みのる:難聴には感音難聴、高音域難聴など様々な種類があり、その程度も軽度、中等度、高度、重度とさまざまだそうです。揚句の主人公のおばあちゃん(おじいちゃん)は全く聞こえないのではなく、かえる解にあるような音域難聴なんだと思う。ぼそぼそとした生活会話には馬耳東風を決め込んで聞こえないふりをしておられるのでしょう。でも今日は帰省してきた孫たちと一緒に賑やかな晩餐、嬉しい内容の話題に思いがけなく反応したので「あら、おばあちゃん聞こえてるの?」と声をかけると「わたしゃ勝手つんぼでね」と笑って答えたのである。
康子:お盆行事で親族が集まっているのでしょう。準備をする中でご長寿に何かを聞いても、聞こえているのかいないのか笑っていた。私の義父は耳が遠いにも関わらず「みんなが小さい声でモゴモゴ喋るから聞こえないんだ」と言い、都合の良い時だけ聞こえます(笑)掲句もそんな感じでしょうか。ほのぼのとした雰囲気ですね。生身魂の季語により、笑いの中にもご長寿の方を敬っている様子が伺えます。床の間の上座に座り、お盆のお食事は真っ先に運ばれ、ご長寿の方が食べ始めてお食事が始まるのでしょう。私には使うには難しい季語ですが、ほのぼのとした光景が浮かぶ御句でした。
かえる:お年寄りへの悪口で、大きな声で話しかけても聞こえないのに、聞かれないようにヒソヒソ話すことはよく聞いている、というのがありますが、これは誤解で、聞き取りやすい音域が年代によって違うのだと伺ったことがあります。かく言う私もモスキート音の聞こえない年代ですから、人ごとではありません。生身魂は経験値を積んだ百戦錬磨ですから、つんぼを装うこともあるのでしょうね。本当に聞こえていない時と、そうでない時を家族はきちんとわかっており、それを悪口ではなく笑い話に消化しているところに温かみを感じます。久しぶりに集まった家族の笑い声が聞こえてきそうな素敵な句です。
よし女:愛があり賑やかで楽しげでこの句と一緒になって笑ってしまいました。都合の良いことは聞こえて返事をし、悪いことには聞えないふりをする。一座の近しい人がこのお年寄りのことを言われたのでしょう。私も最近は耳が遠くなり「勝手つんぼ」なのです。このほかにも「つんぼの早耳」「つんぼ桟敷」など似たような言葉がありますね。差別用語と言われることのなかった時代のものでしょう。生身魂の季語は尊者その人を指すとも言われるので深い意味を持ち難しい季語で、この一句は上手く使われていると思います。