また一人遠くの芦を刈りはじむ

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  • 滋賀県の近江八幡で百人もの人が芦刈の作業に出ているという様子を動画で見ました。大勢の人となるとつい「大勢で・・」と詠みたくなると思いますが、「また一人・・」と一人の人に焦点を当てています。広大な芦原で一人一人が違う動きをしていることへの気付きが新鮮でした。 (あひる) - 2022/01/09(日)
  • 芦刈は晩秋の季語。一斉にここからと決められているのではなく一人来、二人来して遠くの方から刈り始めている人もいる。広い芦原を地域の共同作業で刈り取り守らている様子が無駄の無い効果的な言葉で現されています。共同作業の活気まで想像できます。 (うつぎ) - 2022/01/09(日)
  • 広い芦原に大勢の人が働いているようです。次々と人が増えて遠くの芦が刈り倒されています。 (素秀) - 2022/01/09(日)
  • 歳時記を開きますと、「芦」は三秋ですが「芦刈」は晩秋の季語。季語とはグラデーションを持ちとても細やかなものだと感じます。芦刈は晩秋から冬へ移ろう季節に湖畔や河畔で見られる風景で、広い範囲を大勢で刈る作業にまた一人加わったことがわかります。芦刈という共同作業をする喜びや、人の手が入って保全されていく自然に対する愛情を感じました。素十さんの「芦刈のそこらさまよふ一人かな」という句もあるようです。 (むべ) - 2022/01/09(日)
  • 芦刈が秋の季語。琵琶湖畔を想像する。手分けして芦を刈っているのではないだろうか。村の共同作業かもしれない。芦は屋根を葺いたり葭簀の材料にする。あっ、また一人加わってくれたよ、の思いが感じられる。 (せいじ) - 2022/01/09(日)
  • 刈りとった芦を売って細々と生計を立てていた人がいた。まずは、遠くの人目につきにくい芦原から刈り始めた。 (豊実) - 2022/01/09(日)