な生活源なのです。観光客は、美しい情景として風紋を愛でますが、彼等はそんなことに頓着している余裕はないのでしょう。まだ肌寒い浜風が吹く中、浜辺には干された若布が風に揺られています。素朴な浜の寒村の一点景ですが、やがて本格的な漁期が訪れてその生活も活気が出てくることでしょう。そうした浜の人たちの生活にも思いを馳せて写生された句と思います。

24 踏絵あり埃の如く古りにけり

 ふみえありほこりのごとくふりにけり

ひろみ:埃の如くが、難しいです。作者は拭い去ってしまいたい過去を埃に喩えたのか、それとも静かに長い時間をかけて積もっていく埃を人の心に浸透する思いのようなものとして言いたかったのか、教会のステンドグラスから差し込む光が見えるような気がいたしました。

こう:胸にじんとくる一句。埃のごとく・・に哀感があります。禁制きびしき時代に、クリスチャンの辿った運命。踏んで転んだ人(棄教)、拒んで処刑された人。この踏絵は、信仰とは何かと問いかけています。淡々と詠まれていますが、青畝師の真摯な姿勢を感じます。

一尾:埃のように軽く、遠い昔のことよと忘れられてしまったのは惜しい。踏絵の真の意義を、当時の信者が受けた苦難を考えるお気持ちが伝わるようです。

みのる:踏絵は歴史的な季語ですが、今も感慨を込めてよく詠まれます。揚句の踏絵も展示館などのショウウインドに保管されているものと想像されます。よく見ると、たくさんの人に踏まれたその画は、判別できないほどに磨り減って、まるで、板の上に積もった埃のようだと作者は感じたのです。この客観写生によって、時の移り変わりとその歴史、また、さまざまな思いをもって画を踏んだであろう一人一人の姿が連想でき、その時代に思いを馳せて、タイムスリップできるのです。

25 地軸より伸び出でし如臥竜梅

 ちぢくよりのびいでしごとぐゎりょうばい

ひろみ:地軸というのが、凄まじく大きいものなので作者の感動も、とてつもなく大きかったのではと思った。地軸から、まるで地球の丸みに沿うようにして古木の臥竜梅が枝を張っていた。変かもしれませんが、鑑賞しているうちに、まるで人工衛星から地球を見て、臥竜梅にズームインしているような映像が映るような気がしました。

遅足:とても空間の大きな句で、素晴らしいと感じました。「如」という2文字が、少し気になりました。直接、地球と梅をつなげてしまうと嫌味でしょうか? 竜という喩えを上手に受けているような気がします。大きな句です。

みのる:有名な、 高知県田野町「長法寺」の臥竜梅 をご覧下さい。 ぼくもよく知らないのですが、臥竜梅という種類があるのではなく、意図的にしたてられた物なのではないでしょうか。いずれにしても古木が多く、小枝は払われて地を這うように曲がりくねった太い幹が特徴です。そして細い花枝は徒長して、ほぼ垂直に伸びて花をつけます。その対照的な幹と枝との雰囲気が臥竜梅の特徴と思います。そうした、臥竜梅の特徴を百も承知で、青畝先生は、「地軸より伸び出でし如」と形容されました。すっくと直立しているのではなく、紆余曲折しているその幹を見ていると、そんな感じがピッタリだと合点します。でも、臥竜梅を見たことのない人には、この句は観賞できないですね。

26 亀石の立退きできぬ野火となる

 かめいしのたちのきできぬのびとなる

よし女:秋吉のカルスト台地の山焼きを見ようと、今朝4時に起きて5時半に出発しました。1時間半かけてたどり着いたら、天候不順と人手不足で3月8日に日延べ。これで、五回の順延だそうです。掲句のように、亀石が立ち退きできぬほど野火に囲まれるには、草木が燃える、よほど良い条件が必要なのですね。どんどん燃える野火に囲まれた大きい石、それが亀石なのが面白いです。擬人法的で、早く走れない亀と重なったりもして。

ひろみ:鶴は千年亀は万年。が浮かびました。亀石を検索したのですが、明日香の亀石のことなのでしょうか? 大和盆地がまだ湖だったころに水利の争いに巻き込まれて死んだというたくさんの亀達を供養したものとなっていました。以前見た海外紀行番組なのですが、山火事のあとの焼け野原に、まあるくそこだけ草が焼けていないところがあり、それは陸亀が手足をひっこめて、火が過ぎるのを待っていた跡というのも思い出しました。

よし女:亀石を明日香の亀石なのかとも思いましたが、単に亀のような形の石とイメージしても良いのではとも感じました。

みのる:揚句はおそらく、 奈良県飛鳥の亀石 だと思います。 大きな亀石が野焼きの火や煙を避けて移動できるはずはないのですが、その形容によって、野焼きの火や煙の勢いが連想できますね。これが俳句なのです。野火そのものの様子を写生した句は多いですが、どうしても説明になりやすく、また類想が生まれやすいのです。季語の説明をしないように・・と教えがあります。季語は季語そのものに伝統的な味わいを持っていますから、それを上手に利用して、ほかのことを言うのです。このときに、全く関連のない季語を取り合わせると、「季語動く」ことになります。また、あまりにお膳立ての整ったピッタリの季語を配すると、こんどは、「憑きすぎ」として嫌われるのです。結局、つかず離れず、という雰囲気ながら、やっぱりこの季語。という感じが決まると佳句となる場合が多いようです。でも、頭で考えて配置することは難しく、吟行に吟行を重ね、多くの秀句に触れることで、少しずつその極意が身につくのです。頑張りましょう。

27 恋猫の丹下左膳よ哭く勿れ

こひねこのたんげさぜんよなくなかれ

よし女:丹下左膳は、右目の上から目の下にかけて大きな刀傷があります。この猫ちゃんは、毛の色がそんな感じに濃くなっているのでしょうか。恋が成就できなくて鳴いている猫を、丹下左膳と言い切り、なくなと慰めているのでしょう。「なく」が「哭く」になっているので、猫のかなしみを察している作者の思いが、読み手に深く沁み込んでくるようです。ユーモラスで、でもちょっぴりペーソスもあって記憶に残る句です。

ほとり:昔飼っていた雄猫を思い出しました。無邪気な子猫であったのが、ある春の日、眉間に傷を負って帰ってきました。恋敵にやられたのかと、家族一同、「この子も一人前になった」と感慨にふけったものです。揚句の猫殿の傷(と解釈しました)は丹下左膳のようだったのですね。恋に負けても挫けるなよという、先生の暖かいお気持ちと思いました。

よし女:ほとりさんの鑑賞を読んで、丹下左膳は、まさに傷を負っているのだと納得です。恋猫の争いは激しいものでしょうから。

みのる:恋敵に片目を一撃されて傷を負った猫が、朝帰りしてきて、主人に甘えて哀れな声で哭いたのでしょうね。哭くは「慟哭」という言葉も連させるので、意図的にあてられたと思います。 哀れさと滑稽さの同居した、素晴らしい句ですね。それにしても、青畝先生の柔軟な感性にはまったく脱帽ですね。

とろうち:「哭く」という字からは、甘えてなく、といった情景は浮かんできません。もっと切実なものを感じます。丹下左膳のような大きな傷を負った猫は負け猫です。一回負けてしまえば、まず勝ち上がることはできません。彼は完全な敗者なのです。それでも雄猫はまた出かけていきます。雌猫を恋うて哭き、そして恋敵に向かって哭くのです。たいがい、猫のけんかは弱いほうが必死に鳴いています。鳴きながらも耳を伏せ、優劣ははっきりしています。もういいよ、なんでそんなに傷ついてまでお前はまた雌を恋うて哭くのだ。そんなお前を見ているのはつらい。といった感じに鑑賞しました。

28 鶯や句碑入魂のとき叫ぶ

うぐひすやくひにゅうこんのときさけぶ

ひろみ:虚子の句碑なのでしょうか? 鶯は鳴いているけど自分は叫んでいるぞーという句ですか?

よし女:句碑の入魂が、私の中でいまひとつはっきりしないのです・・・句碑の彫った文字に墨を入れるときなのか、除幕式のときなのか。そして、かかわりのあった方の句碑なのか、ご自分の句碑なのか。いずれにしても、その儀式の折に鶯が叫んだ・・・ように思えたのでしょうか。 鶯は、身近に鳴くときは結構大きな声で、「叫ぶ」の表現は納得できます。これは、青畝師の心の昂ぶりを現しているようにも思えました。

初凪:句碑の建立などに立ち会ったことはありませんが、祝詞を上げて頂くのでしょうね。鴬がその一番のクライマックスに鳴いた、それも叫ぶ様な高い声で鳴いた、と読みましたが、、。

みのる:神戸の麻耶山天上寺境内に建立された、青畝先生の句碑建立式での作品です。

なつかしの濁世の雨や涅槃像 青畝

たくさんの弟子がお祝いの儀式に参列して句碑の建立を寿ぎました。先生もとても嬉しそうに感謝の辞を述べられましたが、鶯もまた句碑の建立をお祝いして元気よく叫んだ。と詠まれたのです。参列してくれた人々や句碑建立に労してくれた人たちへの感謝の気持ちも含まれています。そうした情景がわからないとこの句を観賞しても印象はうすいでしょうね。作品として特別優れているともいえません。でも、当日参列してお元気な青畝先生にお会いできた弟子にとっては、いつまでも思い出として心に残る句なのです。そして、この句を観賞するたびに、在りし日の先生のおすがたが蘇るのです。GHの吟行句会でも、思い出深い作品がたくさん生まれています。時がたって、集まったときに、この句はだれだれさんが此処で作ったのよ・・とか、あのときはこんなたのしいことがあったね・・などと懐かしく語り合えるのは、俳句の楽しさの一つであり、後々の貴重な財産になると思います。独りで吟行することもいいですが、数人あるいは数十人で吟旅をすることは、そうした財産をたくさん増やすことなのです。集団活動が苦手な方にとって、インターネットは気を遣うことも少なく手軽さ、気楽さという点ではとても素晴らしいです。 でも、本当の俳句の楽しさという点では、吟行句会には到底及びません。

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