せいじ:秋の雨が三秋の季語。「泪走りす」が独特の表現であり、自分の思いを託しているかのようである。何か悲しい出来事があったのだろうか。

えいじ:「秋の雨」は、三秋の季語です。春、夏、冬にも雨は降るのですが、「泪走りす」という措辞には、秋の雨しかないと分かりました。この句は、追悼句だと思います。ホテルにあるような展望ガラスには、折からの雨が主人公の悲しみの泪のように流れ落ちている。その情景を詠まれたのだと思います。宜しくお願いいたします。

えいいち:「秋の雨」が秋の季語。私には大玻璃という意味が難しかったのですが皆さんの感想を読み大きなガラス窓だとわかりやっと句を鑑賞することが出来ました。ガラス窓に着いた雨垂れは季語と泪走す・・という措辞によって悲しみと寂しさが見えます。そしてさらに大玻璃が大きなガラス窓ということで目の前すべてが泪となって季語にも増して作者の深く悲しい気持ちをさらに表しているのだと思いました。私にはとても悲しい思いの句のように感じました。

あひる:泪走りという措辞が生きてくるのは、やはり秋の雨だからこそでしょう。秋は感傷的な気分になります。BGMの流れるカフェの窓の外を見ていると、大玻璃を雨粒が次々と流れて落ちてきます。風に吹かれて少し斜めに!ひと粒、またひと粒と。

むべ:「秋の雨」が三秋の季語。この句の肝は中七の「泪走りす」だと思います。大きなガラス窓に降り続く秋雨が当たって、涙が流れるように落ちていく光景がありありと目に浮かび、こんな措辞があったのか!ととても驚きました。秋らしい、ややメランコリックなもの寂しい気持ちも感じました。