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目次

11月29日

しぐるると子安の小貝濡れにけり

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(しぐるるとこやすのこがいぬれにけり)

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11月28日

隙間風十二神将みな怒る

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(すきまかぜじゆうにしんしようみないかる)

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11月27日

妓生は長夜の宴をはづしけり

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(キーサンはながよのえんをはづしけり)

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  • 昭和46年訪韓での作。

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11月26日

ベツレヘムの星と思へば悴まず

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(ベツレヘムのほしとおもへばかじかまず)

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11月25日

跫音の通天冬に這入りけり

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(きようおんのつうてんふゆにはいりけり)

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  • 京都東福寺での作。
  • 足音が乾いた空気に響き天に響くほどである。いよいよ冬であるなあ。 (素秀)

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11月24日

ゆげむりのごとくに蕎麦を掻きにけり

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(ゆげむりのごとくにそばをかきにけり)

合評
  • 蕎麦掻き、蕎麦の粉に熱湯を掛けてかき混ぜて食べる。イメージははったい粉に近いのかと思います。湯気を立てながら混ぜている光景が、温泉の湯もみのように見えたのかもわかりません。 (素秀)

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11月23日

神農の虎三越をまだうろうろ

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(しんのうのとらみつこしをまだうろうろ)

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  • 神農祭神の張り子の虎を持つ人たち。ぞろぞろと三越あたりを歩いているようです。 (素秀)

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11月22日

鬼無里みち釣瓶落としにいそぎけり

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(きさなみちつるべおとしにいそぎけり)

鬼無里--きさな、と読む。信州戸隠村の隣村である。能や歌舞伎の「紅葉狩」で有名な荒倉山の麓にあり、長野市から西方へ裾花川沿いの断崖がつづく道を約20キロ遡る。千二百年ほど昔、親と共に京都から流罪になった紅葉は、この山里(古名は木麻)にたどり着いて住みつくが、心ならずも野盗団などに担ぎ上げられて、その首領となり、そのため都から派遣された平維茂(これもち)の軍勢によって誅伐された。ときに三十三歳。忠実による物語で、その以降、鬼無里村と書かれるようになったのである。秋の落日は深井戸に釣瓶が落ちてゆくように早いと例えた「釣瓶落とし」という俗語が俳句の季語になったのは比較的新しい。固有名詞のイメージが季語に結びついて、なにやら鬼女に追われているような心地がする。

合評
  • 鬼無里を訪ねた。山道に夕暮れが迫っている。急がなければならないが、秋の日は釣瓶落とし次第に暗くなってくるのである。 (素秀)

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11月21日

蟹味噌をせせりやめざる箸の味

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(かにみそをせせりやめざるはしのあじ)

青畝師はたびたび日本海に面する兵庫県香住に出かけた。近くには円山応挙の絵を多く蔵する大乗寺、余部の鉄橋もあったが、香住と言えばなんと言っても蟹だ。だから行くのはいつも冬だった。大雪になることが多く、暮れの早い駅を降りると、道のそばで蟹を大釜で茹でる湯げむりが立ち上っていたりした。青畝師は美食家ではなかったが、その作句から推して鮎と蟹がとくに気にいっていた。大きなマツバガニのぎっしり詰まった身は勿論だが、甲羅を外したとき溢れるほど入っているみそは絶品である。旬のものを本場に行って食べるのが美味求真の境地だが、その中でも蟹こそは最高の海の幸、日本人は遥かのむかしから、この醍醐味を楽しんできた。太安万侶(おおのやすまろ)が撰録した日本最古の歴史書「古事記」には、応神天皇が角鹿(つぬが)の蟹を賞味して即興歌を詠まれたとある。角鹿とは今の敦賀である。

合評
  • 蟹味噌があまりに旨くて止まらい。箸に染みた味さえも惜しいほどだ。食べ物の句は旨そうでないといけないと言いますが、いかにも美味しそうで蟹が食べたくなるほどです。 (素秀)

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11月20日

夕づつの光りぬ呆きぬ虎落笛

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(ゆうづつのひかりぬほきぬもがりぶえ)

夕づつは素秀解のとおり、もがり笛というのは冬の烈風が竹垣や柵にあたってヒューヒューと鳴る音をいう。大和高取に生まれ育った作者が、大阪の阿波野家に入って4年を経た28歳の時の句である。その4年後に刊行された『万両』は、はげしい望郷の念をこめた句集だったと青畝師は述懐している。これはその中でも白眉をなす一句だろう。生家の付近は人家の少ないところで竹藪が多く、読書好きの少年の部屋の窓からも見え、裏度を出てもすぐに高取山麓斜面の竹藪があり、そのあたりによく佇んだという。竹藪を揺るがす虎落笛や、西の夕空に光る金星は、青畝師のなつかしくも強烈な原風景の一つであったと思う。風が強い日ほど星は瞬く。光りぬ、呆きぬ、と切れを重ねて、その明滅を鮮明に印象づける。「呆く」とはこの場合一瞬ぼやけることである。

合評
  • 夕づつ、宵の明星、金星の事。夕暮れにそろそろ宵の明星も光りだしたというのに、虎落笛は呆けたように鳴り続けているものだ。 (素秀)

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11月19日

磁の皿に安定せざる牡蠣を食ふ

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(じのさらにあんていせざるかきをくう)

牡蠣は岩礁にくっついて育つので、殻の形は一定しない。そのため皿に乗せると少々がたつく。この句の詠まれた時の料理はオイスター・レモンだろう。殻に入ったままの牡蠣にレモンを絞ってしたらす。新鮮でよく太った軟体をとろりと啜り込むはこたえられない味である。5個ぐらいの牡蠣を形良く並べた皿は磁器で白を主調にした洒落た絵柄のものと思われる。この料理には辛口のワインがよく合う。

この句は「磁の皿」とゆとりある表現を置き、つづいて「安定せざる」と実感のこもった現代的な言葉を使い、磁器の硬質な肌と触れ合うカキ殻の音が聞こえるようである。言葉が絶妙な配慮によって組み合わされ、しかも粋な品格を備えている。透徹した写生眼と自在でゆたかな表現が融合して独自の詩的世界を結晶させた一例である。

合評
  • 磁器の皿に牡蠣が殻付きの並んでいる。牡蠣の殻は凸凹でふらふらと揺れている。牡蠣を皿に押さえつけて食べているのである。 (素秀)

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11月18日

尚あまりありつつ芦を刈りにけり

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(なほあまりありつつあしをかりにけり)

昭和5年の作。昭和初頭と言えば、淀川の河口近くにはいたるところに芦(蘆、葦、葭も同じ)の原が果てしなく続き、芦刈舟に乗って刈っている風景が見られあという。古くから「津の国の難波(なにわ)」とよばれる芦の名所であった。「津の国の減りゆく芦を刈りにけり 夜半」という句もある。青畝師のこの句は、いくら刈っても刈っても刈り尽くせないさまを詠んでいる。芦刈という仕事には古典的な情趣があり、はかなげな風情を伴う。能に「芦刈」があるが、昔は芦を刈って売る歩く男がいた。

「尚あまりあり」は『百人一首』の順徳院の「ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり」から引用された。順徳上皇は後鳥羽上皇の子で、鎌倉幕府打倒を企てた承久の変で父と共に捕えられ、父は隠岐へ、子は佐渡へ流され、ともにその地に歿した。父も名歌人で『百人一首』に採録されている。

合評
  • 芦を刈っている。精を出してかなり刈り込んだのだが、まだまだもう少しと刈り続けるのだ。 (素秀)

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11月17日

焚火魔としての寒山拾得視

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(たきびまとしてのかんざんじゆつとくし)

有名な寒山拾得図は、中国の僧衣をまとった二人が落葉を焚いているか、あるいは一人が経巻を開き、もう一人が箒を持っている構図が多く、中国でも日本でも伝説的な水墨画の画題になっている。浙江省の天台山は、隋代の六世紀末に国清寺を中心にした天台宗の総本山となり、最澄など日本の留学僧もここで修業を積んだ。寒山、 拾得は唐代(七、八世紀)に実在した国清寺の僧で、二人とも奇行が多かったが、仏教の哲理に通暁し、寒山は詩でも名声があった。詩禅一如、ともに飄々として生き、位階にはつかず、在世年代は不明である。

この句は「焚火魔」(よほどの焚火好きという意)と見なすと表現したのが面白く、「視」という一字で止めた放胆叙法が、超脱俗の主人公たちの雰囲気に通じている。自由自在の境地に遊ぶ青畝師の名人芸の一端を見る思いがする。

合評
  • 寒山拾得は唐代の詩僧、奇行で知られ森鴎外の短編小説にもなっている。枯れ葉を掃き集めて焚火をしている絵などがあるので、焚火を見て寒山拾得を見たのかもしれません。 (素秀)

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11月16日

切能となればほろりとしぐれけり

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(きりのうとなればほろりとしぐれけり)

一日の番組のフィナーレを飾る五番目の切能は、鬼神や天狗を主人公として見た目に派手なものが多い。たとえば「紅葉狩」「山姥」「船弁慶」「大江山」や「鞍馬天狗」「土蜘蛛」などである。この句は演能も終わり近くになり、ふと外を見ると、しぐれていた、というのだが「ほろりと」という表現が、いかにも青畝師らしく、ものやわらかな言いまわしで、能の世界に遊ぶ陶酔感、そしてほのかな疲労感を滲ませている。格調が高く、磨き上げた感性による情緒を匂わせ、極めて愛 誦性に富む句である。

合評
  • 切能、五番立で最後に演じるので切能と呼ばれる。シテとして鬼や天狗など怪異なのものが現れる演目。しかも最後となれば時雨のよく似合う雰囲気になるのでしょう。ほろりと、のオノマトペがぴったりです。 (素秀)

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11月15日

魂ぬけの小倉百人神の旅

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(たあぬけのおぐらひやくにんかみのたび)

百人一種には多種あるが、いわゆる小倉百人一首がその元祖として人々に親しまれ、江戸時代以降は "歌がるた" として流行した。鎌倉初期、藤原定家が嵯峨の小倉山にある別荘で撰したものといわれる。この句は、宝塚に近い売布にある小社での作。拝殿に三十六歌仙の額がかけられていて、古びてはいたが拾い読みできた。三十六歌仙にもいろいろあるが、平安中期、藤原公任(きんとう)による「三十六人撰」が最も有名で、人麻呂、貫之、赤人、家持、小町、遍昭、業平・・・。その多くの名は小倉百人一首にもあり、少年時代から古典を熟読していた作者には「小倉百人」は自然に浮かびでた言葉だと思われる。陰暦十月は神無月、参詣者も少なく、歌仙たちの姿も侘しげに見えるのを「魂ぬけの」と表現した。一句を構成している言葉が、微妙にひびきあって、独自の風雅の世界を描き出している。

合評
  • 難しい句です。神が旅するように魂が抜けた小倉百人も一緒に行くと読んだら間違いでしょうか。 (素秀)

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