やまだみのる

GH参加者のみなさんのなかには、結社に所属されておられる方もあると思います。 将来、そのことで迷われることがないように、GHと結社についてぼくの考えを書いておこうと思います。

俳句結社に入会しておられる方はよくご存じと思いますが、 句会において、いくら互選で飛び抜けた高点句であっても、 選者の選に入らなければ、それは没句として価値の無いものとして扱われます。 逆に、互選で一人の支持者がいなくても、選者に選ばれれば入選句となります。 そして、選者の披講などでその理由を聞いて合点すると、俄然その句が輝き始めるから実に不思議ですね。

当然、選者によって選ぶ基準が異なるので、俳句作品に絶対価値というものはありません。 新聞などで複数選者で共選する場合、短歌は異なった選者が同じ作品を選ぶことはときどきありますが、 俳句ではごくまれです。それだけ俳句は選者によって価値が左右されるということですね。 俳句を学ぶと言うことは、いわばその選者と心中するようなものです。 選者の選や指導に疑問を感じるようでは、師として従って行くことは出来ません。

別な言い方をすれば、信じられない人に学んでも無意味だということになります。 特に俳句の場合は、複数の指導者につくと、必ず迷いが生じてくるのでお奨めできません。 師系が同じで、作句傾向も似ている・・というケースではそれほど弊害はありませんが、 どちらを主として活動していくかを、はっきり意識して学ばれる方がいいと思います。

ゴスペル俳句は、まったくの初歩の方が、俳句結社に属して本格的に学ぼうと志されるまでの方向を示し、 その入り口まで案内することを使命と考えて活動しています。 GHは全参加者の80%が初心者です。でも結社の場合はその比率は逆転します。 ですから、初心者は全く歯が立たず、挫折される方が多いのです。 GHのホームページを開設した目的はそこにあります。 つまり、結社を一軍に譬えれば、GHはいわば二軍道場というわけです。 ですから、GHを卒業されて、結社で活躍される方がたくさん出てくれば、 二軍監督のぼくにとってはとても嬉しいことなのです。

誤解しないで欲しいのですが、決してGHと結社との掛け持ちを禁止するという意味ではありません。 基本的にGHは結社ではないし、GHの働きをサポートして下さる方も必要です。 そうではなくて、もし結社での学びとGHとの掛け持ちで、迷いが生じてきたら、 GHに遠慮したり、ぼくに気を遣わないで結社一本にされた方がよいということを言いたいのです。

(2002年11月19日の日記より)


 

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