みのる:朱塗り門とあるので鶴岡八幡宮のような大鳥居ではなくて朱塗りの大楼門でしょうね。楼門は磴のうえに立っていて実際は緑を踏んまえ立っている訳ではないが遠景で万緑の景の中に立つそれはそう見えたということだと思う。緑の中に立つ朱の門はひときわ目立つ存在でしょう。
かえる:踏まへて、をより強めて踏んまへてとすることで、門のどっしりとした揺るぎない様子が伝わり、また声に出して読んだ時に心地良いリズムが生まれています。万緑と朱塗りの御門の取り合わせが、色彩の美しさも際立たせていて、この句の完成度の高さを感じます。
むべ:朱塗り門というと、京都の「祇園さん」、八坂神社あたりを想像しました。私は高校の修学旅行で行ったきりですが、円山公園も隣接していますし、初夏は緑豊かなところではないでしょうか?西楼門の後ろには大樹が結び葉となり、満目の緑と門の朱のコントラストが、初夏の強い日差しにくっきりと浮かび上がりました。「踏んまえて立つ」という措辞により、朱塗り門が立派な大門であることがわかります。またその色のコントラストにより、万緑という季語にみなぎるような夏の生命力を感じます。
康子:先日、大鳥居が万緑の中で堂々と立っている姿を見て、その美しさをどう表現したらよいか悩んでいるところでした。掲句の「踏んまへて立つ」の表現がぴったりの状況で、こう表現すれば良いのかと思いました。「佇つ」とせず「立つ」としたことで、朱塗り門が意思を持って堂々と立っている姿が浮かび、大きな門であることも分かります。朱塗りとの対比により若葉の緑が生かされ、また大きな門との取り合わせにより包み込むような万緑が表現されていると思いました。