ある寺の障子ほそめに花御堂

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  • 今日は4月8日の灌仏会だが作者は意図せずにたまたま行き合った寺でそれを知ったようです。本堂の障子が花御堂の巾程開けられている。花御堂を飾ってますよと来た人にわかるようにか、誕生仏に外を見せるためかお寺の心遣いを「ほそめ」に込められたように思う (うつぎ) - 2022/01/12(水)
  • ある寺・・というのは、素敵な言い方です。名もない寺だったかも知れませんが・・。ネットで見ると花御堂は私が思ったよりも小さいもので、屋内に置かれているのが多く見られました。もしかしたらこの句の花御堂は本堂の中に置かれていたのかも知れません。4月上旬は障子を閉めておきたいくらい寒い日もありますが、閉めると花御堂が見えません。仏像に甘茶をかけに来る人のために、細めに開けておいたのではないでしょうか? (あひる) - 2022/01/12(水)
  • 障子と花御堂が季重なりですが、花御堂が主でしょうね。障子が少し開いていて、外から花御堂が見えてたのでしょう。ある寺なので、通りがかりかもしれません。 (豊実) - 2022/01/12(水)
  • ある寺と敢えて書いているのは作者の良く知らない、あるいはたまたま行き会った寺という事でしょうか。少し開いていた障子から花御堂が見えたので、あぁそういえばそんな時期なのだなあとの感慨かと。 (素秀) - 2022/01/12(水)
  • 花御堂が主たる季語で春の句である。「ある寺」という表現が面白い。「ある寺」とは「とある寺」の意、たまたま行きあったお寺、あっ、こんなところにお寺がある、というようなはじめてお参りするお寺なのではないかと思った。花御堂はお寺の本堂の中に飾ってあるのではないだろうか。風が強いからか、花冷えだからか、それが普通なのか、理由は定かではないが、本堂の障子は細めに(少しだけ)開けてあった。勝手な想像だが、このお寺はいま花吹雪の中にあるような気がした。 (せいじ) - 2022/01/12(水)
  • 季語「花御堂」は灌仏会のためにしつらえた小さな御堂だそうです。(本物を見たことがないのですが)四阿のような形で、春の花々で屋根が葺かれ、屋根の下には誕生仏が安置されているとのこと。お釈迦様の誕生を祝う晴れがましい気持ち、春の訪れに対する喜ばしい気持ちがこの一語から推測できます。「ある寺」はどこのお寺なのだろう?と興味を惹かれました。作者は本堂かどこか別の建物内にいて、少し障子の開いた窓から外にある花御堂が見えるのでしょうか。作者が今いる場所は暗いけれども、外の花御堂はとても明るく春の雰囲気が漂っている、そんなコントラストも感じました。 (むべ) - 2022/01/12(水)