あひる:大きな鳥の翼のように、風に揺れる芭蕉の葉ですが、その中で折れた一葉が垂れたままになっているのかと思いました。暑い夏を過ごし、秋を迎えている葉は硬く乾燥して、ところどころ破れてもいるのではないでしょうか。羽ばたくことの出来ない大きな一葉にふっと哀れを感じ、労いの気持ちも覚えます。

えいじ:「芭蕉」は、私の歳時記には初秋の季語とあります。芭蕉は大きな葉なので「翼」と呼ぶに相応しいです。その大きな「翼」がなにかの拍子で折れてしまって、秋の風にも羽ばたかなくなった情景でしょうか。芭蕉を見に、近くの植物園に行ってきました。確かに大きな葉で風を受けてゆれてましたが、詠み手は、芭蕉の葉が意外にもゆれないでいる情景に哀愁を感じたのでしょうか。宜しくお願いいたします。

えいいち:芭蕉が三秋の季語。芭蕉の大きな葉を翼と見立てて詠んだ句です。あまりに大きくて風に煽られ折れたのでしょうか、風にはばたかなくなってしまい少々残念な気持ちです。

むべ:「芭蕉」が三秋の季語。幅広の大きな葉が特徴的な芭蕉ですが、この句ではその葉を翼に見立て、葉が風に揺れることなく自重で折れて垂れている様子がわかります。秋の風はきっとそよ風で、葉は少しも戦ぐことがないのでしょう。上五の「翼折る」が詩的ですてきな措辞だと感じました。芭蕉の関連季語は多く、「芭蕉巻葉」が初夏、「芭蕉の花」が晩夏、「芭蕉葉/芭蕉林」が初秋と、季節の移ろいがとても細かく季語分類に表れていますね。この句は9月くらいかなぁと想像しました。