やまだみのる

椰子の実とすすむ日あらむ流し雛 紫峡

二◯一六年四月九日に、みのるの恩師である小路紫峡先生(俳誌ひいらぎ主宰)が帰天されました。心から哀悼の祈りをお捧げします。

先生のご愛を一杯いただきながら、結社を離れてしまった不肖の弟子のぼくですので、入院中の先生をお見舞いすることは願っても叶わないことでした。 悔いても詮なきこと、いまはただ祈ることしかできません。

今年の二月一日付でいただいた紫峡先生からの最後のお手紙に、詩友紹介への感謝と「ペンネームでもいいのであなたも投句なさい」という温かいお言葉が記されていました。もとよりそんな勇気はありませんでしたが、改めて紫峡先生の寛大さを覚えて胸が熱くなりました。

先生の遺言となったそのお手紙を繰り返し読みながら、新約聖書ルカの福音書15章に登場する放蕩息子の姿が浮かび、ぼく自身のそれと重なりました。神さまの全き愛を伝えるために、イエス・キリストが語られた喩え話です。 自分が継ぐべき財産を先取りして家を飛び出し、放蕩三昧のあげくに浮浪者然にまで落ちぶれて家に帰ってきた息子を大喜びで父が迎えるというお話です。

GHはこれまで、いかなる結社とも関わりをもたないと決めて運営してきました。無用なトラブルを避けたかったからです。それゆえにGHを卒業して結社に入会される場合は、GHとの掛け持ちをしないことと、GHと関わりのあったことは決して他言しないようにとお願いしてきました。

GHとの関わりが原因で結社内で不利な扱いを受けたり、進むべき方向に迷いが生じたりすることを危惧したからです。ところが、いつの間にかそのことが紫峡先生のお耳にはいったようで、お気遣いの手紙をくださったのです。そのお便りの末尾には次のようなお言葉が記されています。

私は今年の十二月二十四日の誕生日にて満九十歳となります。後世のための作家育成の最後となります。貴方にこのようなお便りを書きますことも神様のみちびきと考えております。

このお言葉からは、九十歳の誕生日を機に智壽子夫人にひいらぎ主宰を禅譲されるおつもりであったことが伺えると同時に、「みのるさん、あなたも後世の人たちのためにしっかり奉仕しなさいよ」という先生からの遺言にも思えるのです。

かつて紫峡先生は、「ひらぎはかつらぎの二軍道場」 だといわれました。優秀な作家を育てて青畝師が主宰であられた「かつらぎ」へ送り出すことを使命としておられ、みのるにも期待をかけてくださいました。その御恩を忘れないためにも、先生が注いでくださった情熱をぼくも継承したいと考えてGHを立ち上げたのです。

今後も、紫峡先生のご遺志を受け継ぎ「俳句二軍道場」として、GHの運営を続けていけたらと願っています。

かずかずの花の思ひ出な忘れそ みのる

(2016年6月8日の日記より)


 

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