やまだみのる

俳句は芸術であり創作だから、必ずしも事実を詠む必要は無い・・・という論があります。

この考え方は間違いではないし、事実ぼくも時間を置いて作品の推敲をしながら、 他の季語のほうがピッタリ来るなぁ〜と思い直して変えたりするし、 ほんとうはよい天気であっても演出として雪や雨を降らせたりもする。(^^

でも、まったく何も見ないで空想で句を作ったり、 あるいは、歳時記をぱらぱら繰りながら虚構の句を作るというようなことは決してしない。 しない・・・というより出来ないというほうが正しい。 初心のころから、実景を見て感じて作るという訓練を先生から叩き込まれたので、 吟行に行かないと句が出来ないのです。

別な言い方をすると、吟行にさえ行けば必ず句は出来ます。 ぼくは、このホームページで、皆さんの作品の添削をさせていただきながら、 出来るだけそのことをお伝えしたいと願っています。

俳句を始めると月日の経つのがとても早いです。 次から次へと季節を先取りして句を作ることで、自然とそうなるのでしょう。 一年が経ち、三年が経ち、そして五年が経過してから、自分の作品を見直してみると、 どんな作句態度で句を詠んできたかがよく分かります。

どんなに高い支持を得た作品であったとしても、 空想や虚構で構築した作品を読み返して、感動が蘇るということは決してありません。

(2001年9月27日の日記より)