GH選集鑑賞

やまだみのる

毎日句会みのる選の中から秀逸作品を再選して鑑賞しています。

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2014年04月23日
こすもす
杉玉の古りたる軒に燕来る
り酒屋の軒に新酒が出来た印として青々とした杉玉が吊される。いまはもう商いもしていないのかこの杉玉はすっかり古りているが、燕たちの子育ては耐えることなく続いているのである。(2011年5月)
2014年04月23日
よし女
囀りやモールス符号めくは何
慣れた囀りのなかにちょっと変わった調子の鳴き声が混じっているのに気づいた。定まったリズムがあるようでない。ふとモールス符号のようだと感じたが鳴き声の主はよくわからない。(2011年5月)
2014年04月23日
うつぎ
交番の灯ともりどきや夕蛙
のほとりに建っているような田舎の交番。里人にも親しまれていて、田仕事を終えて家へ帰るとき誰もが気軽に声を掛けていく。交番の赤灯がともる頃、四囲の田圃では夕蛙の合唱が始まるのである。(2011年5月)
2014年04月23日
ともえ
万事休筍の先剥きすぎて
姿の良い筍料理を作ろうと慎重に皮を剥いていたのに肝心の先っぽが折れてしまった。あ〜あ残念。(2011年5月)
2014年04月23日
とろうち
よろこんで腹を見せゐる鯉のぼり
風に翻ってご機嫌の鯉のぼりである。あたかも鯉のぼりに意思があるが如く感じたのである。鯉のぼりを見上げている親子もまた喜んでいるのである。(2011年5月)
2014年04月23日
明日香
神宿る飛鳥の奇岩木下闇
鳥路にはどうしてこんなところにと思うような山路にも巨大な巨岩奇岩がある。太古の昔を偲ばせるかのような大樹の陰にあるこの奇岩にも又神が宿るという謂われがある。(2011年5月)
2014年04月23日
よし女
寧かれと祈れば廻る風車
子のお墓に供えられている風車である。額づいて祈っていると呼応するかのように機嫌良く風車が回り出した。あたかも仏が喜んでいるかのように感じた。(2011年5月)
2014年04月23日
雅流
田水張る水口おしゃべりするごとし
しも畦塗りも終わってようやく田んぼに水を張るところまできた。ごぼごぼぴしゃぴしゃと水口からほとばしり出る水音は嬉しそうにお喋りしているようだ。今年は豊作になって欲しいというお百姓さんの期待も感じられる。(2011年5月)
2014年04月23日
三刀
傘寿吾になほある未来更衣
境を託つのではなく、常に夢を持って前向きに生きる人生は素晴らしい。
(毎日句会2011年5月)
2014年04月23日
有香
大けやき息ふきかえすごと芽吹く
木になるほど芽吹きは遅い。あたりの木々が次々と芽吹くなか、遅々としてその気配が見えなかった大欅の芽吹きを確認できた喜びと安堵が伝わる。復活の摂理を思わせる。(毎日句会2011年5月)
2014年04月06日
よし女
観覧車廻るともなく花の雲
や高所からの展望の景。眼前にひろびろと街の風景が広がり、遊園地と思われる遠景に雲の湧くような桜が見えている。その花の雲から大観覧車が抽んでて見える。実際はゆっくり動いているのだけれど、遠景なのでまるで止まっているように錯覚して見えるのである。季語は、『花の雲』で動かないが、花の昼という長閑な趣もある。(毎日句会2011年4月)
2014年04月06日
花茗荷
のどけしや臍丸出しの逆上がり
供たちが集まって、わいわいがやがやと元気に鉄棒で逆上がりの練習をしている。失敗しても何度も何度も繰り返し練習している。お腹のあたりを強く鉄棒に押しつけるのでシャツがまくれ上がり、お臍がまる見えになっている。ようやく成功した子供が、そんなことには頓着なしで嬉しそうににっこりと笑っている。うららかに晴れ上がった春の天の下、まことに長閑な風景である。(毎日句会2011年4月)
2014年04月06日
菜々
花頭窓開けて仏へ花明り
頭窓(かとうまど)は、おもに日本の、寺社建築・城郭建築などに見られ、上枠を火炎形(火灯曲線)または、花形(花頭曲線)に造った特殊な窓。少し開かれている窓越しにお庭の桜が美しい。堂内に風を通すために開かれているのであるが、この美しい桜を仏さまにもみていただきたいと開けられてあるように思えた。うす暗い堂内に花明かりがさしこみ、こころなしか仏さまの頬もほんのり桜色に。(毎日句会2011年4月)

2014年04月06日
雅流
道祖神みそなはす野に遊びけり
祖神は、路傍の神で、集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに石碑や石像の形体で祀られる。村の守り神、子孫繁栄の神として村の人々に信仰されている。『みそなはす』とあるので谷戸の棚田を見渡せるような高所の路傍にたつ道祖神を仰いで写生した。作者も又純粋に道祖神を愛する里人なのである。『野遊び』という季語は、理屈っぽく考えることなく散策して野に遊ぶケースや踏青のような雰囲気に使っても構わない。(毎日句会2011年4月)
2014年04月06日
うつぎ
露天湯へ母の手を引く朧かな
齢になって足腰が弱り出不精になった老い母を励まして湯治の旅に誘った。足弱の母の杖となって湯煙の立つ露天風呂まで一歩一歩慎重に足を運んでいるのである。夕刻となって冷え込んだためか足元もぼんやりとしていて見えにくい。露天湯のあたりもかすかに湯気が立つのが見えるだけで人影もまた朧なのである。(毎日句会2011年4月)
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