吟行での作り方

やまだみのる

作句の壺シリーズ

客観写生について誤解があるようです。

"客観写生とは -->> 見たままをそのまま素直に言葉に写生すること。"

多分ぼくの説明が足りなかったことが原因だと思いますが、 これをそのまま実践するとじつは説明、報告の句になります。

そうではなく、俳句はまず先に『感動』とか『驚き』とかが生まれる までじっと辛抱する必要があります。

ぼくの場合、これと思う対象を見つけたら、 そこを動かないで最低でも10分くらいは観察します。 長いときは1時間以上のときもあります。 そうすると必ず何か変化がありますし、心を動かす情景に遭遇するはずです。 紫峡先生はよく、"対象物のほうから語りかけてくるまで辛抱して待つ" といわれました。 そのときの感動や変化を素直に言葉に写すのです。 これが正しい吟行での作句態度です。

吟行というとよく、ハイキングのように次から次と場所を移動して歩き回られる方があります。

これでは、感動に出会うことは出来ません。 最初は難しいかもしれませんが、忍耐して頑張ってみてください。 繰り返し訓練しているうちにそうした作り方に慣れてきます。 そしてやがて吟行に行かないと句が作れない・・・。というふうになって来るんです。 いいかえれば、家の中で今日のノルマの句を作るのに四苦八苦しなくても、 吟行散歩にさえ行けば何かは作れる・・という具合になってきます。

俳句は苦しみながら作るものではありません。 生活の雑事を忘れて心を無にし、自然の営みや変化に心を遊ばせて気分転換を図る。 そして、句が授かるまで、自然からのメッセージを待つのです。 句が出来ても出来なくても気にしないで、一句でも拾えたら儲けものというくらいに 気楽に俳句に親しまれたらいいと思います。 句会の成績に一喜一憂し、好調だ不調だと騒ぐのは愚かです。

(2001年7月1日)

 
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