みのる:子供の頃に市場などでこの光景を見たような気がします。昔は木箱の中に麦わらを緩衝材にして入って流通していましたので店頭にはこうした置き方になったのだと思う。モニュメントのように高々と積まれたものではなくせいぜい三、四段を一単位として幾つも並べられたものを併立するピラミッドに見たてたのでしょう。確かに現代のスーパーでは見られない光景なので原産地の露店商の感じですね。売り声も聞こえてきそうです。
えいいち:季語がリンゴで季節は冬です。そのリンゴがピラミッド型に積まれています。そしてそれを修飾のない「売る」という味気の無い終止形の措辞で状況を説明しています。冬・ピラミッド型(四角錘)・売る、、寒々しい光景をかんじます・・・が、しかしそこには寝かし終わったリンゴの実が沢山あります。目を閉じてその光景を頭の中で描くと・・なんともリンゴが力強く色鮮やかで自然の力の結実のように思えてきます。
澄子:林檎の球体と球体の集合体としての四角錐。球体を整然と並べ積み重ね四角錐となる規則的で秩序だった美しい造形に囚われ今回私には背後の景や心情が見えてこなかった……ピラミッドという言葉に拘り過ぎたのかもしれません。確かに観光客に人気のある地方の市場の開店間もない情景のようにも 林檎に関した大きなイベント会場のようにも取れますが 雑然とした周囲の雰囲気とピラミッドという確たる形があまりにも乖離しているように感じられました。(小山となりて)とか (さながらピラミッド)なら景も見えてくるのですが……そのうえ(積まれて林檎売る)と極めて素っ気ない表現。私には合評出来ない難解な一句でした。
康子:下五のリンゴ売る、の措辞により売り手目線で読んでみても面白いと思いました。りんご農園が続く道路に農家さんのお店がたくさん出ている。いかに美味しく見せようとお店により陳列方法はさまざまで、上手にピラミッド型に積んでいるお店があった、と考えるとユーモアがあります。積まれて、の措辞もリンゴ目線で楽しいです。もしかしたら小さいリンゴは下の方に並ばされてるのでしょうか。「リンゴ」がカタカナなので句全体が軽快な雰囲気となり、読み手に楽しさが伝わる句でした。
むべ:「ピラミッド型に積まれて」という措辞からわかるのは、そこが一大産地であり、今まさに旬を迎え、ふんだんに収穫され、おそらく単価も安いだろうということです。青森、岩手、長野あたりではないでしょうか。作者が旅先で出会った光景かなぁと想像します。「林檎」とせず「リンゴ」としたところにも、言葉に軽みがあり、地元の人々にとって気軽に食べられる身近な果物であることを感じさせます。生活感とリアリティがあり、季語が上滑りしないところがさすがです。
かえる:スーパーの林檎は、大事に数個ずつ袋に入っているか、かごに乗っているか。大胆にピラミッド型に積まれるような林檎は、おそらく形が悪かったり、小粒だったり、少なくとも高級品種ではないのでしょう。青森の市場でそんな光景を見たことがありますが、ひとつ20円とか30円で売られていましたが、きっと美味しいのでしょうね。気軽なおやつなのか、地元の方がたくさん求めていました。林檎の産地はきっともう冬の気配。あんまり安いので、作者も少し買って帰ろうか、でも重いなと思案されているのかもしれません。