みのる:この蹲は完全にバードバス化しているようです。何日も放置すると汚れるし、お天気が続くと自然蒸発して水が減ることもあって、そうした情況になると小鳥たちも水浴びしに来なくなる。ふとそれに気づいた作者は早速綺麗に掃除してから新しい水を満たしたのである。季語の「小鳥来る」をうまく扱った作品だと思う。
澄子:庭に置かれた手を清めるための底浅の蹲踞をイメージしました。中型の鳥にも小型の鳥にも水浴びには程よいサイズ感。「小鳥来る」とは、本来ツグミやレンジャク、ムクドリ、ヒヨドリ等 秋もかなり深まった頃に群れをなして飛んで来る鳥の事を指す季語とか……この蹲踞にはこれらに加え カラ類 ヒワ スズメ等も訪れるのでしょう……鳥を観察していると 他の鳥とは容易に空間を共有しようとしない野性の本性があり、待つか追い払うか追い払われるか……蹲踞水面の水しぶきの燦めきと共に 絶え間なく小鳥が訪れるひと時の情景を思いました。
えいいち:当初この句を読んで常識的な句だなあ、と思っていました。が、何度か読んでいると作者から「いいこと教えてあげるよ・・」と言われているように思えてきました。私流に言えば・・「蹲に水を満してみろ。小鳥が来るぞ、きっといいことがあるぞ!」という感じです。そうか、小鳥が来るのか!と思うとスカッとしてウキウキするような気分になります。なんだか呪文みたいで面白いです。
康子:満たせば…の措辞により、小鳥が水浴びや水飲みをしやすいようにと満水にしてあげたのかと思い愛を感じました。小鳥たちが山里から降りてくる秋。蹲踞に水を張って小鳥が来るのを待ち、やってきた小鳥の姿にしばし癒されているのでしょうね。作者の御句には度々蹲踞が現れるので、作者のお庭なのでしょうか。お庭の木々や澄んだ空気、小鳥の声や水の音も聞こえ、秋を楽しんでいる作者が浮かびました。
かえる:水を満たせば、とあるので、循環型のものではなく、陶器やくり抜いた石を使ったシンプルな蹲踞を思い浮かべました。数日間、からっとした秋の晴天が続いていたのかもしれません。蹲踞がカラカラになっているのに気づき、慌てて中をお掃除をしてお水を汲んで。綺麗なお水に惹かれて、小鳥がやって来るのを作者は目を細めて見ている。穏やかな秋の空気が感じられます。
むべ:作者のお庭に蹲踞があり、そこに水をなみなみと満たしたら、小鳥たちが水を飲みに、あるいは水浴びに来てくれた…家の中からもよく見える位置に蹲踞があり、そっと微笑みながら小鳥たちの様子をうかがう作者を想像し、温かい気持ちになりました。慰めに満ち、小さないのちへの愛情も感じます。「石蕗日和つくばゐは今バードバス」の御句を思い出し、季語は違いますが、どちらの御句も小鳥たちの生き生きとした姿が立ち上がってきて、秋の穏やかな日差しも感じられてほのぼのします。