山門の一歩に仰ぐ青嶺かな

この作品への合評記事を投稿する。

修正はできませんが、削除・再投稿ができます。

  • あひる:山門をくぐる迄は山門ばかりが目に入っていたのではないでしょうか。歴史を感じさせる重厚な雰囲気の山門に、威圧感と辿り着いたという安心感を覺えます。汗を拭いながら、ほっとして一歩踏み込むと青々とした嶺が迎えてくれます。青嶺はずっとそこにあった筈ですが、一歩踏み込んで、初めて出合ったように清々しく感じられたのでしょう。 - 2023/06/10(土)
  • せいじ:青嶺が三夏の季語。山門をくぐってすぐに上を仰ぐと長い石段の上に青葉の茂る夏の山の稜線がのぞいている、そんな左右対称の均整のとれた美しい景色を想像した。文字の形もそれに合っている。山門を寺院の門ではなく比叡山延暦寺と特定すれば、比叡山延暦寺は南都北嶺の北嶺にあたるので、「青嶺」とも符合するし、「仰ぐ」には山門に対する敬意も含意されているように思われる。 - 2023/06/09(金)
  • むべ:「青嶺」が三夏「夏の山」の子季語。山門は寺社の出入口のことでしょうか。もしかすると比叡山延暦寺のことかもしれません。いずれにせよ、お寺には山号があるくらいなので、本来は山門も標高の高い立地だったかと思いますが、ここでは山門を入った(出た?)ところで作者は夏山の稜線を目にしたのでしょう。「仰ぐ」とありますので、上を向いて、比較的近い距離に夏山が迫っています。また、「夏の山」でなく「青嶺」とすることで、青々としたみずみずしい色彩、山滴るように見せる夏の日差しが想像できます。 - 2023/06/09(金)
  • えいいち:「青嶺」が夏の季語。夏の晴天の日、とある山上の寺へのお参りに行かれた時の句だと想像します。山門をくぐるまでは目前には黒々した門だけが見えていましたが、一歩境内の中に踏み入るとパッと緑豊かな木々とその向こうに青々とした山が現れた光景が思い浮かびます。「一歩に仰ぐ」という表現から「さあ、行くぞ」という何か心に秘めた思いと情景の転換を感じました。 - 2023/06/09(金)