明日香一泊鍛錬会の吟行記としてまとめてみました。

はじめに

こんにちは、やまだみのるです。

明日香一泊鍛錬会参加者の皆様、お疲れ様でした。 初めての鍛錬会のご感想は如何でしたか。

鍛錬会での作品の出来栄えの良し悪しや、みのる選の成績等は、全く気にされることはありません。

良い作品を詠むことや高点を競うことが目的ではないからです。

一番の収穫は、参加者全員が怪我やトラブルなく、40句という未体験のマラソンロードを完走することができたということです。

今回の鍛錬会で得られた感慨は、それぞれ異なると思いますが、学んで欲しかった要点についてみなさんの作品を引用しながらまとめてみました。 復習の意味で読んでいただけたら嬉しいです。

目次

移動中でも句は拾える

目的の吟行地へ着くまでの道中にある句材を見落としてはいけません。

バスを待つ間、バスの中、次の吟行地への移動中等々でも心を遊ばせて俳句モードに右脳のスイッチを入れておけば句が拾えますから油断をしてはいけないのです。

飛鳥路の亀バス待つ間秋しぐれ 菜々
水澄みて真砂の見ゆる飛鳥川  小袖
飛行雲直立したる天高し    こすもす

これらの句は、いづれもバス待ちの時間帯とか移動中に詠まれた作品でしょうね。

目的地についてから感性のエンジンをかけても、すぐには調子が出ないものです。 移動中や待ち時間の間も、あまりぺちゃくちゃお喋りをしないで心を無にして右脳をアイドリングしておくことが大切です。

当然のことながら、留守中の家族のことや心配事を解決しないまま吟行にでてもリフレッシュできません。 そうした身辺の前準備も十分にして吟行に臨む必要があります。特に家庭の主婦の場合は、大変だと思いますが大切なことです。

展望で句を詠むポイント

最初の吟行地は甘樫の丘でした。また、宿舎祝戸荘の裏山にも展望台がありました。

こうした高処からの展望を詠もうとするときは、漫然と大景を眺めていても佳句は授かりにくいです。 眼前の風景を注意深く観察し、その中から心を動かされるようなものを見つけて焦点を絞り込むことが大切です。 ちょうど、望遠レンズでズームアップするのに似てますね。

大景中のワンポイントに焦点を絞って写生し、景の広がりは鑑賞者の連想にゆだねるという表現法を工夫します。 絵画などで粧ふ遠山を描くとき、手前の紅葉の小枝に焦点を合わせておき、遠山は少しぼかして表現するという手法があります。 遠山だけを鮮明に写生するよりも遥かに立体感や奥行きがあり、遠山の美しさは作者の連想によってどんどん膨らんでいきます。 俳句の写生術も同じことなのです。

豊の秋ひろごる中に飛鳥寺 宏虎
山峡に煙ひとすじ里の秋  明日香
遠望に朝日弾くは鳥威   うつぎ

展望の場合に限りませんが、吟行地ではあまりうろうろと移動してはいけません。 ここと思う場所を見つけたら、最低でも10〜15分間同じ場所で落ちついて観察することが大切です。

固有名詞に捉われない

「甘樫の丘」とか「何々寺」というような固有名詞にとらわれる必要はありません。

むしろ固有名詞を使う場合には、置き換えのできない不動の情景でなければいけないのでとても難しいのです。

固有名詞の句は、何度も何度も同じ場所を訪ね、その地の風土や伝統に精通してこそ味わいのある句を詠めるもので、 初めてとか、ごくたまに訪ねて詠めるものではありません。 固有名詞の部分を省略して、より具体的な写生句に推敲するほうが佳句になる場合が多いです。

たわわなる桐の実丘を埋むかに ひろみ
黄金の稲田に浮ぶ古刹かな   せいじ

扱う季語によって詠み方が異なる

季語には、案山子とか、鳥威とか、要するに目に見える具象的な季語と、 爽やか、うららか、新涼、明易、夜長、短夜、等々の目には見えない感覚的な季語があります。

具象的な季語の場合は、ある程度季語の説明になってもいいのですが、 感覚的な季語を引用する場合は、季語とは無関係な他の状況をできるだけ具体的に写生します。 これは、取り合わせの句といいます。 あまりかけ離れた季語だと「季語動く」になりますから、 取り合わせの句の場合は、いろいろと他の季語に置き換えて推敲することも大切です。 比較のために、いくつか例句をあげてみましょう。

近づきて案山子とわかる棚田かな  わかば
畦道に案山子百態虫はやす     はく子
案山子にはあらずカメラマン動く  満天
たち並ぶ案山子ロードや峠道    明日香
畦に立つわらべ案山子は赤い靴   菜々
案山子とも人ともつかず夜の明くる 有香

案山子の句は、ほとんど説明句になりますが、如何に具体的に表現するかがポイントになります。 一方、以下には、季語の説明をしていない取り合わせの佳句を抜き出してみました。 季語の説明は一切していない点に注目してください。

神宮の神鼓の音や新松子   宏虎
宿へとる道は一筋竹の春   かれん
秋しぐれ木々の葉色の斑なる 百合
村人のすぐそこ遠し彼岸花  菜々
遠山に棚びく雲や朝涼し   よし子

取り合わせの句ではないのですが、季語が持つ雰囲気を上手に利用して、一句を組み立てるという手法もあります。 高度なテクニックの類に入りますが、季語自身が持っている本質がしっかり解ってくればとても味わいのある作品になります。

岡寺と粧ふ山を指されけり    きずな
古墳から古墳へ秋の遍路かな   つくし
気をつけての声をうしろに虫の闇 明日香
身にぞ入む頬傷深き飛鳥仏    うつぎ

季語はよく吟味して採用する

季語というのは俳句の伝統の中で育まれ熟成され、それぞれが味わい深い本質を持っています。

俳句は、17字という制限のために伝えたいことを全部表現することは出来ませんから、 それを補うために先人たちによって季語というものが育まれてきたのです。 時代の変遷によって死語になってしまった季語もありますが、 いづれにしても季語は、伝統俳句の生命線であることを忘れてはいけません。

たとい季語が入っていても、一句の中に季感が感じられなければ俳句ではありません。 極端なことを言えば、たとい季語のない無季俳句であっても、季感が存在すれば立派な俳句だといえます。 つまり俳句は、季感がもっとも重要なのです。 よく、季語がない・・・とかいって大騒ぎする人がいますが、愚かな行為ですね。

今回の吟旅では、素晴らしい小望月を仰ぐことが出来ました。

万葉の歴史を偲ぶ飛鳥の地で仰ぐ月はまた格別でしたね。 小望月というのは、満月の一日前の月であって、いよいよ明日は満月なんだなぁ〜という期待感を持っています。 ですから、もし小望月という季語を使うのであれば、一句の中にそうした雰囲気が感じられなければいけません。 たまたま、今夜が小望月だから・・・という理由で安易に採用してはいけまないのです。 先人の月の句をいくつか紹介しましょう。

十六夜のきのふともなく照らしけり 青畝
湯ほてりにゆるむ胸元十三夜    加代子

いかがですか、これらの月の季語の斡旋は、季語の本質を捉えて不動だということが納得できるでしょう。

結論を先に言いますと、私たちが通常に月を詠む場合、小望月、十六夜の類は、まず満月の句として詠んだ方が無難です。 その他の月の場合は、単に「月」と詠むのがいいでしょう。 みなさんが経験を重ねて、季語の持つ本質をしっかり手の内に入れられるようになれば、レベルの高い句も詠めるようになると思います。

真夜覚めて明日香の里の良夜かな わかば
くつきりと棚田耀く月今宵    宏虎
飛鳥野を隈なく照らす良夜かな  菜々な

次回鍛錬会への課題

最後に、次回の鍛錬会へむけての心がけや課題について復習しておきましょう。

吟行における作句姿勢

吟行と観光とは本質的に違います。 駆け足で吟行して表面的な写生で終わるのではなく、心が動かされるまでじっくり時間をかけて構えて深く観察することを覚えましょう。 慣れるまでには忍耐が要りますが、この壁を打ち破られれば、また新しい世界が開けると思います。

選句力の向上を目指す

選句力が実力のバロメーターになることは、以前にもお話しました。 慌しい句会の中であっても真剣に句を選ぶ心がけが大切ですね。 字句を間違って控えたりというのは論外です。 通常指導者は、披講のときに誰がどのような句を選んでいるかを注意深く聞いています。 その人の成長を判断するのに選句力を見ればすぐにわかるからです。

句会の中で披講を聞くという行為は、最も重要なことなのです。 決して、披講をおろそかに聞いていてはいけません。 自分の句が読み上げられているのに、うっかりしていて名乗りが遅れるということのないように注意しましょう。

推敲によって句をみがく

吟行句は、そのときの心の昂ぶりによって即興で詠んでいますから、現地で拾ってきた原石のようなものです。 一日、あるいは数日あとに、落ち着いて推敲し句を磨くことが大事です。 大抵の場合、同行した人には共感は得られるけれども、そうでない人には何のことかわからない・・・ というケースが多いので、その点をチェックして、より具体的な表現になるように推敲を重ねましょう。 添削指導というのは、そうした推敲のテクニックを学ぶためのお手伝いなのです。 なぜ、このように添削されたのかということを復習することも大切なことですね。

おわりに

最後まで読んでくださってありがとうございます。 ここにまとめたことは、GHのどこかのページに書いてあることばかりですが、 鍛錬会に参加された皆さんは、どのように感じられたでしょうか。 俳句は、理屈や理論を思い浮かべながら詠むものではありませんから、 なるほど、そうなんだ・・・という程度に覚えてくださればいいと思います。 俳句の上達は、知識を詰め込むことではなく経験の積み重ねが一番なのです。

経験というのは、句暦の年月のことではありません。 月に一回しか吟行にでかけないという人よりも、たとい30分であっても、毎日あるいは毎週吟行に行かれる方のほうが、 はるかに上達は早いです。 ぜひ、日常的な吟行の習慣を身に着けてください。 ひとりで出かけるよりも、数人の仲間で吟行し必ず句会をするほうが望ましいのはいうまでもありません。

今回の鍛錬会のために、地元の明日香さんを初め、多くの方がそれぞれの役回りを奉仕してくださいました。 心から感謝します。 厳しい残暑とハードスケジュールに追われた二日間でしたが、 心地よい余韻が残っているとのみなさんの感想をお聞きして、鍛錬会を計画してほんとうに良かったと思います。 GHの活動は、キリスト教の奉仕の精神をベースに、メンバーが互いに支えあい励ましあって、俳句ライフが生きる力になることを最大の目的にしています。 カルチャーや結社では、得てして成績競争になりがちで、つまらないことでメンバー間のトラブルが生じます。 類句類想問題はその最たるものですから、GHの和を保つために心して対処しましょう。 どうか、GH精神をご理解いただき、今後ともご協力いただきたく、よろしくお願いいたします。

2010.9.27 by やまだみのる

 

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