選句の心がけ

やまだみのる

俳句が上手になりたい人のための必読コラム

はじめに

みなさんは選句をされるとき、どんな基準で選んでおられますか?

 ”なんとなくいい雰囲気の句だから”

というような曖昧な感覚で選んでいないでしょうか。 作句力は選句力の裏返しなので、確かな選句眼を培わないと佳句を詠むことは難しいです。 句会に参加してそれでおしまい、という俳句スタイルではなく、 ぜひ選句力、鑑賞力を向上させる努力をしてみてください。 必ずあなたの俳句は変わってきます。

選句力を向上させるには

選句力というのは具体的な基準がないので、それを向上させる方法を説明するのはとても難しいです。

けれども、選句力が向上すれば作句力の向上になるということだけは保証できます。 選句力の向上に役立つかどうかは別として、わたしが句会のたびに必ず励行していたチェックの方法を皆さんに公開します。

まず自分の選句と選者の選とがどのくらい一致したかをチェックします。 同じ句会メンバーの中の尊敬する先輩たちのそれとの比較もまた有効ですね。 こうしたチェックをすることで、自分の選句が正しい方向を目指しいているかどうかを常に確認することが出来るのです。

このチェックは、多くの方が取り入れている方法と思いますが、もう一歩突っ込んで学習すると更に効果的です。 それは、選者の選のうち自分が取りこぼした作品について、なぜ自分は採れなかったのか、 どういう理由で選者はその作品を採ったのかということを復習するのです。

選者の選評などを真剣に聞いていればそのヒントが得られるはずですし、 それでも分らないときは遠慮なく聞くという勇気も必要です。 こうした努力の積み重ねを実行する人としない人とでは、同じ年月の修行をしても明らかに力の差が出てきます。

選句力を向上させるのにさらに有効な方法は、秀句鑑賞の学びをして鑑賞力を向上させることです。 このことについては、次章で詳しく説明しましょう。

鑑賞力を向上させるには

鑑賞力を向上させるのに一番よい方法は「合評」です。 ただし、合評もただ漫然と参加していたのでは、血となり肉となることは期待できません。 では、どのような姿勢で参加すればいいのかという、「合評の壷」を説明しましょう。

季語・季感をチェック

句意を鑑賞する前に、作品に使われている季語はどれか、作品に詠み込まれている季感はどうかを真っ先にチェックします。 必ずしも、「季語=季感」ではないことは、繰り返しお話しているので理解いいただいていると思いますが、 この段階のチェックで間違いを犯すと、そのあとの句意の鑑賞はめちゃくちゃになってしまいます。

秋口といふその言葉待たれゐし   青畝

この作品のことは合評でも触れました。使われている季語は、「秋口」ですが、季感は晩夏です。 この作品を秋の句と決め付けて鑑賞してしまうと、句意を理解することは出来ないですね。 俳句は、季語云々ではなく、「季感」が全てなのです。 仮に、季語らしいことばが全く使われていないケースであっても、 一句の表現に季感が感じられれば、「無季」ではなく、立派な俳句なのです。 一例を示しましょう。

植え終へし棚田に風の生まれけり  きみこ

これは、わたしの友人、きみこさんの作品です。 明らかに「季語」と言う言葉は見当たりませんね。 けれども落ち着いて一句を鑑賞すると、「植田」という季語の変形であることが分ります。

老らくの手習を星御覧ぜよ   青畝

青畝先生のこの作品はどうでしょうか。 「星」だけでは季語にはなりませんね。

実はこの作品は七夕の句なのです。 願い事を短冊に書いて七夕の笹に吊るしますね。 裁縫や習字などがうまくなるようにという意味があったと伝えられていますが、 先生のこの句はそれを踏まえて詠まれているのです。

これらの句を無季と決めつけるのは愚かであることが分っていただけたと思います。

じつは、季語チェックでもっとも重要なポイントがあります。 それは、一句の中に季語が詠み込まれていても、 前後の取り合わせで、全く季感を捉えていない作品があります。 いわゆる「季語動く」という作品です。 選者は、真っ先にこのチェックをしますので、没になる作品のほとんどは、 これに該当します。

俳句は一人称の文学

川柳と俳句との比較論をするつもりはないのですが、俳句は基本的に一人称の文学と言われます。

必ずしも作者自身という意味ではなく、「主人公」と言うほうが適切かもしれませんね。 要するに、一人の主人公がいて、その人の目から見た(感じた)情景(感動)を写生するのです。 客観写生を勘違いする人が多いですが、作者が存在せず、第三者的な目で詠まれたかのように 鑑賞するのは間違いです。

もうひとつ注意点があります。 ときどき、「主人公=作者自身」と決め付けて鑑賞される場合がありますが、これは要注意です。 俳句は、日記のようなものですが、あくまで文芸なので、作者が主人公でない場合も許されるのです。

春憂しと妻のわたしに言はれても   みのる

みのるのこの作品は、作者はみのる、主人公は妻です。

これは、あくまで、一例として揚げただけですので、このような作り方を推奨しているわけではありません。^^)

句意を具体的に鑑賞する

”○○がいいですねぇ〜” ”△△という措辞は素晴らしいですねぇ〜”

という具合に表現や言葉だけの鑑賞で終わってはいけません。 作者は、何に感動したのか、何を伝えたいのかということを具体的に感じ取る訓練が重要なのです。

”ああかもしれない、けれどもひょとしたらこうかもしれない”

という、自信のない鑑賞もお勧めできません。 きちんと一句の焦点を捉えることができずにいつも曖昧な鑑賞をする・・そういう癖がつくからです。 間違いや勘違いを恐れず、「自分はこうだと思う」と断定して、勇気を持って鑑賞してください。 仮に間違っていたとしても恥ずかしいことではありません。 そのための勉強なのですから。

他人の意見は必ず読み返す

自分の意見だけを主張して、他の人の意見や鑑賞を全く顧みない(興味がない)というのも 反省したいですね。

”なるほど、そういう視点もあるのか”

と、素直に受けいれる謙虚さをもちましょう。 合評は、それぞれの意見を、参加者全員が共有することで、はじめて一句の鑑賞が成り立つのです。

昔、青畝先生の俳句をGHメンバーで合評した記録は、有志の方によってまとめられて、一覧記事になっています。 一年間かけて合評し、その後それを有志のメンバーでまとめてくださったこの記事は、GHの財産です。

この合評記事を読み返したとき、みなさんはどのように感じられるでしょうか。

一人一人の意見に納得するのではなく、全員の記事を読むことで、鑑賞句の全体像がよく見えてくる。 そう思われたのではないでしょうか。 合評は、それぞれの意見が集合されて、確かな方向を示してくれる生きた教科書なのです。

合評に参加されたメンバーもぜひ過去の合評記事を読み返してみてください。 合評に参加しているそのときには、感じなかった新しい発見があるはずです。 ”なぜ、このときはこんな風に感じたのだろう?” と、不思議に思えたり、 合評当時は、いまひとつ理解できず不消化のままだったのが、 時間が経過して読み返すと、”合点、合点!” とうなづくことも多いはずです。

つまり、あなたは合評を通して、それだけ進歩したという証しなのです。

鑑賞力以上の句は詠めない

英文の読み書きなら自信があるという商社マンでも英会話となれば全く別というひともいます。 文字ベースの会話は出来ても、ヒヤリング(生の英語を聞くこと)が出来なければ、しゃべることは出来ないからです。 相手のいうことが理解できないのに、応答することは出来ないですよね。

実は俳句も同じなのです。 俳句の知識や論理は誰にも負けないと豪語する人が、 他人をうならせるほどの佳句を詠んだり、鑑賞文を書いたりできるかというと、 じつは全く無関係なのです。 なぜなら、自然からの語りかけや作者が伝えたい感動を正しく理解できなければ、 その感動を言葉に表現したり、鑑賞したりすることは出来ないからです。 表現力は経験を通して上達できますし、添削という方法を通して指導することも出来ます。 でも、感じ方というのは個性の問題ですし、鑑賞力と言うのは個性の源なのです。 そしてそれらは自分で修練して自身で磨くしか向上させる方法はないのです。

ここまで、この記事を読み進まれた方は、わたしが何をいいたいのかは、もうお気づきですよね。 偶発的に佳句が生まれることもありますが、それは本物ではありません。 俳句を一生の友、生活の支えにしたいと考えられるのなら、鑑賞力を鍛えることに時間を惜しまないでください。 日々積み重ねた努力の結果は、決して嘘をつきません。

選者(指導者)はどこを見ているか

最後に、選者としての視点について少しお話しておきましょう。 句会の席で、互選が発表されるとき、選者は何を考えてその披講を聞いていると思われますか。 全ての選者がそうしているかはともかく、私の場合は、

 ”誰がどのような選をしているか”

ということに神経を集中させています。 その人の選句傾向が分れば、おおよそのレベルが判断できますし、その人をどのように指導すればよいかがよく分るからです。

 ”どの句が一番高得点を得るか”

というようなことは全く興味がありません。互選の結果というのは、その作品の価値を決めるものではないからです。

みのる選がそうだと言い切るだけの自負はありませんが、 一般的には、句会の席上でどれだけ互選で得点を稼いでも、選者の選に入選しなければ没であり、 誰一人互選にとってくれない作品であっても選者の選に入れば、 その作品は入選句として光を放つのです。

GHは結社ではありません。単なる趣味の俳句サイトに過ぎませんが、 本物を探求されようとする方の道しるべでありたいと願っているので、 あえて、このことを書きました。 この記事を読まれて、”みのるの主張はおかしい”というご意見もあるかと思いますが、 どうぞお許しください。

(2007.8.13) 

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