やまだみのる

俳句を始められた方がしばらく添削や句会に参加されたあと揃ったように仰るのは、

 "俳句がこんなに奥が深いものとは思わなかった。"

ということです。 始めのうちは無心に作句されるので添削して選れるのですが、 少し慣れてくるとあれこれ考えて作り出すので誰でも最初の壁にぶつかります。 残念なのは、

 "やっぱり自分には俳句の素質がないのだ・・”

という段階で挫折されるかたが多いことです。ぼくは、

 ”俳句に素質なんて関係ない”

と、正直いまも信じています。 なぜなら、技術畑一途、文学無関係、歴史地理は大の苦手で俳句などとはまず縁がないと自他ともに 認めていたぼくが、ほんとうに不思議な縁で俳句をするようになって今日があるからです。 ぼくの場合自分で努力したというより、師事した先生がとにかく一生懸命だったので、 それに応えようとしかたなく?必死に頑張ったという方が正しいでしょうか・・

一つの壁を乗り越えてもまた次の壁がやってきます。 昔、開けてもあけても次々と新しい箱が出てくる手折り紙で作った仕掛けがありましたね。 あれと同じで、一体何時になったら終わるのかと思うくらい次々に壁がやってきます。 でも、あきらめたら負けです。

たとい素質があったとしても努力しなければそれは磨かない玉と同じだと思います。 俳誌「ひいらぎ」主宰の小路紫峡先生は『俳句は生涯学習』と言われました。 牛歩であっても休まずに努力することが大切で立ち止まってはいけません。

(2001年6月4日の日記より)