摘草の人また立ちて歩きけり

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  • むかし、よく土筆を摘みました。同じ所に固まっているわけではないので、しゃがんでは摘み立っては歩きの動作が続きます。あまりにも当たり前に思えるこの動作を、俳句に詠みあげたことに驚きます。作者が、ずーっと長い時間、遠くから眺め続けていたことが分かります。 (あひる) - 2022/01/10(月)
  • この句も「また」の使い方が絶妙です。一場面を切り取っているだけですが踞んでは摘み摘んでは歩き場所を変えながら芹か蓬かを摘んでいることがよく伝わってきます。 (うつぎ) - 2022/01/10(月)
  • 目当ての草を探している人です。見つかればしゃがみこんで摘み、また探すために立ち上がる。作者は座っている人よりうろうろ歩き回っている人が目に付いているようです。少し離れたところから見ているような気もします。 (素秀) - 2022/01/10(月)
  • 摘草が春の季語。春の野や土手を目に浮かべて見る。目的とする若菜などの野の草花を探し回っている人々がいる。じっと眺めていると、摘んでいるときよりも立ち上がって歩き回っているときの方が目に付くのかもしれない。摘んでは歩き摘んでは歩きしている人々の動的な描写がうまいと思った。 (せいじ) - 2022/01/10(月)
  • 「摘草」は三春の季語。摘んでは立ち別の場所に移動してまた摘む……いう動作を少し遠くから眺めているところを想像しました。まだ春浅く一面に生えていないからか、一か所で取り尽くさないよう気遣ってか、場所を変えているのですね。『ホトトギス季寄せ第三版』では「摘草(草摘む)」と「蓬摘む」は別季語として立てられています。ここでの草とは食用のものなのか花を活けて楽しむものなのか……なんとなく後者の気もします。春の到来と野に出る喜び、自然を守りつつ恵みにあずかる日本人の営みを感じました。 (むべ) - 2022/01/10(月)
  • 野原で蓬、土筆などの春の草を腰を低くして摘んでいる。その内に腰が痛くなり、時々立ち上がっては腰を伸ばして歩いている。春の長閑な風景ですね。 (豊実) - 2022/01/10(月)