あひる:牛蛙とも言いますよね。ちょっと地響きのような声です。どこで鳴いているのか覗いてみたくなりますが、なかな姿を見つけられません。その上夕闇ともなれば見つけるのは難しく、声だけが池の面に響いています。夏の夕暮れのこの声が心の中によみがえってきます。

素秀:声は聞こえても姿は見えず、夕闇がせまればなおさらです。これからが自分たちの時間だと主張しているようにも聞こえます。

せいじ:蟇が三夏の季語。コントラバスのようなひきがえるの鳴き声が、通奏低音のように、夕闇に包まれた池面に響き渡る。月がのぼるまでの暗い池を統べるかのように。

むべ:「蟇」が三夏の季語。「蛙」は三春、「雨蛙」「河鹿」はやはり三夏の季語ですが、ここでは「蟇」とあるので、おそらくくぐもったような低い鳴き声なのではないでしょうか。作者は池畔に立っているのかもしれません。池の形がかろうじてわかるような夕闇の視界の中で、聴力はかえって研ぎ澄まされ、サラウンド放送のように蟇の声が池と作者を取り囲みます。