吟行の心がけ

やまだみのる

吟行が苦手だというあなたのため

苦手意識を払拭するために

多作の習慣をつける

GHの一泊鍛錬会では、10句出句の句会を4回、合計40句を吟行で詠みます。 でもこの程度で驚いてはいけません。昔の鍛錬会というのは1時間ごとに10句の句会をし、一晩で200句くらい詠むという話を聞きました。なぜ、こんなことをするのでしょうか。

1時間に10句ですから、辞書を引いたり季寄せを見たりしてあれこれ思考している時間はありません。とにかく直感でパッと詠むという訓練なのです。あちこち移動すると時間のロスなので、とにかくここと決めた一カ所で10句、20句と詠むのです。 こうした訓練によって、直感力や集中力、根気というものが養われるのだとぼくは思います。

この訓練法の場合、佳い句を詠むとか内容とかは二の次でいいのですが、厳守しなければならない約束が二つあります。

  • 季語が入っていること・・・常に季感を意識することは必須
  • 五七五に整えて詠むこと・・これを怠ると悪い癖がつく

吟行の苦手意識を払拭するにはこの多作の訓練が最も効果的です。

多作のための実際

多作になじめないあいだは、5句と決められたら必死に5句を詠むことに全精力を傾けます。で、5句揃ってしまうと、やれやれとひと安心してもうあとが続かない。大抵はこのパーターンですね。

ではどうするかというと、実際にぼくが取り入れている秘伝を公開しましょう。

日頃の吟行でもぜひこの方法を応用してみて下さい。 具体的には、吟行句会での出句が5句であれば、最低でもその2倍、出来るだけ3倍の15句は詠むということを目標にします。 とにかく多作を心がけて、最終的に15句の中からベスト5を選ぶのです。この方が遙かに楽です。

単独吟行に行くときも、今日は30句詠むまでは帰らない、というような目標を自分自身に課して、できるだけ目標に近づくように頑張ります。そのためには佳句を詠もうという意識は忘れて一心不乱に多作をめざします。

『玉石混淆』家に帰ってから多作の句帳を眺めていると、雑の句に混じって必ずいくつかは光る作品があるはずです。

騙されたと思ってこの方法を半年続けてみて下さい。成績に執着しない限り、7句出句であろうが10句出句であろうが、句を揃える事への恐れはなくなります。

吟行句会にのぞむ心がけ

GHメンバーには耳にたこができるくらいお話ししていることですが、この心がけを励行しないといくら経験を重ねても吟行が楽しいという実感は体験できません。勇気を出して挑戦しましょう。

手もちの句は持っていかない

 "吟行で一句も詠めなかったらどうしよう・・・"

と心配して、あらかじめ用意した句を安全パイとして句帳に書いてこられるかたがあります。じつはこれが一番の弊害なのです。

安全パイを持っているという油断があるので、集中して句を詠もうという緊張感が湧きません。 うろうろ移動するばかりで、最終的には何とか詠めた1~2句と手持ちの句を足して出句することになります。

メンバーの個性を熟知している選者であれば、吟行句かそうでないかは直ぐに分かります。 この習慣から抜け出さない限り、吟行の楽しさや、ほんものの俳句の喜びは見いだせないと思います。

先入観を捨てて白紙でのぞむ

吟行地が決まるとネットで情報を集めたり、熱心に資料を読んで予備知識を備えます。

特にその土地の風土や歴史を予習していくこはとても有用なことです。 けれどもそうした予備知識をもとに詠もうとする句のイメージまで作り上げてはいけません。 なぜなら、有名な吟行地の風土や歴史に立脚した句は詠み尽くされているので、たいていは類想になることが多いからです。

先入感に縛られているとどうしても、視点が限られて他のことが見えなくなりやすいです。 個性的な句を授かるためにむしろ誰もが詠みそうな題材は避けて、自分しか発見できないような対象を探しましょう。 その意味でも予習は予習とわりきって白紙でのぞむ方が新しい発見に出会える確率が高いです。

一期一会の出会いを探す

  • 梅の名所だから梅を詠む
  • 桜の名所だから桜を詠む
  • 紅葉の名所だから・・・
  • ○○の名所だから・・・

これらもみなある種の先入感で、そこに執着するとせっかくの出会いを見落としてしまいます。

さきの川西市黒川の里吟行でも、炭窯や炭焼きを詠もうとすると意外と難しかったですね。 それよりも、春泥や行者道、猪が出没するという冬河原との出会いに着目した方のほうが佳句をものにされています。 これが吟行の一期一会なのです。

GHのメンバーに炭焼き吟行の体験をと・・能勢のメンバーが心を砕いて準備して下さいました。 その前日に、吟行の翌日が窯出しだと分かって、予定を変更するかどうかで随分と気遣いしてくださいました。 本当に嬉しかったです。

結局予定通りの吟行になりましたが、素晴らしいお天気に恵まれました。窯出しの日なら忙しくて声もかけられないと思われた窯主の老夫妻ともお喋りができ、その為人に触れて感動しました。これこそが吟行の冥利、俳句の喜びだとぼくは思うのです。

吟行対象を欲張らない

広々として見所の多い場所は、ある意味で吟行にはむきません。どうしても目移りするのであちこち移動し、結局は表面的に見えることしか捉えられないからです。

吟行と観光とは全く違うということを覚えて欲しいです。とはいっても初めてのところは、出来るだけたくさん見てみたいですよね。 そこで、時間配分にメリハリをつけて、ここというところを早く見つけて俳句モードで先に必要な句を詠んでしまいます。 そのあと、観光モードに切り替えてゆっくりと楽しめばいいのです。中途半端は一番良くないです。

そんな器用なことは出来ないと思われるでしょう。ところが短時間で多作する訓練が出来ていると簡単にこれが可能になるのです。

吟行のあとの復習が大事

多作方式の場合、吟行や句会の時に一句として未完成であった作品もたくさん残っています。これらを見なおして推敲するのです。 冷静に作品を見直すことでことばの配置を換えた方がよいと気づいたり、句会の時には思いつかなかったような措辞に気がつくということもあります。他のメンバーが詠んだ作品から学ぶことも多いはずです。

吟行の目的は材料を仕入れること、吟行句会というのは練習道場みたいなものです。 むしろ、そのあとでどのように仕上げて作品の完成度を高めるかということに心血を注ぐことが重要です。推敲に推敲を重ねることで光り輝く作品に仕上げましょう。

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