2002年11月

青畝俳句研究(合評)

01 登高や妹もしてみる股覗き

 とうこうやいももしてみるまたのぞき

みのる:おやおや、みなさんどうしましたか?昨日までの賑わいが何処へいてしまったのかと急に不安になりました。ぎょっ!と驚いて鑑賞文も書けない・・・と言うことかもしれませんね。これは、股のぞきで有名な、日本三景の一、丹後宮津「天の橋立」での句だと思います。

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登高と言う季語はなじみが薄いかも知れませんね。歳時記で調べてみて下さい。「重陽」「高きに登る」という見出しで載っていると思います。妹(いも)と言うのは、妹背、つまり自分の奥さんのことです。吾妹(わぎも)、吾妹子(わぎもこ)とも使われます。これで、意味が分かりましたか?。俳句に大切な要素の一つとして、「滑稽」があります。俳諧的な滑稽という意味で、この句は面白いですね。青畝先生には、結構この種の作品があります。何とも言えないユーモアを感じるでしょう。

ほとり:股覗きって、身体を前に折り曲げて股の間から向こうの景色を見ることで、私も子供の頃、そうやって遊んだ記憶があります。作者は奥様と山登りをして、山頂に着いたときに、童心に返って股覗きをやってみた。「ほら、お前もやってごらん。赤や黄色に染まったあの山も、また違った美しさに見えるよ」奥様も童女の気持ちになって同じようになさった。お二人の笑顔が浮かんでくるようです。中国起源の登高という秋の季語をはじめて知りました。

ほとり:投稿したら、既にみのるさんの解説がのってました。「天の橋立」って股覗きで有名だったんですか。またひとつ知識がふえ、感謝です。

とろうち:天橋立が股覗きで有名なことは知っていましたが、登高とあったのでどこか夫婦で登山をした時のことかと思っていました。天の橋立って高い所にあるんですか?。先日のドレッシングの句といい、仲の良いご夫婦の姿が見えますね。やっぱりドレッシングの句は奥様がシャカシャカしていると考えるほうが好きです。最近、お絵かき掲示板に今日の一句を勝手に描かせていただいてますけどいいのかな?

一尾:登高が秋の季語とは気づきませんでした。広辞苑では「高い所に登ること」とありますのでこれは登山のことか、いや、これでは夏の季語。「高きに登る」と秋の季語には遂に到達できませんでした。股覗きは一度あります。社員旅行の折、みんなで覗けば恥ずかしくもなかったのでしょう。それにしても愉快な俳句ですね。

きみこ:高い所に登ると見渡す限りの素晴らしい景色に奥さんも、股のぞきをされたのでしょう。最近天橋立に行く機会がありましたので雰囲気はよくわかります。股のぞきは以前に何度かしたことがあります。高い所には登らず、長く続く松林を歩いてみました。波打ち際の松林の真ん中に3m程の遊歩道があり長々と続いていました。のんびりと楽しみました。

たけし:日本三景は松島に7〜8回、天橋立は20年ほど前に1回、宮島はいまだ機会無し。松島と天橋立の共通項は穏やかな海と松だったけど、宮島も松なのかな?。天橋立では、股覗きをすると松並木が天にかかる橋のように見える、と言われてわざわざ小高い岡の上まで行って股覗きしたけど、あまり感慨なかったなあ。という記憶です。うむ、色々愉しんで俳諧しよう。

次郎:みのるさんのコメントでは、丹後宮津「天の橋立」での句だと思います。となっていますが、個人的には天の橋立でない方がうれしいです。天の橋立ですと股覗きで有名ですから多くの人が股覗きをするので趣が半減するような気がします。いずれにしても、この句からはお二人の仲のよさが伝わってきます。奥さんはスラックスだったのでしょう。和服だとちょっと難しそう。

蓬:股覗きという3文字だけで天橋立という地名を、登高で見晴らしのよい場所、妹もで夫婦、と省文字の極意ですね。他の観光客にまざってご夫婦で股覗きの図。微笑ましい光景が浮かんできます。わずかな言葉で光景が浮かびます、この光景までのご夫婦の会話やこの後のご旅行の様子まで想像してしまいます。

02 村人に田ごとの鶴となれりけり

 むらびとにたごとのつるとなれりけり

よし女:鶴の飛来地で浮かぶのは山口県熊毛町、または鹿児島県出水市です。出水の鶴は一万羽に近い数で、熊毛町の鶴は年々減って昨年は十八羽ということです。今年も鶴飛来の便りがありましたが、車に驚いて翔ち去ったと耳にしました。青畝先生の鶴は何処なのでしょうか。私は熊毛の鶴ではと思うのですが。見られた頃は、きっと今より多かったのではないでしようか。「田ごとの鶴」でそんな気がしますし、「なれリけりで」田んぼを鶴に明け渡している村人を思いやる気持ちと、田の面をついばむ鶴への強い感動が想像できます。

ほとり:毎度、超初心者の質問おゆるしください。よし女さんのコメントのおかげで「田ごとの」が「田んぼ全部をそっくり」ということがわかったのですが、「村人に」の「に」は、「にとって」ということでしょうか。また、「なれりけり」と「なりにけり」の違いもわかりません。お助けください。

とろうち:ほとりさんとほとんど同意見です。今日の句はさっぱり分かりません。「なれりけり」という言い方は初めてみました。がんばって考えてみるに、どのたんぼにも鶴が舞い降りている。あれは○○さんちのたんぼの鶴、こっちは××さんちの鶴。毎年お馴染みの風景。ああまたこんな季節になったなぁという感じでしょうか。ああっうまく言えないっ。

一尾:村人こぞりて鶴になった訳ではあるまいし。でも田に働く姿はまさに鶴の動です。勤勉な農村の姿ですね。

次郎:一尾さんの解釈が良いような気がします。どの田の区画にも村人がまるで田毎の鶴のように入って作業をしていることだなあ〜と。ポイントは「に」の用法ですね。辞書で引くと山ほど種々の用法があり上の解釈が一番無理がないように思いました。

みのる:よし女解が正解です。山口県熊毛郡熊毛町八代の鶴は有名ですね。その季節になると、一羽、また一羽と、鶴が飛来してきて田んぼをついばんでいる情景。村人たちもまた、その生活の中で鶴の飛来を愉しみにし、鶴を愛しているんですね。そのような風土を踏まえて、あっちの田にも、こっちの田にも、鶴がやってきているなあ〜と思われたのです。一羽、二羽のパラパラとした鶴ではなく、田ごと・・なので、広範囲にある程度の数が読めることが連想できますね。

ところで、用語のことですが、ぼくも詳しくは説明できません。「なり」は終止形の詠嘆ですね。 なりにけり・・終止形の詠嘆・・・になってしまったことよ・・「なれ」は「なり」の己然形に、「り」がついた形です。「り」の語源は、動詞「あり」と考えられるので、本来は動作、作用がすでに行われた意と取れますが、「なれり」の「り」は動作、作用の結果の存続を表していると見ます。「なれりけり」は、・・・になったなぁ〜と詠嘆しながら、そこからまだ動作、作用が継続することを意味していることになりますかね。そこまで考えて使い分けされたかどうかは、天国の青畝先生にお聞きしないとわかりませんが、ぼくだと、「なりにけり」しか出てこないと思います。 「なれりけり」のほうが、より強い詠嘆が感じられますね。このあたりの解説は、敦風さんの出番なんですが・・・

光晴:私も、村人にの「に」の解釈に迷ったのですが、これは、村人に田の様子を聞けば、の省略だと思います。村人の話の内容が「なれり」までで、けりは、だってさ!そんなに鶴が来ているのだ、と青畝師が驚いている様に受け取りました。

敦風:「なれりけり」については、おおむねみのるさんの解説なさった通りだと思います。「動詞の已然形」+「り」+「けり」の形自体は、昔はごく普通に用いられていたようです。ただし、最近はどうも使用例が少ないンじゃないか、とくに「なれりけり」は余り使われていないように思います。そういう中で有名なのは、おそらくの石川啄木の歌 などでしょう。「いつしかに夏となれりけりやみあがりの目にこころよき雨の明るさ」「あめつちにわが悲しみと月光とあまねき秋の夜となれりけり 」「馬鈴薯の花咲く頃となれりけり君もこの花好きたまふらむ 」 

みのる:村人に・・は、毎年鶴の飛来してくるのを、愉しみに待ちわびている村人たちに・・一羽、また一羽と日毎に鶴が飛来してきて、いまはその数が田ごとに満ちた。という意味です。鶴はあたたかく自分たちを迎えてくれる環境に、安心して飛来してくるのですね。村人と鶴との信頼関係に先生が感動されて生まれた一句です。よし女解の通り、八代はあまりに有名になりすぎて、鶴見物の観光客がどっと押し寄せたためか、年々その数が減っていると言うことです。寂しいですね。

敦風:ちょっと理屈っぽく考えると、「田ごと」は「田毎」だろうから、田んぼひとつずつごとに、という意味だろう。「田ごとの鶴」は、「田んぼひとつずつごとに鶴が居る」。つまり、どの田んぼにも鶴がいるということだろう。「となれりけり」は、どの田んぼにも鶴がいるという、そういう状況になったよ、今・・・と詠嘆している。この句の場合、「鶴」が暗喩だとか隠喩だとはちょっと考えられませんから。そうすると、「村人に」は、そういう、 どの田んぼにも鶴がいるという状況になったよ、・・・という状況が村人に与えられた、というような意味にとるしかないわけですね。つまり、ほとりさんの『「村人に」の「に」は、「にとって」ということでしょうか。』や、 みのるさんの『「村人に」は、毎年鶴の飛来してくるのを、愉しみに待ちわびている村人たちに・・、一羽、また一羽と日毎に鶴が飛来してきて、いまはその数が田ごとに満ちた。という意味です。』 ということになります。でも、「村人に」の「に」を、上記の意味であると解釈するのは、正直ちょっとつらいですね。私もはじめはこの句はどういう意味なのか全然分からなかった。

03 温めし酒うちこぼし膝匂ふ

 あたためしさけうちこぼしひざにほふ

光晴:囲炉裏の前の暖かい情景が、「膝匂ふ」に表現されていると思います。酒飲みの、零してもったいないと、一滴を惜しむ気持ちも同じ酒飲みとして共感できます。

ほとり:寒さを感じるようになった頃、お酒を燗にして一杯・・・おっと膝にこぼれた。膝から立ちのぼる酒の香。それだけのことなのに、あたたかな風情を感じます。洋服でなく着物を着た先生が畳に座して一杯やっておられる様子。温め酒って冬でなく秋の季語だったのですね。昨日の句には全く歯が立たなかったので、今日は嬉しいです。

蓬:男性ならではの句、と感じました。うちこぼし。おっとしまった、ちょっと剽軽な感じです。 膝匂ふ。香る、なんてせずに匂ふですね。なるほど。昨日の1句は、解説いただいてもまだ解らずにもやもやです。村人に、の、に、が。

一尾:勢い余ってこぼしてしまった酒は惜しい。でも好いや、膝で匂いを放っているのだから。 酒はゆっくり呑もうと自戒しきり、自分にダブらせて鑑賞させて頂きました。

みのる:歳時記では、温め酒(ぬくめざけ、あたためざけ)として載っています。ホトトギス歳時記によれば、

  陰暦九月九日から酒を温めて用いれば病なしという言い伝えがあったそうで、
  「林間に酒を温めて紅葉を焚く」という風流はともかく、
  秋、酒を温めるという気持ちには情がある。

とあります。揚句の場合、かなり酔がまわって、くだを巻きながら手元狂って、膝にこぼれている情景を連想します。酔っている当人は気が付いていないが、そのくだを聞きながら作者は冷静なんです。 対象が面白いですね。

04 うしろ手をつくその絵師の秋思かな

 うしろでをつくそのえしのしゅうしかな

蒼:絵師という事は日本画の画家でしょうかそれは、キャンバスを立てて制作するのではなくて、床に置いて描くのではないでしょうか、真上から見て描いている作品をすこし後ろ手を付いて斜めから又は横から自分の作品を眺め考えている。その姿を見ての一句ではないかと思うのです。

とろうち:蒼さんと同意見です。私も日本画家がうーんと自分の絵を眺めながら、ここはこんなふうがいいかなどと考えを巡らせているのを想像しました。そこから「秋思」の季語を持ってくるとは・・・さすがという感じです。

こみち:画布に向かっているはずの絵師がうしろ手をつくというのは、休息かあるいは思い通りに描けないときか。「秋思」ですから、後者でしょう。もしかしたら心に鬱屈したものがあって描けないのかもしれません。「その」がわかりにくいですが、秋思にかかるのでしょうか。蒼さん、とろうちさんとちょっと違った受け止め方ですが。

蓬:私の想像。先生が旅先で葛飾北斎の絵に出会った。自ら画狂人と称し多種大量の絵を残し90才で逝った、その絵師の、姿勢を思い感慨を詠まれた。小布施で見た北斎の絵と周囲のたたずまいを思い出して直感的に想像しました。この句に出会えてよかった、覚えておきたい句です。

竹子:絵師は上村松園さんのような女流を思いました。描かれている絵もまた、そのような。 うしろ手をつくと視線は中空へいくその絵師の物思いの姿を句にされたと受けとめました。

よし女:私はうしろ手をつく女人の絵を前にして呟いた、その絵師の感慨を、「秋思かな」で表現されたのでは、と解釈しました。

一尾:うしろ手をつく絵師の姿がすでに立派な絵になっています。そしてその瞬間を秋思と詠み切られたものと思います。瞬間を捉える感性を磨くにはどうするかと考えるより、兎に角沢山句を詠むことでしょうかね。

敦風:「絵師」という言葉の語感から、私も蓬さんと同じように昔の絵師を思い浮かべたくなりますね。青畝師は、その絵師の肖像画か自画像でも見られたのか、あるいは、何らかの理由でその絵師の様子か姿勢を思い浮かべることが出来たのか、あるいは現在の画家であるなら眼前にその画家を見ているのか。「その絵師」と言い、「その絵師の秋思」と言う。「その」に、何かそのあたりの感慨が込められているような気がします。「秋思」というのは、大概 「自分の秋思」を詠むものじゃないかと思うのですが、この句は私が見ている、または思い浮かべている「絵師の秋思」を詠んでいる。珍しいのではないでしょうか。もちろん、絵師の秋思は作者の秋思に反映されるのでしょうけれども。

みのる:この(その)絵師は、座位で絵を描いているのだと思います。無心に運んでいた絵筆を置いて、凝った腰を伸ばしながら後ろ手をつき一息入れながら、次なる筆運びでも考えているのか、とにかく、そのまま絵を眺めてしばらく身じろがないでいる。そんな絵師の様子を写生された句でしょう。「その」に深い意味はないと思います。「うしろ手をついている、その絵師」ということでしょうね。「秋思」だと断定したのは作者の主観です。でも、この季語を配したことによって、絵師の表情が具体的に連想できますね。季語は説明するのではなく、揚句のようにその季語の雰囲気を借りて句を演出する・・ということがこの作品から学ぶことが出来ます。この句から作者の気持ち云々・・まで推察するのは考えすぎです。

05 体育の日なれば女身跳ねにけり

 たいいくのひなればにょしんはねにけり

とろうち:いつ頃の作かは知りませんが、今でこそ男も女も等しく肌を露出させ、自由に活動することができますが、この句の作られた当時は、女性は慎ましくすべきものだったのではないでしょうか。体育の日の体育祭、女性も男性と同じようにハチマキを締め、ブルマーの脚を高く上げて疾走している。そのなんと溌剌としていることよと女性の健康美を讃えていると読みました。

敦風:これは、とろうちさんの鑑賞に100パーセント同感です。「体育の日なれば」の「なれば」、「女身」、「跳ね」、「けり」、全体のリズム、つまりすべていい。「籾かゆし大和をとめは帯を解く」といい、今回の「体育の日なれば女身跳ねにけり」といい、青畝師は女性賛美者なんですね。

ほとり:好きな句です。幅跳びでしょうか高飛びでしょうか。女性の身体が宙に舞い上がり、背景の青い空まではっきりと目に浮かびます。「なれば」も「女身」も自分には出せない言葉だと感服。こんな句が詠めるようになりたいものです。

蓬:今調べましたら、体育の日は昭和41年からだそうです。昭和39年の東京オリンピックの開会式の日にちなんで制定されたそうで、とすると昭和41年以後に詠まれた句ということになります。長くても35年前でも女性はまだ女身という概念で想われていたとは、ちょっと羨ましくなります。けど、ブルマーはもう履いていなかったかも。跳ねる女身、かわいい感じがしていいです。

とろうち:なるほど、そうなんですか。跳ねる女身という言葉に、私はどういうわけか魚を連想してしまうのです。ぴちぴちと勢いよくはねる魚、ちょうど走り幅跳びで跳躍した瞬間のような感じ。躍動美という感じですかね。

一尾:なればと特定の日が効いています。またこの女身は現役の中高生ではないようですね。私の地区では体育の日の頃に毎年、学区民こぞっての運動会があり対抗競技が盛んです。特に女子選手の選出には苦労が多々ありますが、選手として登場していただければ、みな中高生に戻ってまさに飛んだり跳ねたりです。ぴったりの作品に驚きです。

みのる:女身・・とずばり言い切ったところが、この句の手柄ですね。このことばから、少女ではなく大人の女性であると想像できます。ひょっとしたら、体育の日のイベントか何かをテレビでご覧になったのかもしれません。青畝先生が女性を詠まれた作品は案外多いと思います。われわれが、詠むと「セクハラ」だと叱られるような内容でも、九十歳を超えられた先生だと許される・・ということもあるでしょうね。

06 かぐや姫安否を問はん十三夜

 かぐやひめあんぴをとはんじゅうさんや

とろうち:十五夜の晩、育ててくれた両親に別れを告げ、帝への思いを断ち切って月へと帰って行ったかぐや姫よ、今頃何を思い何をしていますか。今宵は十三夜。あなたが去った夜と同じように、天には月が美しく輝いています。そんな月の光を浴びながらあなたに思いを馳せている私です。という具合に読みました。まるで帝が詠んでいるみたい。青畝氏はロマンチストですね。

敦風:次のような鑑賞はできませんでしょうか。十三夜の月、もの悲しげなその風情はまるで、心ならずも月に去ったあのかぐや姫が、別れた地上の育ての親たちや恋しい人たちの安否を天上から問うているような、そんな風情であるよ。十三夜の月の趣きを古伝説の神女の風情に託して描写しており、「安否を問わん」が絶妙の表現だと思えるのですが。

ちやこ:「十三夜」という一言で十五夜からほぼ一月経過したなあとは、凡人でも気付くかもしれないが、そこから月に帰ったかぐや姫の安否を問うという発想が浮かぶとは、本当に詩人だなあと思います。時間的に安否を問うというのが妙にぴたりときます。わたしは、かぐや姫を育てた爺と婆の思いのような気がしました。『あの子の為と見送りはしたものの、一体どうしているのだろう、しあわせにしているだろうか』もっと切実かな。敦風さんの読み「かぐや姫側の安否の問い」というのは考えなかったけれど、その方が月を観て詠むにはふさわしい気もしますね。

光晴:ちやこさんの思いと同時に、親の成人して巣立って行った子供たちへの気持ちも含まれているので、読む人々に普遍的な感情、詩情が伝わるのだと思います。

こう:かぐや姫よ、今はどのようにお過ごしでいらっしゃいますか?。あまりにも美しい十三夜の月に、姫の安否を知っていたら教えてくださいなと、思わず問いかけてしまいます。青畝先生が月に語りかけている・・と。ロマンチックな先生の句は、好感がもてます。

きみこ:今宵は十三夜の月が眩しいばかりに輝いている、昔十五夜に月からの迎えの人と一緒に月に帰ったかぐや姫は今頃どうしているのでしょうか、元気にしているのだろうか?、きれいに輝いている月を見上げながらふと、そう思って、感慨にむせってこの句を読まれたのでしょう。

みのる:月からかぐや姫を連想する例句は少なくないが、たいていは常識的で陳腐な句が多いです。「安否を問はん」の措辞が平凡な発想を佳句に仕立てていると思います。「かぐや姫・・・十三夜」と言われると、そのストーリーから当然十五夜も連想に入ってきます。だから、この句の十三夜は動かないのですね。先生の有名な句に、

十六夜のきのふともなく照らしけり 青畝

というのがあります。この「十六夜」も動かないですね。月の呼称はたくさんありますが、その名前にまこと相応しく詠むのはとても難しいです。安易に詠むとたいていは動きます。つまり、十五夜でも十三夜でもよい句になることが多いのです。月は比較的詠みやすい題材ですが、このことに注意して季語を選択しないといけないですね。

07 剃毛の恥部ほとりうそ寒きかも

 ていもうのちぶほとりうそさむきかも

とろうち:一読してドキッとしました。で、よくよく読んでみて考えたのは、これは何か手術をしたんでしょう。この句を詠んだのが手術の前なのか後なのか分かりませんが、私としては前だと思います。本来毛のあるところがスースーするやら何やら情けないやら。手術そのものへの不安もあったでしょうし、プライドの否応なき損失もあったでしょう。その他もろもろの複雑な感情が入り交じっての「うそ寒し」。これ以上の季語はありませんね。

敦風:私はむかし盲腸の手術をしました。手術前に全部剃られるのですが、まさしく生理的にも精神的にもうそ寒きですね。青畝先生も盲腸の手術をなさったのかな。経験のある者にも、ない人にも、 そのままの情感を伝えて来るこの句の力を感じます。このような題材も俳句に出来るんですね。「剃毛の恥部ほとり」と淡々と書き、「うそ寒きかも」で全てを描写し切っている。練達の一句だと思います。

よし女:この句を読んで人の営みのほとんどが句材になることを知りました。「剃毛の恥部」の持っていき方がやはり巧みですね。止めが「かな」でなく、「かも」であることも生きていると思います。こんな感じ方って誰にもあると思うのですが、句にも出来ないし句会にも出せないですね。

ちやこ:毎度のことながら、このようなことまで句になるんだとつくづく感じます。「剃毛の恥部ほとり」の言葉だけで手術、病、心細さみたいなものが垣間見えてしまうのだからすごいですね。でもそれを「うそ寒きかも」とあっけらかんと詠んでしまうことでかえって重苦しい暗い感じでは無くなっている様に思います。

こう:手術という逃げられない現実を、客観視している先生の俳人魂を見る。「恥部ほとり」なんていう言葉は,到底でてこない。「うそ寒きかも」なんだか、可愛い先生ですね。

登美子:人間の営み全てが句材とは。凡人がこの種の句材を扱うと嫌味になるものです。このお惚けさが素晴らしいし、凄腕なのでしょうね。この句は青畝先生がおいくつの時のお作なのでしょうか。

みのる:ぼくも何度か手術の体験があり、この気分を味わいました。この種の題材を佳句に仕立てられるのは、青畝先生をおいて他にはおられないと思います。「・・かな」ではなく「・・かも」ですね。

  <|かな:文末にあって感動を表す。・・であることよ。・・だなあ。|>
  <|かも:「かな」と同質の感嘆を表し、軽い疑問を含むものもある。万葉時代によく用いられた。|>

きちんと「かも」を意識して使われています。

08 涙目のごとし入江の夜寒の灯

 なみだめのごとしいりえのよさむのひ

とろうち:「涙目のごとし」とは、またなんとも言えない表現ですね。入江の灯がゆらゆらとまたたいている、そんな風景でしょうか。星がまたたくのは暖かい空気と冷たい空気の境目にあるからだというのを聞いたことがありますが、これもそうなのかもしれませんね。まぁあまり詳しいことは分かりませんが。昼間は暖かかったのに、夜になってぐうっと冷え込んできた。そんなある日の夜景。うーん、でも「涙目」はすごすぎる。

敦風:わたしは、はじめ入江の灯台かなにかのことかと思いましたが、それよりは、入江の浜辺に沿って点在する民家などの灯りを見て詠っているのだろうと思います。入江の浜辺はやや伏せた目の形、またたき揺れる民家の灯りは、うるんで光る目の中の涙。秋の終りのしんみりとした夜の入江の風景を、ふと目の涙になぞらえて見、その趣きを目に見えるように描いた…そういう絵画的プラス心情的描写を成し遂げた秀句であろうと思います。

よし女:入り江に映る灯は、本当にこの通りですね。でもこういう言葉は出てきませんね。「夜寒の灯」も省略の効いた好きな言葉です。解りやすくて、そしてまさに「先人の句」だと思います。

光晴:何度かこのような状況に、確かに遭遇しています。この灯は海の向こう側にある灯で、波の動き、温度差などで朧に瞬きます。これを涙目、すばらしいです!。海に瞬く灯は、不思議と人の来し方なども思い出させ、人生を考えますが、この句の中に、その感慨も含まれていますね。

一尾:真夏でも真冬でもなく亦春先でもない、夜が寒々としてくる初冬の入江の情景が浮びます。そして視点を岸辺の灯に集中すれば、一灯もつながる家々の灯もまた揺れる水面に潤む涙目のように映るのです。情景を涙目に例えた句と鑑賞しましたが、感動の涙に潤む目にはどのように映るものか機会を得たい一句です。

みのる:涙目のごとし・・が、発見であり、手柄です。ごとく・・俳句は、作りやすい反面、ぴたりと決まらないと陳腐な説明になります。どうも今一ぴたっとこない・・というときは、類語辞典などで調べて推敲すると良いですね。

09 身に入むや廃れ銀山穴ばかり

 みにしむやすたれぎんざんあなばかり

よし女:銀山で有名なのは石見銀山で、過去三回ほど行きましたが、最初の印象は本当に穴ばかりでした。なにか凄いところで身がぞくぞくして。 いまはかなり観光化され、主なところ意外は入れませんが、そんなところをイメージしました。「廃れ銀山」の言葉が好きですね。今後の参考にさせていただきます。

光晴:壊された自然と、ここで働いて亡くなった人々への哀悼の気持ちが伝わります。身に入む、の季語の使用法の勉強になりました。

とろうち:銀山跡というものを見たことはありませんが、なんとなく分かります。昔の賑やかさはどこへやら、今ではただ荒涼とした発掘の穴へ冷たい風が吹くばかりなのでしょう。まさに「身に入む」ですね。

きみこ:大勢の人が働いて賑わっていた所、今は廃れてしまって穴だけとなってしまったけれど、身に入む思いがする。先生は銀山の入り口に立って、つくづく感慨深くなられたのでしょう。身に入むや、がぴったしだと思います。

みのる:穴ばかり・・という措辞が具体的で上手いですね。「身に入む」というような感覚的な季語を使う場合は、出来るだけ具体的な情景と組み合せるのが秘訣です。それと反対に具体的な季語を配した場合は、心象的なことを言っても情景が連想できるのでいいとされます。つまり、言いたいことと、季語とのどちらかに具体的なものを持ってくる・・このことが大切なのです。

とろうち:ピントを合わせるというか、焦点を絞ることが大事なんですね。よく分かりました。

10 へたな字で書く瀞芋を農家売る

 へたなじでかくとろいもをのうかうる

とろうち:「とろいも」と読むんですね。初めて知りました。無人スタンドとかでしょうか。とろいもとありますが、自然薯のように長いものでしょうか。それとも短いものでしょうか。とろいもを掘るのって大変なんですよね。傷つけたら一巻の終わりですから、そおっとそおっと掘っていく。へたな字だってなんだって苦労して掘った芋だぞ。こころして買っていけよ。なんて気持ちですかね。

ほとり:瀞芋こそありませんが、我が家の近所にも無人販売所がいくつか見られます。印刷などではない、マジックなどで無造作に書かれた「大根」や「ナス」の文字。そこで汗して働く人の生活やぬくもりが感じられます。「へたな字」とありますが、ちっともけなしてなんかいない、青畝先生の暖かな目を感じる句です。

一尾:『瀞芋』に変えて『大根』としてみると、へたな字と合わせていかにも不味い大根になってしまいそうです。とろ芋と云うそれ自体が貴重な農産品であるところに有り難みがあります。字のへたさ加減は見る人読む人の主観、要は相手に通ずることです。へたさ加減がとろ芋のあの粘りと重なり、より大きな宣伝効果になっているのかも知れません。とするとあの書いた人は優れたコピーライターです。瞬間をそのままに、素直な句が詠めるようになりたいね!

みのる:とろ【瀞】という字は、河水が深くて流れの静かなところ。「瀞八丁」・・という意味で俳句にもときどき使われます。とろいもを「瀞芋」と書くとはぼくも知らなかったのですが、画数も多くて書きにくい字ですね。その下手さ加減をユーモラスに感じられての印象ですが、素朴な農家の生活、その人となりなどが連想できますね。

11 二三子や零余子もがなと垣づたひ

 にさんしやむかごもがなとかきづたひ

よし女:始めは読み取れなくて、風景が浮かびませんでした。読み返すうちに言葉通りに解釈すれば、「二三人の子供が零余子を採ろうと言って垣根伝いに来ているなあ」と風景が見えてきたのですが・・・。そう受け取ると、言外に「よく見つけたね」とか「たくさん採れればよいがなあ」とか、「怪我をしないように」とか作者の思いも伝わって来るような気がします。

とろうち:「もがな」というのは「もごう」という意味でしょうか。「言わずもがな」の「もがな」とは違うんですね?零余子と垣根もうまくつながりません。これは畑での光景ではありませんよね。うーん、今日はお手上げです。分かりません。

竹子:二、三人の子供が、垣根(屋敷の周りにめぐらした多分あまり背の高くない四つ目垣の生垣と思う)伝いに、むかごでもないかなあと道草をくいながら歩いている状景と受けとめました。むかごは、秋も深まり蔓の葉が黄色くなってくると目立ちます。小さな丸いむかごをぽろりと採って、手のひらにころばすのはとても楽しい。二三子やと言いながら、実際にむかごを探されたのは、作者であられたことでしょう。

こう:近所に、お茶の生垣があります。そこに、零余子の蔓がからまっています。あら、ムカゴが・・ととりだすと、どんどん蔓の先が、生垣の先へと伸びていきます。孫の上着のポケット一杯になるほどとれました。この句の情景も、そんな感じでほっこりした優しみを受けました。

次郎:多分2、3人の子供達が零余子を探して生垣沿いに移動している。 最初、どうして「二三子」なのか分りませんでした。子供の数が2人か3人かは見ればすぐわかることです。7、8人ぐらいになると咄嗟に区別が付かないかも知れませんが2人か3人は一目で区別が付く範囲です。つまり作者は子供の姿を直接見てはいないと思います。作者は話声、足音、動く気配から生垣の向こうにいるのは多分2、3人の子供であろうと推測したのでしょう。そこで、ニ三子やの「や」が生きてきます。「荒海や」の「や」ではないことは明らかで軽い疑念、推測を表しているのでしょう。作者と生垣との距離はもし数mの至近距離であれば例え見えなくても2人か3人の区別は容易と思われるので少なくとも5m以上はあると思われます。生垣は目が詰まっていて向こう側が良く見えなく地上高は1.5m程度以上、作者との距離が5m以上あることが「二三子や」の5文字から推測できると思います。もし、2人か3人かがはっきりしてもレトリック上2、3人とぼかして言うのだよといわれると...

ちやこ:零余子がどんな具合になっているのかちょっと想像がつきません。調べても零余子そのものはしかでていないので、もうひとつ句の様子が掴めません。ただ垣根づたいに2、3人ということから、ある程度の高さに零余子は付くらしいこと、子供の興味をそそるものらしいこと位しか分かりません。「もがな」がむずかしいです。

次郎:「もがな」は、望み願う意を表すと解釈したのですが...「もがなと垣づたひ」から子供達は現実にはまだ零余子を見つけておらず現在探索中といったところだと思います。なお、感性が乏しいせいか正直に言ってこの句の良さがよくわかりません。解釈がわるいのかなあ〜

とろうち:なるほど「二三子や」は二、三人くらいかな、の意味ですか。よく分かります。零余子が垣根にあるというのは普通のことなんですね。私は見たことないんですが。この句は垣根の外から見てる句でしょうか。それとも垣根の内から見てるのでしょうか。次郎さんの解釈だと内からのほうになりますね。個人的にはこっちの解釈のほうがなんだか楽しくて好きです。

次郎:イメージを図示するとこうなりますが...  作者は自宅内でしょう。

              移動中 <------  ○○○:2,3人の子供
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                □作者:二三子や零余子もがなと垣づたひ

とろうち:子供の声に顔をあげて見たら、何やら二三人ががさがさやっている。ははぁ、下校の子らが何かやってるな。零余子でも探しているのかな。先生は書き物をやめてしばし子供の様子をうかがっておりました。という感じ。

光晴:もがな、は、もごうと、で良いと思います。ムカゴの生る山芋は、昼顔の蔓に良く似ています。ムカゴが地に落ち、何年もして成長すると、自然薯になります。子供の頃は、東京でも、(目黒世田谷ですが)畑の仕切りなどの鉄条網にいっぱい生っていました。花(本当は種か)は小さな板を三枚貼り付けたようなもので、垂直に切ればベンツのマークになります。だから、ムカゴは葉と幹の間に出来ています。子供の頃、ベンツのマークみたいなのを、鼻の上につけて天狗の鼻だとか、鼻が高くなったとか年寄りに遊んでもらった記憶もあります。晩秋の暖かい縁側から子供を見ている作者が浮かびますね。

みのる:ツリーが長くなってきたので、まとめましょう。「もがな」は「もがもな」とも使われる古語で、・・・であったらいいなぁ〜という願望の表現です。覚えておくと便利なことばですね。 ところで、「二三子」というのは、二、三人ですが、子供に限定した意味ではなく、「人」のことです。吟行子、踏青子、遊子などの用法と同じですね。また、「二三子や」となっているので、他にも数人いて、その内の二三人であると解するのが自然でしょう。揚句の場合、青畝師を囲んで十数人のグループが野路を吟行している情景が見えてきます。野路の道ゆきに旧家の小柴垣のようなのを見つけた、二、三人の吟行子が、「零余子が絡んでないかしら・・」と、ぺちゃくちゃおしゃべりしながら垣づたいに進んでいく情景を写生されたと思います。よく手入れされた生け垣ではなく、秋草が絡んでいるような、そんな田舎道の風情を連想します。さわやかな秋の野路を楽しそうに吟行している。そんな一と屯が見えてくるでしょう。作者もまたその親しく賑やかな輪の中にいてホ句(俳句)を楽しんでいます

12 泡立草一級河川にも靡き

 あわだちそういっきゅうかせんにもなびき

次郎:あの評判のあまりよろしくない帰化植物の泡立ち草が我が国の重要な河川である一級河川にまで繁殖してきている。旺盛な繁殖力であることよ。一級河川ですから対岸まではかなりの距離があり、広々とした空間と秋の爽やかな川風に靡いて今を盛りと黄色い花をつけている泡立ち草、そして「にも」に、それを見て半ば呆れている作者が感じられます。一級河川は国が国土保全や国民経済上、重要な水系として認定したものと思いますので、泡立ち草:帰化植物:外国<----->一級河川:>>我が国の対比があるのでしょうか。個人的には泡立ち草は嫌われながらも繁殖し俳句の季語にもなる等なかなか見上げた根性だと思っています。昨日の「今日の一句」ではなんだかピンボケだったが今日は大丈夫だろうなぁ〜また、なにか仕掛けがあったりして...

とろうち:泡立草を調べましたが分かりませんでした。ブタクサとは違うんですね。泡立草が分からないとこの句は分からないですね

こう:嫌われ者の泡立草が、一級河川の岸にまで咲き靡いているなぁ・・泡立草の生命力への驚きと、外来のものが、どんどん日本の内部にまで侵食していることへの畏怖も感じられる。

一尾:まずこの句なんとも舌の回りの悪きことよ。指折り数えて成る程と、でもしっくりとは納まりません。読みに間をおくと情景が伝わるようですね。河川の一、二級を問わず河原の泡立草は風や出水で倒れるもの。広々とした河原とて、雄々しき泡立草にとって安住の地にあらずです。

たけし:一頃、芒をはじめとする日本古来の植物を駆逐してしまうとか、花粉症の元凶とか、悪し様に言われた背高泡立ち草も最近復権してきた。1箇所に10年も栄えると自らの毒素で枯れ、他の植物に席を譲っている模様。花粉症には関係無し。荒地をまず彩る先兵として評価している向きもある。師の歎きが聞こえるこの句は、従って30年前くらいの、泡立ち草悪の権化説時代の作でしょうか。10月中旬に京阪奈学研都市の空き地という空き地を埋め尽くしていた泡立ち草は、それは見事な眺めでした。以上、泡立ち草擁護派の弁でした。ところで、背高秋の麒麟草とこの泡立ち草は同じ花なんでしょうか?

次郎:>ところで、背高秋の麒麟草とこの泡立ち草は同じ花なんでしょうか?

別名のようです。この句では「泡立草」=「背高泡立草」と解釈しましたが、単に「泡立草」といえば日本古来の品種があるようです。

ちやこ:どこにでも育ちひとたび芽を出せばその数は瞬く間におびただしいものとなる背高泡立ち草、この大川の河川敷にもこんなに靡いているとは、いやはや凄い生命力だなあ。

よし女:この情景はよく解りますね。一級河川に靡く泡立草で一句授かるのもいいですし、泡立草も嬉しいかもしれませんね。

みのる:たけしさん、泡立草の詳しい説明ありがとうございます。背高泡立草と泡立草とは別種だそうですが、俳句で詠まれる場合は、背高泡立草であるケースが多く、青畝師のこの句もそうだと思います。にも」に作者の驚きが表現されています。当時、あちこちでその繁殖力の勢いに騒いでいた頃ですね。「一級河川にも溢れ」「一級河川埋めけり」「一級河川占めにけり」ではなく、「一級河川にも靡き」が具体的です。靡き・・は、さりげなく使ってありますが、推敲された結果だと思います。この措辞によって、河川敷の広さや川風が見えてきます。具体的かつ瞬間写生の力強さがあります。推敲というのは、格調高いことばや漢字を当てて難解にすることではなく、出来るだけ平明で、より具体的なことばに置き換えることなのです。

13 蓮破る雨に力の加わりて

 はすやぶるあめにちからのくはわりて

とろうち:降り続いている雨がだんだん激しくなってきた。蓮池に浮かぶ葉も破れんばかり。傘にあたる雨さえも重く感じるほどだ。「雨に力」がいいですね。

ちやこ:蓮を破る程の雨、さらに強く降る雨、大粒の雨が雨量を増す様子が音を伴ってイメージされますね。ほんと「雨に力」ふだん使わない言い回しだけれど、そういう表現がぴったりな時ありますね。

よし女:しのつく雨が想像できます。「雨に力の加わりて」などと表現されると雨もまた楽しくなりますね。

たけし:夏にはあれだけ青々と池を覆っていた蓮の葉、夕立の水滴なぞ弾き飛ばし、転がし、湛えていたあの見事な蓮の葉が、三秋の今は見る影も無く無残な姿となっている。その敗蓮を情け容赦なく叩いている秋雨が、また一段と激しくなってきた。なにもそんなに力をいれて叩かなくても・・・・。

一尾:破れ蓮ですね。別段雨が激しくならなくとも、時期がくればひとりでに破れ折れ、そして哀れな姿になるのが蓮の運命です。放ておいても破れていくんだから、そんなに虐めることはないんだよと雨に諭すごとく呼びかけているようです。

きみこ:枯れハスには夏の勢いはもう、とっくに無くなって朽ちていくばかり、そこに雨が降れば、そんなに強く降っていなくても破れてしまう。雨に力の加わっている様に見えたのでしょう

みのる:雨に打たれ寒風に吹かれて蓮は打ち破れていく。そんな蓮をなおも強い雨が打ち続けている。情け容赦のない自然の摂理を納得しながらも、蓮に哀れみを覚えている作者の気持ちも感じられます。雨に力の加わりて・・という、具体的な写生に作者の気持ちが包まれていて見事ですね。

14 木の実落つ実朝以下の墓無数

 このみおつさねともいかのはかむすう

ちやこ:寿福寺でのお句でしょうか、鎌倉の秋ですね。夏に吟行で見た矢倉を思い出します。木の実が落ちる音が聞こえる程静かです。

たけし:木の実落つ、という季語には寂寞感が含まれているんでしょうか。ひっそりと物寂しい様子が浮かびます。寿福寺には高浜虚子、大仏次郎のお墓もあるそうです。文人でもあった実朝、28歳で非業の死を迎えた実朝を悼み、虚子等にも思いを馳せる師がいます。亡くなって随分経った人々のお墓だからこの季語がぴったりくるんだと感じました。

更紗:はじめて合評に参加します。木の実落つの季語がなんとも言えない静寂感を出していますね。私は、実朝以下の以下がすごく気になりました。実朝より後の時代の人のことなのか、実朝の家来のことなのか。。お墓の有る寺のことを知らないので、突飛でもないことを言ってるかもしれません。ただ、実朝が若くして亡くなったことで、その後の鎌倉幕府、鎌倉時代が変わって(源氏から北条氏へ)しまいました。晩秋の季節感がよく表れていると思います。

とろうち:私も「実朝以下」というのは具体的に誰のことなんだろうと思いました。けれど具体的にだれ、ということではないんでしょう。実朝の死以降、歴史は動乱期にはいります。実朝に殉じて百人近くが出家をしたとも言われていますし、承久の乱など多くの人が政権を争い非業に倒れています。けれど、それはもうずうっと昔のこと。今はみな静かにお墓の下で眠っています。敵も味方もなく、どのお墓も晩秋の気配が包み込んでいます。「木の実落つ」は動かせませんね。

よし女:私も更紗さんと同じように実朝以下が気になりました。結局歴史的な流れとして受け取ったらよいのではと自分で思っています。きっと有名な方のお墓が何基もある名刹なのでしようね。木の実とお墓の取り合わせもとてもいいです。

みのる:鎌倉五山の三位、寿福寺は高浜虚子の菩提寺としても有名です。境内は国の史跡。裏山の墓地には矢倉がたくさんあり、北条政子と源実朝の墓と伝えられる五輪塔が二基。また、陸奥宗光・高浜虚子・大仏次郎などの墓もある。実朝以下・・は、これらを指していると思います。 「墓無数」という堅苦しいことばをさりげなく使われているのに感心します。ことばの魔術師といわれた青畝先生の本領ですね。この「無数」という措辞の余韻が木の実にも作用して、たくさんの散らばっている様子も浮かんできます。たしかに、「木の実落つ」という季語は、歴史の移り変わりを思わせますね。「俳誌ひいらぎ」主宰・小路紫峡先生の御句を思い出しました。

注連縄の古りて木の実を降らせけり 紫峡

寿福寺は、鶴岡八幡宮のすぐ近く、ぜひ訪ねて欲しいところです。

15 草虱いつはさまりし聖書かな

 くさじらみいつはさまりしせいしょかな

ちやこ:草虱と聖書とは随分懸け離れた2つが出会ったものだと面白く思いました。ひとたび野に入れば、この時期草虱は本当にびっくりする程くっついてきます。なんだか『ぬけめない』『しつこい』『狡猾』といった人格まで感じてしまうことがあります。そんな風にくっついて来た草虱もぽろりととれ、いつの間にやら、芽を出すことなど到底できない乾いた聖書に挟まっているのがおかしいです。吟行と信仰先生の生活の中でふとつぶやくように出来た句のような気がします。

よし女:敬虔なクリスチャンの青畝師らしい句だと思います。何かの本とか、道具などから思いがけなくこぼれる事ってありますよね。それが聖書と結びついていることにあまり違和感もなく納得出来ますね。

光晴:ほのぼのとした暖かい句ですね。神は草虱のようなものまでも、遍く福音を与えるのだな〜、と深読みしたくなりますが?

たけし:10日の日曜日、会社の環境キャンペーンで摂津峡でのゴミ拾い、川の土手のゴミを集めて気が付いたら、膝下10cm以下のズボンにびっしりと草虱。拾ったゴミより草虱の方が余程多いわい、と笑いながらの除去作業、これがなかなか大変で三人がかりの大仕事でした。阿波野師はどこに行かれる時も聖書を手離さなかったんですね。これ、鑑賞になってるのかしら。

とろうち:たしかに、聖書に草虱がはさまっていたということは、外に行く時も聖書を手放さなかったってことですよね。さりげなく信仰心の篤さがうかがえます。

ちやこ:わたしは聖書を外へ持って行ったから草虱がはさまったというより、毎日聖書を読む、あるいは折に触れ聖書を開くという敬虔な信仰生活を送っている中で、吟行の時にでもついて来たものが入り込んだと読みました。だからこそ「いつはさまりし」という軽い驚きみたいなものがあるんじゃないかと思いました。俳人として自然に親しむ生活、そして信仰者として聖書に親しむ生活そんな先生の姿を垣間見る様なお句です。

みのる:敬虔なクリスチャンは、「聖書通読」とか「聖書日課」といって、毎日1章とかいう単位で1年を通じて聖書全編を通読します。あるいは、教会のミサに出席して聖書を開いたら、草虱がぽろっとこぼれたのかも知れませんね。野外礼拝というのは行事として行われますが、1年に1、2度でしょう。散歩や吟行に聖書を携帯されると言うこともないと思うので、ちやこ解が当たっているようにぼくも思います。俳句の鑑賞に絶対解というのはないので、ぼくの解が正しいという意味ではありません。人によっていろいろな連想が出来るから俳句は愉しいのです。何か裏があるのでは?というような勘ぐりの解釈はしないほうがいいですね。理屈で俳句を作る癖がつくと、鑑賞するときもそんな風に迷ってしまいます。幼子のように、素直に感じて、平明に表現することを心がけましょう

16 端近き今年の藁の匂かな

 はしちかきことしのわらのにほひかな

みのる:広辞苑より

  はし‐ぢか・い【端近い】〓形〓 〓はしぢか・し(ク)
  家の内で端に近い所である。源夕顔「—・きおましどころなりければ」

とあります。

たけし:うーむ、これは50年以上前の作品ですな。私の亡き母の実家は長野県下伊那郡阿南町新野、静岡県境に近い山奥の村、小学校から中学校にかけて夏休みというと食い扶持減らしに行かされていた。昔の大きな家で、入口を入るとまず右手に馬小屋、突き当たりが一段上がって囲炉裏端、突き当たり右手の土間がかまど場、というつくりでした。家の裏手には鯉を飼っている大きな池、その池への水は裏山から筧で引いて水車を廻して落ちているという風情でした。ああ、馬小屋のにおい、懐かしいです。毎日藁を替えるけど、替えたばかりの藁のにおいはなんともいえないいい匂い。それが新藁だったら、歎声が出るかもしれません。

よし女:端近き・・・を、「家の内で端に近い所」と解説までしてあるのに、いま一つピンとこないのです。軒先に新藁が積んであるのか、もう少し外に藁塚が作ってあるのか、などと想像しています。今年の藁の匂いは健康的な匂いで、よく解りますが、どこなのでしょう。

一尾:コンバインの導入で稲刈作業は変った。稲架が田から姿を消し、同時に藁も見かけなくなってしまった。藁が貴重な資材であった頃は納屋や二階にも大切に保管されていたものだ。いまやあの青臭い独特の匂いを嗅ぐこともきわめて少なくなった。今年と詠まれているところから、稲刈後さほど日も経たない頃、たまたま農家の近くを通られた折に詠まれたものかと思いました。

きみこ:秋の収穫も終え、家の端の藁の仕舞っておく所に新しい藁が積まれ、今までと違う新鮮な藁のにおいが、辺り一面に漂よっていて、今年も豊年だったことが伝わってくる。私の田舎でも家の横にもう一棟あってそこにはお米を入れる納屋と牛小屋があり、その上の天井には藁がぎっしりと積め込まれていました。それが牛の一年間の食料でした。

みのる:昔の民家に曲屋(まがりや)という形式の建物がある。家畜の馬や牛を大切にしたので、住居の土間続きに馬小屋などがあるのです。たけし解にあるのもそうだと思います。はし‐ぢか【端近】は、〓家の内で端に近い所。の意なので、まさしくこれに当たりますね。端近き・・の一語だけで、それを演出出来るのですから、ことばはすごいと思います。いろんなことばを知り、理解し、それを覚える・・これも合評の目的の一つです。

      まがり‐や【曲屋】かぎ形に曲った平面をもつ民家。
   特に、南部地域を中心に見られる、突出部基部に入口を設けた形式をいう。
   また突出部に馬屋などを設け、その正面を入口とするものを中門造という。

17 ちりもみぢ水底森のごときかな

 ちりもみぢみなそこもりのごときかな

こう:驚きました。水底森のごときかな・・ウーン。この世の紅葉が終わって、もう一度別の世界に森が出現したと言う発見!。なんと言う瑞々しい感性でしょう。ちりもみじ・・のかなづかいも中三字の漢字を生かしていて美しい。

ほとり:本当にため息が出るような美しい句ですね。冷たく澄んだ水、その底に敷きつめられた散紅葉。水底が赤や黄や茶の森のように見える。見ているうちに、自分もその森の中に入り込み一部となってしまう感じ。この句に出会えて嬉しいです。

よし女:さすが、青畝師のお句ですね。水底が森のようだとは表現出来ませんね。俳句の真髄を現しているような。そしてまた、この句に対するこうさんやほとりさんの鑑賞の表現も美しい。

とろうち:「ごとく俳句」は安易になりがちだと言われるので、なるべく作らないようにしているのですが、「森のごとき」とは・・・。静かな沼、陽が直接あたっていないので水の底まではっきりと見える。そこに森を見たんですね。沈んでいる紅葉、まだ色の残っている紅葉、水面に浮かぶ紅葉。そこに流れる空気まで感じ取ることができます。

光晴:読んでも美しい句であるが、水底森だけを漢字とすることで視覚的にも絵画的要素が付加されていると思います。平仮名部分は水であり、漢字部分は底に厚く重なった小枝や、紅葉葉を感じさせます。人里離れた沼の晩秋、空気がうまい!って感じです。

きみこ:散った紅葉が、澄んだ水底深くに積もり、まるで秋の森のようにきらきらと日に輝いていて、なんと美しいことでしょう。散った紅葉に目がいっても、水底までは目が届かない。先生を見習って、もっとあらゆる所に目を配る様にしょうと思いました。

一尾:これは一枚や二枚にあらず。山なす紅葉、黄葉が底に堆積して森を成している姿ですね。木を見て森を見ないの例えがありますが、水底全体を詠まれたということでしょう。一枚の木の葉に感動もありますが、全体を捉えることの大切さを示されているものと思いました。

みのる:森のごとき・・ですから、かなりの嵩になって水底に積もっているんでしょう。そして、みなさんの鑑賞のように水が澄んでいることが想像できます。ところどころ洩れ日が差し込んでいたり、周辺のもみじが映りこんで、水底のもみじと同化している・・そんな様子も窺えますね。 とろうちさんの仰るとおり、「ごとく俳句」を戒める人は多いようです。でも、ぼくはむしろ初心者のかたにはお奨めしています。意味不明な理屈俳句より遙かに良いからです。平凡で常識的なごとくではなくて、感性を研ぎ澄まして非凡なごとくを発見してください。素晴らしい句になることを保証します。

18 朴落葉ハンドバックに収まらず

 ほほおちばハンドバックにおさまらず

光晴:朴の葉は手にしてみると予想以上に大きく驚いた経験があります。その驚きを師も持ったのだと思いますが、手持ちのバッグに対比させて、見事句にされています。私なぞ、コリャーでかいは、で前に進みません!

ちやこ:吟行子の中の御夫人が、「まあきれい、まあかわいい」とドングリやら楓や銀杏の紅葉を拾い上げてはそっとハンドバックに収める、とそのうち目が行ったのは見事な朴の落葉、もちろん手に取って見るけれどさすがにこの落葉はハンドバックに入らず、彼女は手に持ったまま吟行を続けた。なんていう光景を思い浮かべました。

よし女:朴落葉の大きさに驚いている人々の顔が浮かびます。もちろん青畝師もその一人。ハンドバックに入らないことで、「収まらず」と一句になっていることが、見事ですね。瞬間を切り取るとはこのような句のことを言うのでしょう。

一尾:まっ先に飛騨は高山の朴葉味噌が頭に浮びました。バッグとの対比で朴落葉の大きさが具体的になります。物差がなくとも大きさを示すことができるよい事例ですね。まだ収まらずと詠まれたところにユーモアを感じました。

たけし:朴の葉は若葉の内は朴の葉寿司になるけど、落葉だと朴葉味噌の材料に使えるのかな?拾った朴落葉が大きすぎて自分の小ぶりなハンドバックに入りきらないご夫人は相当なご年配と見ました。阿波野師の奥さんかもしれません。今時のお若い方はもっと大ぶりのバックを持ち歩かれます。で、バックに入りきらなかった朴の葉は家まで手に持っていかれたんでしょうかね。

とろうち:この句も零余子の句の時と同じように、何人かで吟行されているときの光景かなと思いました。ご婦人方と歩いているときに誰かが「まあ朴の葉よ」と拾い上げ「あらーバッグに入らないわ。じゃこうやって手に持っていきましょう」なんていうのを句になさったのではないかと。青畝氏の女性に対する視線はいつも優しいですね。

みのる:ハンドバックに入れようとして入らなかった・・というのではなく、その大きさの比喩として、「とてもハンドバックに入らないわねぇ〜」というような、会話から生まれた句でしょう。 この句を一読、みなさん思わずニコリとされたと思いますが、俳諧的滑稽があります。これをユーモアとして受け入れられるタイプの人は俳人の資格あり。逆に、あたりまえじゃあないか・・と理屈ではねつけてしまうひとには俳句は作れないでしょうね。

19 凩やしばしば鳶の落ちる真似

 こがらしやしばしばとびのおちるまね

たけし:滑空する鳶が獲物を見つけて急降下する様を、落ちる真似、と表現されたのでしょうか。鳶の舞は良く見かけますが、しばしば、と言うほど頻繁に急降下しているのは見た事がありません。余程獲物の多い場所なんでしょうか。季語の凩との関係も良く分かりません。お手上げです。

敦風:鳶は、鳶織、鳶の者であろう。一月の出初式。消防関係の消火演習や、鳶の者のはしご乗りなどが行なわれる。なかでもはしご乗りは見ものだろう。まさに、鳶は、しばしば落ちる真似をして見物衆をどよめかせ、華麗な身のこなしで喝采を得る。正月随一の風物詩。この句は、出初式の鳶のはしご乗りを詠み、その面白さを「しばしば落ちる真似」と動的に凝縮して表現した。読者の無条件の共感を呼ぶ。はしご乗りの鳶の高さでは風もあろう。「凩」は的確な季語。

とろうち:鳶は鳥のとんびだと思っていました。感想はたけしさんとほぼ同じです。そんなに急降下なんてするかしら、と思いましたが敦風さんの意見を読んでなるほどと思いました。でも本当のところはどっちなんでしょう?

志乃:鳶は風と友達。風を知り尽くした鳶の様子を詠まれた句と思いました。翻弄されているのではなく、凩の縞に遊ぶ鳶の喜ぶようすが「落ちる真似」に伺えます。凩は目には見えないけれど一枚の風ではなく、複雑な縞で吹いていることを改めて思い知らされました。鳶は、乗り易い気流を探しているのでしょう。飛行機がエアポケットに入ったときのように、ふっと、またはがくんと下がっても、落ちるかに見えて落ちないのですね。川に住む白鳥や鴨にも同じような「流される真似」を見ることがあります。鳥は遊ぶのかな、遊ぶのだなと思えて嬉しくなりました。

光晴:私も志乃さんと同意見です。同様な光景を昨年の3月、カラスがしているのを見まして、毎日句会に、春疾風からすサーフに興じをり、で投句しました。師が同様な光景を句にしていたと知り、うれしくもあり、表現の上手さになるほどと感心させらたりの句であります。

よし女:凩でなくても風が強いとき鳶のこのような光景は目にします。でもそれが落ちる真似をしているねと、ゆとりのある観察は出来ませんね。鳶に対するやさしさの表現なのでしょうね。

みのる:志乃解に的確な説明があるので重複はさけますが、掲句は紛れもなく鳥類の鳶です。高空の鳶をちらと一瞥しただけでは決してこのような句は授かりません。寒風の中、じっと佇んで上空を仰いでおられた青畝師のお姿が眼に浮かびますね。ひょっとしたら、ホテルのロビーのような大玻璃の窓から外の景を眺めておられたのかもしれませんが・・どちらにしても、時間をかけて、一句を得るまでじっと我慢して、対象物に対しているという作句姿勢の基本をこの句は教えています。光晴さんの句も捕らえどころは良かったのですが、材料を間違いました。鑑賞する側には、鳶や鷹は大空の鳥、鴉や鳩、雀は地上の鳥という先入観が働きます。鴉ではなく鳶なら採ったかもしれませんね。事実は鴉であっても、推考で鳶に変える・・ということは許されます。俳句は事実の報告ではなくポエムですから、脚色はしても良いのです。ただし、何も見ないで作る全くの虚構は論外です。

敦風:あらー、やはりはしご乗りの鳶職は無理でしたか。皆さん青畝師の句にあるような鳶の様子をご覧になったことがおありのようですね。私は、そういうのを見たことがなかったものですので、子供のときから知っている粋な鳶職の演技のことだと百パーセントそう思いました。また、鳶の様子を観察してみましょう。

20 まぐはひの飛鳥の石にしぐれけり

 まぐはひのあすかのいしにしぐれけり

よし女:飛鳥方面はほとんど知らないのですが、この句の場合何か陰陽石が多くあって、それを見られ、時雨に遭われたときのものでしょうか?。飛鳥の石に・・・しぐれけりの・・・の間に感情が込められているのかなと思いますが、うまく言えません。これでは鑑賞にはなりませんね。

たけし:飛鳥には色々な古代の石があります。用途に諸説ある酒船石、猿石、亀石、二面石、須弥山石、弥勒石などの細工した石の他に、自然石を立てただけの立石と言われる石も何箇所かあります。明日香村の石舞台古墳の近くのマラ石もその立石の一つ、まぐはひの飛鳥の石、はこのマラ石を指したのではないでしょうか。明日香村の路傍に45度位の角度でにょきっと地面から突き出ている石が時雨濡れているのを見て師はどう感じたのでしょう。にやにやしたのかな?

とろうち:飛鳥にはそんなにいろいろな石があるんですか。私は「まぐはひの」とあったので道祖神か何かかと思ってました。句を鑑賞するにも知識が必要ですね。どうもここんとこトンチンカンに読んでいる感じ。

一尾:今朝の朝日新聞には奈良の酒船石出土の記事がありました。まぐはひは「目を合わせて愛情を知らせる」と広辞苑にありますから、相対の関係ですね。石が一つではダメでそこには一対の石があるのです。そうすると時雨がぴったりきます。降ったり止んだり、止んだかと思えばまた降る、ちょうど目を合わせてお互いに愛情を知らせ合うウインクにぴったりではありませんか。 もしこんな一対の石が飛鳥以外の地にあったらどのようように詠まれるでしょうか、とても「まぐはひ」は思いつきません。

ちやこ:「まぐはひ」が難しいですね。曲がると這うかなあ。とすると『酒船石』でしょうか。酒船石の溝に時雨がかかる様子でしょうか。或いは『石舞台』かなあ。いづれにしても乾燥したこの時期、石も乾いているので、時雨が降るとしっとりとして景色が生き生きとなったといった様子でしょうか。

とろうち:昨日からこの句が気になっていろいろ考えてみたんですが、名詞の「まぐはひ」と動詞の「まぐはふ」では微妙にニュアンスが違うようですね。私は飛鳥の古代石群を見たことがないのでよく分からないのですが、「飛鳥の石」とある以上、みなさんの仰るとおりこれは、この石群のことなのでしょう。しかし「まぐはひの石」とはなんなのか。「まぐはひし石」ではないんですよね。ひょっとして「まぐはひ」しているのは石同士ではなく、石と作者なんではないかとも思います。でもよく分からない。うーん・・・難しすぎるー。

みのる:ぼくも何度か飛鳥を訪ねましたが、「まぐはひの石」と名の付いたものは記憶にありません。東吾さんのお奨めで買った「俳句古語辞典」で調べると、

  まぐはひ【目合ひ】
  ①男女が互いに目を見合わせ、愛情を通わせること。
  ②結婚。性交。

とあり、例句として次の二句が掲げてあります。

まぐはひの飛鳥の石にしぐれけり 阿波野青畝
まぐはひの女めつぶる渡り鳥   加藤楸邨

また、「飛鳥の石」で、ネット検索すると、次のサイトが見つかったので、まずご覧下さい。

http://www.asukanet.gr.jp/ASUKA2/ASUKAISI/asukaisi.html

このサイトを見てみると、猿石のなかに、前から見ると男、後ろは女というようなのがあります。 二面石というのもありますが、どれもピンときませんね。まぐはい・・の意味は、みなさん調べられたようですね。一般的には男女和合の意味で使う場合が俗的ですが、そのような謂れのある二体仏が別にあるのかも知れません。どちらにしても、その種の道祖神を詠まれたのでしょう。 この句に、深い意味を託そうとされたのではではなく、軽い滑稽の句として解せばいいのではないでしょうか。温かい春の雨、暗い梅雨の雨、シャワーのような夏の雨、等々どれでも組み合わせできそうですが、飛鳥という歴史的風土を考えると、ちょっと冷たい感じのしぐれが、季節の移ろいをも感じさせて、一番似合うとぼくは思います。

俳句の学びの初歩段階は、どうしても理屈俳句から脱却できないので、解らない句に出会うと、論理的に理解しようと努力して鑑賞をゆがめてしまいがちです。かろみ、滑稽、というのは俳句の大事な要素なので、理屈ではなく面白味を感じたり、詠まれた地域の風土や季節感が感じられれば、それは立派な佳句なのです。どんな名句であっても、理解できない人にとっては凡句です。 これは、俳句の宿命みたいなものなので、仕方がないですね。いろんな俳句にふれ、鑑賞して学ぶことにより、作者の個性を拡大してゆく。また、選者としての幅を広げていく。これが、この合評の目的だと考えています。

21 火をなだめ落葉をかぶせ又かぶせ

 ひをなだめおちばをかぶせまたかぶせ

宏二:初めてアクセスします。時々、覗いていました。この句が気になってついつい投稿してしまいました。自分のなかにある燃えるもの。それを自分でもどうしようもなくなりそうになる時がある。燃え上がることをいけないと感じながら、どうしようもない気持ち。それを写生で表現している。そうなんだと、思ってしまいました。

光晴:一人で落ち葉焚きのお守りをしている。時々ポッと燃え上がる炎に自分の来し方を思って、まづは上出来だったのではと納得している翁の姿では?

登美子:青畝先生は火の勢いを一度治めて、それから燃え上がってくる炎にその底力を見ておられたのではないでしょうか。

とろうち:宏二さんの見方、おもしろいですね。このコメントを読んだら私もそうとしか読めなくなってしまいました。「なだめ」という言葉に押さえても押さえても燃え上がってくる炎、こみ上げる熱い思いにもどかしさを感じるような、ただ単に写生しているのではなく、心情的なものを感じます。

たけし:落葉焚きの情景を詠った句でしょうか?どうも良くわかりません。落葉をかぶせ、という表現からは、その焚火の炎の大きさに対して相対的に多量の落葉を投入するイメージが湧きます。落葉をかぶせ又かぶせるんですから、一時的に炎が消えてしまって白煙もうもうと燻される情景です。存分に燻してからどっと燃え上がります。火をなだめる為に落葉をかぶせるんでしたら、逆効果です。上五の火をなだめと、中七下五の落葉をかぶせ又かぶせは落葉焚きにおける全く別の行動を詠ったのでしょうか。良くわかりません。お手上げです。

敦風:「火をなだめ」と云うのが、火をどうしようと云うことかちょっと分かりづらいところがあるけれども、「なだめる」と云うのは、何にしても「穏やか」な、「なだらか」な、そう云った風にすると云うことが本義でしょうから、ここは、火が燃え過ぎたりはしないように、さりとて消えたりもしないように、ほどよく程よく燃やすことなのだろうと思います。となれば、「落葉をかぶせ又かぶせ 」というのは、傍らに掃き寄せてある落葉を、ときどき程よくかぶせ、そしてまた程よくかぶせる、・・・そういう一連の動作の情景を詠んだものでありましょう。風があったり、落葉が湿っていたりすれば、その「かぶせ又かぶせ」も仲々に難しいことになるかも知れませんが、それはまたそれで「なだめる」動作の中に入るものでしょう。この句は、冬の一日、落葉を掃き集め、その落葉を燃やしている情景を詠んだもの。「火をなだめ」と云い、「かぶせ又かぶせ」と云う表現によって、ゆっくりと過ぎて行く時間と、火を燃やしている人や、もしいるなら火にあたっている人、そういう人たちのゆったりとした情感を描写したものであろうと思います。

よし女:落葉をかぶせると火の勢いも一時衰え煙が立ち込めます。その消えそうになる火をなだめて燃え立たせ、またかぶせて焚く。ひきもきらない落葉の嵩と焚く人の真剣な様子がうかがえます。

一尾:かぶせを繰返すのは火が急に上がったり、消えたりするのを防ぐためでしょう。そうすれば火力を同じ程度に維持もできます。これだけでは落葉焚きのマニュアルのような句です。どうも単なる落葉処理作業ではなく何か愉快な企みが匂ってくるようです。それは焼きいもを楽しんでいらっしゃるのではないかとね。

みのる:確かに、普通に鑑賞すると少し矛盾を感じます。そこで、広辞苑を調べてみました。

  ・なだ・める【宥める】
 ・ゆるやかにする。寛大に処する。
 ・穏やかにする。荒立てないようにする。なごやかにする。
 ・とりなす。機嫌をとる。しずめる。

「機嫌をとる」なら、分かりますね。火の勢いを、コントロールしながら落葉焚きをしている様子ですが、勢いよく燃えすぎるのも危険だし、さりとて消えてもいけないし・・と、だだっ子をなだめているかのような感じで面白いですね。この作品から、心象的、叙情的なものが隠されていると鑑賞するのは、いっこうに構いません。そうした連想をおこさせるということは、それだけ句に深みがあると言うことです。青畝先生がご存命の間、折に触れてはお話を伺い、俳論にも触れてきました。その体験から判断しますと、ご自身にはそのねらいは無かったと思います。

22 小春とは黄色の感じする景色

 こはるとはきいろのかんじするけしき

とろうち:一読、あ、これいい!という感じです。まさに小春は黄色のイメージです。青でも赤でもない、お日様の黄色です。黄葉の色です。稲穂の黄色です。小菊の黄色です。いいなあ、私もこんな句が詠みたい・・・

たけし:今日の一句に写真付き!良いですね、進化するGHです。一読説明に見えますがこれは写生ですね。と、偉そうに。暖かくうららかな小春にただ身を置いて、そうか!春とは背景の色彩が違うんだ!という発見をそのまま詠まれたんですね。うーん、頭で理解してから踏み込むタイプのたけしには発見できない境地です。青畝師何歳の作品なんでしょう?

よし女:小春はこの通りの感じですね。でも句にはならない。青畝師の温かい豊かな感性がうかがえ、好きな句です。

こう:いい句ですね。愛唱の句になりそうです。写真がまた、よろしいですこと!

ちやこ:素敵な句ですね。なんだか若々しい感性を感じます。春の日和に似ていて、本来寒くなろうと言う季節にうらうらと暖かい様子、とだけ思っていた『小春』を春とは全く別格にしてくれた気がします。

更紗:さらっと読めて、詩のようでとても好きです。そして、読み手に景を委ねる、素晴らしい句ですね。私は、冬になる、夕暮れる、つかの間の午後の光が、銀杏を照らしている景色を想像しました。「小春」って、限られた時間のほっとできる一瞬なのかもしれません。

次郎:春の自然界には黄色の花をつける草木の多いことが知られています。確かに、ミモザ、菜の花、タンポポ、きんぽうげ、まんさく、...いくらでもあります。作者はこのことを知識として知っていたか、或いは知らなくても俳人としての豊かな感性で意識的に或いは無意識的に感じていたと思います。そこで、春を思わせるような小春日和にふと春の色をイメージしたのでしょう。 「黄色の感じする」といっていますので、目の前に黄色っぽい景色がありそれを見ての句ではないと思います。更に、黄色といってもこれから盛夏に向かう春の黄色と、盛夏を経た小春の黄色では自ずと異なるものがあると思いますが、この句にはそれが出ているような気もします。

一尾:小春日和の昨日、里山のハイキングコースを歩いた。一等三角点の丘に登れば辺りは雑木紅葉の真っ最中。里山で際立つ赤は櫨くらい。楓は5キロのコース中わずか120本を数えるに過ぎず、それでも楓紅葉は美しかった。小春は人をして外に赴かせ、出れば人は環境の変化を五感で感ずる。その感じ方を俳句で表現するのかなあ。この小春の定義はぴったりでした。

みのる:こんな句なら私でもつくれそう・・と、思うような句ですが、やられましたね。ぞくに言うコロンブスの卵。季語を知り尽くし、あまたの吟行経験があるからこそ、このような作品が授かるのでしょうね。○○とは◇◇の感じする景色・・に代入すると、使えそうですから、この句、しっかり記憶にきざんで置きましょう。

23 鷹真澄罪の杜国をおもひけり

 たかますみつみのとこくをおもひけり

みのる:きょうのは、ちょっと難しいでしょうか・・杜国は人名:つぼいとこく(坪井杜国)のことです。広辞苑には以下の通りですが、詳細は不明。

  つぼい‐とこく【坪井杜国】
  江戸前期の俳人。名古屋の人。芭蕉との深い交友で知られる。(—1690)

竹子:芭蕉の句を共通認識として詠まれた景色ではないでしょうか。

鷹一つ見付けてうれし伊良湖崎  芭蕉

真澄は晴れた空。鷹が冬晴れの空を舞っている。米相場に手を出して領地追放となって伊良子に住んでいた杜国を翁が見舞われたのもこんな日かなあ、杜国はうれしかったろうなあ、という意味にとりました。

よし女:面白くて調べてみました。

  坪井杜国は名古屋の富裕な米穀商で蕉門の俊英。空米売買の罪で伊良湖岬に流された。
    芭蕉は笈の小文の旅の途中この地を訪れ、杜国とその先の旅を一緒にした。
  交友はその後長く深く続いた。 そして、伊良湖岬の芭蕉句碑園に
  「鷹一つ見付けてうれし伊良古埼」の句碑があり、この鷹は弟子の杜国を思いあわせた鷹

ということです。青畝師はこれらの事を全部含めてこの句碑のほとりで掲句を詠まれたものではないでしょうか。それにしても、「鷹真澄」の省略の仕方に驚きます。この一句で多くのことを学びました。一日一句の鑑賞は有意義なことですね。

こう:竹子さん、よし女さんの鑑賞文によりよく判りました。「笈の小文」は読んでいますが、杜国のことは、忘れています。鷹真澄・・じつにいい上五ですね。しみじみとした情愛と清潔感、品位のある佳句と感じ入りました。

一尾:鷹に触発されて杜国に思いを寄せる素養もありませんが、皆様のコメントを読ませて頂いたり、調べることで知識は確かに増えます。しかしこういう発想とか着想はちょっとやそっとでは出ませんね。感心ばかりしていてもいられませんが、日々これ吟行か。大変大変。伊良湖岬は鷹の渡りで有名なところです。秋にはこの地を経由して鷹が群れを成して南の地へ飛んで行くんだそうです。

みのる:青畝俳句の合評をはじめて本当によかったと思います。参加して下さるみなさんも要領を得て、調べる興味、知る喜び、そして一句の鑑賞を共同で完成させる充実感というものを実感しておられると思います。

10数年前、青畝先生は一日一句のペースで句を作られ、当時の主宰誌「かつらぎ」の巻頭に30句を発表されました。小路紫峡先生を中心として数名のメンバーが、月初めの夕方から集まって、それを合評するのです。青畝先生が亡くなられるまでの間、5年間ほど、ぼくも参加させて頂きました。その合評記事が、青畝先生の監修を得て、毎号の「ひいらぎ」に連載されるのです。いまから考えると、この合評の学びが、みのるの俳句理念のすべてを育んでくれたと思います。

GHでのこの合評も、参加されるみなさん(勿論ぼくにとっても・・)の血となり肉となることは、体験者として保証できます。ROMでも同じ・・と思われるかも知れませんが違います。自分で調べる・・という行為に学習効果があるからです。事実、精勤に参加されているメンバーの俳句が少しずつ変化してきています。大いに楽しみですね。余談が長くなりました。杜国のことは、よし女さんが詳しく調べて下さいました。伊良湖岬に佇って杜国と芭蕉とのことに思いを馳せておられる先生のお姿が連想できれば、それで十分ですね。鷹と杜国との組み合わせだけで、後は鑑賞者の連想に委ねているのです。「真澄」ということば、ぼくもこの句で学びました。いつかこのことばを使えるような句に巡り会えたらいいですね。

24 太き尻ざぶんと鴨の降りにけり

 ふときしりざぶんとかものおりにけり

宏二:とてもユーモラスな句で思わず笑みがこぼれました。冬の湖に鴨が着水。お尻から。確かに、水鳥のお尻は鳥のなかでは太い。母は小柄ですが、太めで、座る時、ドッコイショです。その姿がダブってきました。鴨は雌でしょうか? 雄でしょうか?

初凪:やっと、私にも判るお句が出ました。しかも、なにやら自分のことを詠まれた様な気もして。鴨の着水はたしかに他の鳥に比べると「ざぶん」という感じかもしれませんね。陣を張った群れの中へ「ざぶん」と行ったとしたら、少し迷惑そうな仲間の様子も感じます。わかりやすい、そして「ざぶん」がとてもよく効いた一句だと思いました。

よし女:鴨が降りるときは確かに「ざぶん」と言う感じですね。翔つ時も羽をばたばたさせ、「よいしょ」と重そうです。「ざぶん」がいいですね。

登美子:今日琵琶湖に鴨の探鳥に行って来ました。首を真直ぐにして飛んで来ますので、後部、いわゆるお尻が特に太く感じるのではないでしょうか。確かに水しぶきが上がる鴨が多いです。私たち、特に女性は句の中にお尻という言葉はなかなか使えません。青畝先生がお使いになると、全くいい感じです。

たけし:鴨の尻、でネット検索したら3件ヒットしました。

  1. CDCフライ:水鳥の尻部には油線があり、その周りの毛は当然多くの油分を含み、非常に軽く空気を含み易い構造の為優れた浮力がある。鴨の尻のフランス語の頭文字をとったCDCフライはフライフィッシグの必携品。
  2. 鴨の尻十も揃えば妻恋ほし:島田牙城
  3. 鴨の尻いつも小さく揺れている:秋尾敏 

牙城の句は若干セクハラ気味ですか。まあ何千キロも渡るエネルギーをお尻に蓄えているのかも知れませんね。観察の大切さをまたも教えていただきました。 

ちやこ:ムックリとした鴨が仲間の待つ池に降りてたった様子が、ぴったりと表現されていると思いました。ほんと「太き尻」にしても「ざぶん」にしても、ちっとも難しい言葉で無いのに、こんな風な句になってしまうとは俳句って面白い。

みのる:たけしさん、面白いデータですね。勉強になります。太き尻・・という形容は、「鴨」でなければいけません。鴨が飛来して着水する瞬間を実際に見た人なら、99%納得されるでしょう。 関西の伊丹に昆陽池という鴨の名所があります。ぼくも昔、先生から推薦していただいて、ある俳句月刊誌に特別作品を発表するチャンスが与えられました。そのとき、この昆陽池へでかけて8時間以上粘って句を作った体験があります。青畝先生のこの作品をなるほどと合点したのもこのときでした。先生の句に共通していることは、実に対象をよく見ておられると言うことです。わたしたちの観察はまだまだ浅いです。よく見ないうちから、五・七・五の組み合わせを先に考えてしまいますね。時間をかけて深く観察することを心がけましょう。吟行というのは、一句を授かるまで如何に忍耐するかという訓練ですね。

25 黄落を妨げず松天に伸ぶ

 こうらくをさまたげずまつてんにのぶ

たけし:それ程雄大な松といったら大王松しか考えられません。北米東部原産の松の王様、樹高30m、松かさの長さ20cm、北千里の公園に何本かの成木がありますが、それは見事に天に伸びております。黄落の覇者たる大銀杏の横で同じ様に天に伸びている大王松を詠ったものではないでしょうか?

とろうち:「黄落を妨げず」とはどういうことなんだろうと思っていましたが、落葉樹よりも遙かに大きい松ということなんですね。これほど大きな松があるとは知りませんでした。実際に見たらこの句を思い出すかもしれません。今は読んでも実感が湧かないので、ちょっと、という感じですが。

よし女:周囲の黄落の中で緑の色を崩さず、泰然とした松を詠まれたのではないかと、解釈しました。「黄落を妨げず」・・このような言い回しもあるんだと、感じ入っています。

一尾:私の緑に付き合うことはありませんよ。時期が来たら遠慮なく色づきお先へどうぞ。余裕たっぷりの松の周囲の木々に対する思いやりですね。天に伸ぶで松の自由闊達さを称賛していると読みました。気持ちがおおらかになります。 とろうち:この読み方も素敵ですね。どうも誰かのコメントを読むたびに、あっちにふらふら、こっちにふらふらしてしまいます。自分の読み方を確立してないんですね。どうしても「妨げず」にひっかかっているからでしょうけど。

みのる:黄落=銀杏ということではありませんが、黄落には銀杏黄葉がもっとも相応しいですね。プラタナス、椋、欅などもそうです。それよりも高い松ですから、たけしさんの仰るそれかも知れません。松の緑と黄葉との色彩的な対比やさらにその上にある青空、といった情景も連想出来ます。季語(黄落)を全く説明しないで、全く別のことを言いながら、かつ句意は季語(黄落)に帰依する。つまり、この句の季語として「黄落」は不動なのです。お見事・・というほかはありません。

26 野ざらしの旅を偲べとしぐるるか

 のざらしのたびをしのべとしぐるるか

志乃:時雨にあって聖俳芭蕉に思いをいたしたのでしょうか。野ざらしの旅を偲ぶことは、行きて戻らずとして旅を栖と生きた、翁の魂をしのぶことでありましょう。翁の命日もしぐれていたと聞きます。作者は時雨に合うたびに、言づてを聞くような心地でおられたのかもしれません。私の住む埼玉でも、今日は久しぶりのお湿り、小寒い時雨になりました。揚句がしみじみとしみて参ります。

よし女:下五が「しぐれけり」となりそうなところが、「しぐるるか」で納めてあるのが、この句をいっそう、しみじみとしたものにしているのではないでしょうか。

たけし:早速に、紀伊国屋で饗庭孝男の“芭蕉”を購入、芭蕉の30年に及ぶ俳諧人生での野ざらし紀行の位置付けについて勉強しました。ああいそがし。後代に残る松尾芭蕉は野ざらし紀行以後の10年間に凝集されている由、野ざらし紀行は蕉風を確立させる大きな転換の出発点であった由。というような事も知らずに参加しているたけしでした。

こう:大好きな句「野ざらしを心に風のしむ身かな」旅をすみかとして、人生を透徹した眼で見、風流の道を、ひたすら求め歩まれた芭蕉翁。青畝先生が時雨に寄せて、しみじみと蕉翁を偲ばれる思いが、ゆかしい。求道の心を慕うところは、おおいに学びたい。

みのる:のざらし紀行の冒頭の一文を引用しておきましょう。

 > 「千里に旅立ちて、路糧を包まず。三更月下無何に入る」と言ひけむ昔の人の杖にすがりて、
 > 貞亨甲子*秋八月、江上の破屋を出づるほど、風の声そぞろ寒げなり。 
 > 野ざらしを心に風のしむ身かな(のざらしを こころにかぜの しむみかな) 

旅を終の棲家とした、蕉翁の覚悟の程を偲ばれた句ですね。俳聖松尾芭蕉の忌日は陰暦十月十二日。折から時雨の季節で、芭蕉の説いた「わび」「さび」の趣と通ずるところから、「時雨忌」ともいい、芭蕉の前号の桃青を採って「桃青忌」ともいわれます。また尊称して「翁忌」ともいわれます。次のサイトに詳しいデータがあります。

こう:年表から、資料が次々に見られ、興味深く読みました。ざらし紀行の、「富士川の捨て子」は、解釈の難しいところですが、かつて恩師が、解説された言葉を懐かしく思い出しました。貴重なご案内を感謝いたします。

27 冬景色領す一本榎かな

 ふゆげしきりょうすいっぽんえのきかな

宏二:一読した時には「領す」という言葉に躓きました。しかし2、3回読みなおしていくうちに、なるほどと思いました。色が少なくなった冬、一本の榎があたりを見下ろすように立っている。風景の王者。戦後民主主義の洗礼を強く受けた世代の私には、「領」という言葉は、封建領主とか領土争いとか、どちらかというとマイナスのイメージが刷り込まれているようです

たけし:江戸時代、一里塚には祠を建て榎の木を植えるのが慣わしであった由。榎の木は生長が早く、枝を切っても益々繁茂し、生木でも良く燃えて薪材として重宝し、実は甘くて鳥が好んで食べ、葉や樹皮は薬用になるという実用性に富んだ木。それに加えて災いを祓い神が宿る木として尊ばれたのが榎の木の由。例によって一本榎でネット検索すると、樹齢400年周囲5mの千倉の一本榎とか、小平の一本榎神社とか、国立の一本榎とか、色々ヒットしました。 青畝師の詠んだ景色も一里塚の名残でしょうか。樹齢100年を超える大榎が枯野を従えている様が浮かびます。

よし女:一本の榎がすっくと立っていて、寒々とした冬の景色の中でそこだけ力強い感じをイメージしていました。たけしさんの、一里塚に榎を植えるという説明で、「領す」の言葉が大きくふくらんでくるようですね。

一尾:たけしさん榎のご教示ありがとう。かつて住んだ東海道は知立の宿に一里塚があり松でした。惜しいことに昭和37年の伊勢湾台風で二、三百年と云われた老松は枯死、今は代わりの若い松が植えられています。ところで冬景色とはどんな景色か、小学唱歌「冬景色」に季語を探してみました。岸辺の家には霜、水鳥、霧。また野辺の里には麦を踏む、小春日、かえり咲き、時雨が出ています。私が描いたのは荒野の雪景色でした。国、地域ごとに冬景色があるのでしょう。

みのる:たけし解にあるように謂れある老大樹の榎のようですね。このように焦点を絞ることで、かえって大きな景を連想させるというテクニックの見本ですね。

28 国敗れたりし山河を鷹知れり

 くにやぶれたりしさんがをたかしれり

とろうち:なんとも雄大かつ壮大な句ですね。大空高く舞っている鷹にとっては、地上で繰り返される人間の愚かな戦いなんぞ、知るにたらぬ出来事なのでしょう。国敗れて山河在り。その、いつも変わらぬ山河こそ鷹は知っているよ。人間なんて鷹に比べれば何も知らないちっぽけなものだよ、と言っているような気がします。イメージとしては、人間の目の高さから見た山河と鷹ではなく、鷹のいる所から山河を俯瞰しているようなイメージです。ちなみにこの山河はどこなのでしょうね。

敦風:おそらくは太平洋戦争に敗れた祖国日本を詠ったものではないか。未曾有の戦争であり未曾有の敗戦であった。かろうじて国は残り、かろうじて山河も残った。まさに国敗れて、の感があったろう。鷹の視点から山河を見る。詩人ならでは感覚であり、国を思う心だ。「鷹知れり」に万感が込められていると見る。

たけし:山は奥州平泉の束稲山、河は北上川ではないでしょうか。奥の細道の平泉の章で、杜甫の詩を“国敗れて山河あり、城春にして草青みたり”と引用して、あの“夏草や兵どもが夢の跡”を詠っています。青畝師も平泉を訪ね、芭蕉を偲び杜甫を偲んだのではないでしょうか。

よし女:中国の詩人、杜甫(とほ)の代表的傑作「春望」の漢詩を踏まえて、太平洋戦争に敗れた戦のむなしさを詠まれたものだと思います。

  国破れて山河あり        くにやぶれてさんがあり
  城春にして草木深し       しろはるにしてそうもくふかし
  時に感じては花にも涙を濺ぎ   ときにかんじてははなにもなみだをそそぎ
  別れを恨んでは鳥にも心を驚かす わかれをうらんではとりにもこころをおどろかす
  烽火三月に連り         ほうかさんげつにつらなり
  家書万金に抵る         かしょばんきんにあたる
  白頭掻けば更に短く       はくとうかけばさらにみじかく
  渾べて簪に勝えざらんと欲す   すべてしんにたえざらんとほっす

芭蕉は、旅にはいつも杜甫の詩を携えて出たと言われており、「奥の細道」の衣川の条にこの詩の影響が見えます。「国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷きて、時の移るまで泪を落し侍りぬ。夏草や兵どもが夢の跡」と泰衡(やすひら)やその義臣を偲んでいます。これらのことは、青畝師の中にきっちりとあり、敗戦の悲惨さを深い心で詠われたのだと思います。

とろうち:戦争直後の日本を詠んだとなると、ずいぶん趣が変わっていきます。敗戦という絶望感、脱力感の中で、大空の鷹の雄々しい姿に生きる強さを感じたのでしょうか。私にとって戦争とは過去のもの、遠い国のものでしかありません。とても、この句から日本の敗戦を読みとることはできませんでした。

みのる:よし女解に詳しくあるように、「国破れて山河在り」というのは、有名な杜甫の「春望(しゅんぼう)」という漢詩の冒頭に出てくる個所です。また、芭蕉は「奥の細道」の平泉の個所に、

"「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」 と、笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。"

と、杜甫の詩を引用し、「夏草や兵どもが夢の跡」の句を記しています。これらのことは、井上詠月さんのホームページに詳しい説明がありました。井上詠月さんがご自分のホームページに次のように鑑賞文を書いておられます。

 > 人の世に、争い興亡は絶えないが、自然は何時の世も変わらず美しい。
 > 先の大戦で荒廃を体験した私達も、この杜甫の「国敗れて山河在り」はひとしお
 > 身にしみ、感慨深いものがあり、千二百年以上経た今でも新鮮さを感じる。

これらから推察すると、青畝師が奥の細道平泉を訪ねられたときの作品ではないかと思います。先の大戦への思いまであったかどうかについては、昭和50年、青畝先生76歳の作品ですから、そこまでの思いはなかったと、ぼくは思いますが、天国の先生にお尋ねしないとわかりません。当地で、高空の鳶を見て芭蕉や杜甫の作品に連想を広げられたのだと思います。「人の世に、争い興亡は絶えないが、自然は何時の世も変わらず美しい。高空を舞う鷹はその美しい山河を知り尽くしていることよ」という意味ではないでしょうか、その他、参考になる関連サイトのURLをリンクしておきます。

29 落葉噴く煙の巻舒おもしろや

 おちばふくけむりのけんじょおもしろや

よし女:巻舒を辞書でひいてみると、巻いたり伸ばしたり、進んだりひいたりとありました。落葉を焚いていると紙のようにめらめらとは燃えず煙が上がります。言葉の意味が分かると情景もなるほどとうなずけますねえ。この言葉いつか使ってみたいです。うかつにやると、とんでもないものになってしまうので、しっかり暖めてからにします。永久に使えないかもしれないけれど。

一尾:落葉焚が二句になりました。前句「火をなだめ落葉をかぶせ又かぶせ」が火遊びではありませんが、火と遊ぶに対し、今回は煙を楽しむ情景を描いていると読みました。対象は一つでも切り口、取り上げ方は一つでは無いと云うことですね。巻舒の読み方は知りませんでした。漢和辞典も取出し納得。毎日句会でも分かったつもりで、失礼しているかも知れません。

たけし:噴くという表現から、勢い良く燃えている焚火にどさっと大量の落葉をかぶせ、猛烈な勢いで白煙が噴き出している様が浮かびます。焚火をしていると、風向きがしょっちゅう変わります。風向きが変わる様を“巻舒”の三文字で表現している見事さ、噴くと巻舒に感服しました。

みのる:巻舒ということばによって、いろいろ変化する煙の様子を具体的に連想できますね。夕立雲や台風の雲が刻々と変化しながら、馳せて行く様子も、巻舒といえそうですし、牧場を走る霧にも使えそう。青畝先生の句を研究していると、いろんな言葉を覚えられます。

30 日あたれば黄を撒きあげて銀杏散る

 ひあたればきをまきあげていちょうちる

宏二:秋の日は変わり易い。上空では冬と秋がせめぎあっているからか。雲が流れ、一瞬、光がさす。風が銀杏の葉を巻き上げる。秋から冬へと流れて行く季節のなかでの一瞬の美。秋だから哀しく美しい。

とろうち:「黄を撒きあげる」ってどういうことでしょう。風が落ちた銀杏の葉を巻き上げるってことかな。つまり下から上に。そしてさらに「銀杏散る」と続くんですよね。つまり上から下に。風吹けば、ならまだ分かるけれど「日あたれば」なんですよね。光を透いて銀杏の葉がひらひら落ちてくるのは、まことにきれいな景色だけれども「撒きあげる」がひっかかって・・・。

たけし:風の無い穏やかな晩秋の情景とみました。見事に黄葉した銀杏が落葉し始めたらひっきりなし、じっと観察しているとそこに日がさしてきた。連続して落ちている黄葉に日が当たると、あたかも葉が下から上へ捲きあげられているように感じられませんか?

よし女:風があって落葉が散る、風によって落葉が捲きあげられるというのは、表現としては何か当たり前のような気もします。風を省略して太陽の光に当たっている銀杏の黄色の行方の観察なのでしょうか。

ちやこ:日が当たると銀杏の葉がより黄色を鮮やかにし、その黄色の葉が散る様子なのでしょうけれど、今一つ掴めません。

みのる:通常木の葉は、まっすぐすっと落ちません。錐もみながら落ちるもの、何度も翻りながら、時には風にあおられて、高く舞い上がってから落ちてくるもの等々、特に銀杏落葉はその傾向が顕著です。銀杏の散る様を30分くらいかけてじっと観察されるとわかります。朝日や夕日などがあたると、ひるがえる黄葉が日を撒き散らしているようにも見えます。たけし解のように、日があたると動作が誇張されて、いろいろ錯覚して見えます。揚句から、日をはじいて眩しく輝き高舞ふ銀杏黄葉のようすが連想できると思います。常識を超えるような現象に直面するとき、驚き、発見となって句が授かるのです。言い換えると、常識というフィルターの眼鏡を通して対象を観察していると、小さな発見を見逃してしまいます。幼子のような好奇心を持って観察しましょう。

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