第一義浮葉即ち平らかに

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  • むべ:「浮葉」は夏の季語。蓮は春に浮葉が出て、ひと月もすると立葉が伸び、やがて6月ごろ花芽が水中から現れ、20日間ほどで開花となるそうです。立葉はお皿のようにくぼみができたり、自重で葉の面が傾斜しますが、浮葉はやわらかで軽く、水面に乗っているので水平を出しているのですね。浮葉という言葉は何よりもまず平らであるという意味を持つ、ということでしょうか。眺めている作者の心持ちも平らか(満足・安定して穏やか)なのでしょう。 - 2022/05/16(月)
  • うつぎ:蓮は浮葉から立葉になるのではなく浮葉と立葉は全く別らしい。浮葉はあくまで平らかでそれなりの理由があるのだろう。丸まったり背伸びはない。そこが一番大事なところで人もまた然りと。 - 2022/05/16(月)
  • 素秀:浮葉はとにかくまっ平であったよ、まっ平でないといけないよと言っているように思えます。 - 2022/05/16(月)
  • あひる:浮葉が初夏の季語。一番大切なことは浮葉のように自分自身の力を抜くこと、そうすれば平らかに浮かぶことができるかも知れません。素十さんの俳句に勝手に想いを巡らし、安らぎを覚えました。 - 2022/05/16(月)
  • せいじ:素十は抽象的な句は詠まないはずなので、帰去来の句も柳川の白秋の詩碑を前にしたときの句とするうつぎさんの見事な鑑賞に敬服した。同じように、この句の「第一義」も具体的なものであって、よく調べてみると、宇治の萬福寺の総門に掲げられている扁額の文字のことらしい。禅寺である萬福寺の、初夏の蓮池の水面に浮いている蓮の新葉を眺めながら、自分で設定したと思われる「第一義とは」という公案に対して、「浮即平、平即浮」という答を出しているのではないかと想像した。 - 2022/05/16(月)
  • 豊実:何事も最初が肝心で、初心忘るべからず。蓮の若葉も最初は何と平らで穏やかなことか。 - 2022/05/16(月)